ひろくんのヒーロー様

「おま、お前……いつからそこに……!?」
「単刀直入に聞くけど……って辺りからかな」
「ほぼ最初からじゃねえか!!」

宏斗がパニックになりながら律の硬い胸板を両手で押し、どうにか離れようと必死に抵抗する一方、先ほどまで殺気立っていた如月ファンクラブの彼女たちは、ショックのあまりリアルに灰と化していた。律の登場をドラマチックに際立たせるための突風が吹くたび、彼女たちの身体だった灰は、美しくキラキラと秋の空へと舞い上がっていく。

「き、如月くん……! な、なぜこのような場所に、いらっしゃるのでしょうか……っ!」

グループのリーダーである彼女は、さっきまでの威勢はどこへやら、完全にもじもじと縮こまりながら震える声で律に話しかけた。けれど、至近距離にいる律の顔があまりにも眩しすぎるせいで、まともに直視することすらできず、指先を小さく震わせている。

「なんでって、ずっと宏斗の後ろをつけてたから」

しかし、この世界に愛された男・如月律は、吹き抜けた風と同時に、世界を魅了する“爽やか極上スマイル”を浮かべながらとんでもない爆弾を落とした。

爽やかに言っているが、やってることはただのストーカーである。

「……で? 何のつもりで宏斗をここに呼んだの? 俺と付き合ってるか確認したかっただけ?それとも、宏斗が、他の男と仲良くしてるのが気になった?」

微笑んだまま、徐々に低く冷徹になっていく律の声に、如月ファンクラブの4人は生命の危機を察知したようにガタガタと震え始めた。

「おい、律! 別にこいつらはそういうんじゃ……っ!」

そう、彼女たちは決して宏斗を陥れようとか、暴力を振るうために呼んだのではない。それは宏斗にも十分に分かっていた。俺は律のブレザーの腕を強く引っ張り、怯える彼女たちを庇うようにして、律との間に割り込んだ。しかし、宏斗が「この子たちは悪くない!」と叫ぶよりも早く、リーダーの女の子が悲壮な覚悟で叫んだ。

『私たちはただっ……!! あなたの、如月くんの恋を全力で応援したいだけなんですっっっ!!』
「えッ???」

ちょっと待て。今の展開って、俺が女子の間に入って格好よく場を収めるシーンなんじゃねぇの……!?

呆然と立ち尽くす宏斗の頭上を、彼を嘲笑するかのようにカラスが「アホォ、アホォ」と鳴きながら横切っていく。如月ファンクラブの4人は、溢れ出そうになる妄想の悲鳴を必死に堪えるように、お互いにがっしりと抱き合っていた。当の如月律はといえば、一瞬だけ驚いたように美しい目を見開いたあと。

「じゃあ、これからちゃんと応援してね」

宏斗の腰を自分の腕でぐっと抱き寄せながら、彼女たちに向かって至高の笑みを投げかけた。その瞬間、無機質だった屋上は満開の薔薇園と化し、4人の心臓には文字通り「ハートの矢」がぐっさりと音を立てて突き刺さっていた。

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その後、胸いっぱいの尊さで昇天し、空へと美しく舞い散っていった4人を見送ったあと、宏斗は律に半ば連行される形で一緒に校舎を出た。

「宏斗、逃げるの下手くそ」
「あー……うるせぇな」

並んで歩く道すがら、律は一瞬たりとも宏斗から視線を逸らさなかった。だいたい、急に「好きだ」なんて言われても、恋愛経験ゼロの俺がどう反応すればいいのか分かるわけがない。しかも、よりによって、あの如月律にだ。
言葉を詰まらせた宏斗は、やり場のない気まずさを誤魔化すように、足元に落ちていた小さな石ころをローファーの爪先で思い切り蹴り飛ばした。

「…なんで、俺なんだよ」
「え?」
「お前、あんなに顔も良くて格好いいし、黙っててもモテるのに……なんで、よりによって俺なんだよ」

胸の奥から絞り出すようにして吐き出されたその言葉に、律はピタリと足を止めた。宏斗の蹴った石ころは、まるで明確な自我を持っているかのように滑らかに転がっていき、律のローファーのつま先の真ん前で、静かに止まった。

「初めて…楽しいって思えたんだ。嬉しいって思えたのも、全部。宏斗といると……自分が、ちゃんとこの世界で生きてる気がするんだよ」

燃えるような鮮やかな夕焼けが、律の横顔を赤く照らし出す。いつも完璧で、この世界のすべてを手に入れているはずの男が、今はまるで、暗闇に取り残された迷子のような、酷く儚い顔をしていた。

「みんな、俺のことを完璧な人間としてしか見ない。…でも、宏斗だけは違った」

律もまた、足元の石ころを愛おしそうに軽く小突いた。

「うるさいし、すぐムキになって突っかかってくるし、何度負けても、またすぐに俺の背中を追いかけてくる。…俺を、一人の如月律として真っ直ぐに見てくれたのが、本当に嬉しかったんだ」

律の声は、夕暮れの穏やかな風に溶けていくように静かで、どこか困ったように優しく笑っていた。文化祭のあの日から、律は俺の前でだけ、今まで見たこともないような人間臭い表情ばかり見せるようになった。困ったように笑って、独占欲に嫉妬して、必死に俺を追いかけてくる。そして、この世界はいつだって、この如月律を中心に回っていた。

「最初は、ただ友達になれればそれで満足だと思ってた」

コツ……コツ……と、アスファルトを叩くローファーの音が、やけに鼓膜の奥で大きく響いた。ゆっくりと、確実に近づいてくるその足音に比例して、宏斗の心臓は破裂しそうなほど強く脈打ち始める。

「でも、あの日……体育館で、宏斗の魂みたいな音楽を聴いた瞬間、自分の頭の中が全部、わからなくなった」

律の声は、熱に浮かされたみたいに低く掠れていた。気づけば、律と宏斗の距離は、わずか数センチのところまで狭まっている。

「友達になりたいとか、隣にいたいとか、全然足りなかった」

シトラスの香りが、夕暮れの熱を帯びて目の前まで近づく。

「宏斗をけのものにしたいって…思ったんだよ」

律の白い肌が微かに赤く染まっている理由は、西に沈みゆく夕日のせいなのか、それとも……鈍感な宏斗には判別がつかなかった。今まで読んできた、あるいはこの世界で見てきたどの少女漫画にも、こんな怒涛の展開は見たことがない。そもそも、主役であるはずのあいつにここまで詰め寄られている俺のポジションは、一体どこにあるのだろうか。

けれど、目の前にいる何を考えているのか分からなかったあの王子様は、今だけ俺の答えを乞うように、ひたむきで切ない眼差しを向けていた。

自分の心臓の音が、うるさい。耳障りなほどにドクドクと暴れている。

「……お前、そういう顔もするんだな」

胸の動揺を必死に隠しながら、どうにか絞り出した言葉に、律がわずかにその目を見開いた。

「どういう顔?」
「なんか、その……いつも余裕ぶってる癖に、今は、その…余裕なさそうな顔」

途端に、律はふっと、本当に愛おしそうに困ったように笑った。

「宏斗のせいだよ」

あ、ダメだ。また鼓動が跳ね上がった。

この男は、自分がどれだけ凶悪な破壊力のあるセリフを吐いているのか、絶対に理解していない。まるで世界に一つだけの壊れ物を扱うような優しい手つきと、熱を帯びた愛おしそうな瞳が、何度も、何度も宏斗の胸の奥をキツく締め付けていく。

「……俺、まだ、よく分かんねぇから。男同士とか、急に好きとか言われても、頭の処理が全然追いつかないし……」

熱くなった首筋を手で押さえながら、宏斗はガバッと下を向き、自分らしくもない照れを必死に隠そうとした。それでも律は、そんな俺の拒絶を優しく無視して、宏斗の火照った頬にそっと涼しい手を添えながら、とろけそうなほど甘い目で見つめてきた。

「うん、知ってるよ」

燃えるような夕日を背に浴びて、世界の中心にいる王子が、綺麗に目を細めて微笑む。

「だからこれから、ちゃんと好きにさせる」

退路をすべて塞ぐみたいに、また一歩、彼との距離が縮まった。あとほんの少しで、触れ合ってしまうほどの、ゼロ距離。

「宏斗が、俺しか見えなくなるまで」