“ ガララッ !”
帰りのホームルームが終わったと同時に、教室のドアが文字通り勢いよく弾け飛ぶようにして開いた。わざわざ目線を向けなくとも、その凄まじい勢いと共に、大量の薔薇と星のエフェクト、そして濃厚な男性的フェロモンが視界の端から一気に流れ込んでくる。
「宏斗、一緒に帰ろうか」
クラス中がと騒然となる中、律はこれまでの三ヶ月間、全校生徒の誰にも見せたことのないような、柔らかく甘い微笑みを浮かべて俺を見つめた。一方、その中心に立たされた皐月宏斗は、脳内で最悪のシミュレーションを高速展開していた。こんな風に目立ってしまえば、少女漫画あるあるの、
『私たちの如月くんを泥棒しないで!!』という体育館裏への呼び出しとか、
『キャー! 皐月くんにカッターで腕を切られたの!(自作自演)』とか!
そういう、命の危険を伴う陰湿なヒロインいじめイベントが起こってもおかしくないのでは…!?ヤバい、マジで身の危険を感じる…
机の上に置いたリュックのストラップを、指が白くなるほどぎゅっと握りしめる。周囲を見渡すと、心なしか女子生徒たちの視線がいつも以上に痛烈に突き刺さっている気がして、喉の奥が「ヒュッ」と鳴った。そんな俺のビビり具合をどう解釈したのか、律はおかしそうに首を傾げ、目が合うたびにさらにこれ見よがしに微かに微笑んでみせる。
「さっ……先帰るからなっ!!」
マッハの速さでリュックを背負い、廊下を力強く踏みしめて教室を飛び出した。いくら現実世界で鍛えた運動神経に自信があるとはいえ、あの『世界の法則』すら味方につける如月律から、真っ向勝負で逃げきれないことは重々承知している。だとしたら、俺に残された道は…。
隠れるしかねぇ…っ!
手近にあった三階の空き教室へと滑り込み、息を殺して身をひそめた。パタパタパタ……と廊下を何かが激しく走っていく音が聞こえたが、その足音は徐々に遠のいていく。そのまま数十分、埃っぽい空き教室で時間を潰し、さすがに諦めて帰っただろうと確信した頃、俺は静かに廊下へと這い出た。
昇降口へと向かう階段を降りながら、俺は心の底から深い、深い、ため息をついた。少女漫画のヒロインって、毎日こんなに命を削りながら生きてたのか……。いやいや、他人事みたいに感心してる場合じゃねぇよ。今まさに俺がその片足を突っ込んでるんだからな。
冷静さなんてどこかへ吹き飛んでいた、まさにその時だった。
「皐月宏斗くん」
そう。この理不尽な世界において、当事者となった彼に休息の二文字など与えられるはずがなかったのだ。後ろから、鋭い声で4人組の女の子たちに名前を呼ばれ、宏斗はついにガチの覚悟を決めた。
……キタ。これ、完全に“アレ”ですわ。ついに処刑イベント発生だわ
「ちょっと、屋上まで着いてきてくれる?」
「あ……はい……」
予想通り、まんまと4人に囲まれる形で屋上へと連行され、宏斗は激しい強風にさらされる。とりあえず、相手の手持ちにカッターナイフが隠されていないかを確認し、背後の物陰に水の入ったバケツがセットされていないかも、視線だけで入念にチェックした。
「単刀直入に聞くけど。……あんた、如月くんと付き合ってるの?」
いかにもグループのリーダー的存在といった風情の、気の強そうな女の子が、胸の前で腕を組んで冷徹な尋問を始めた。対する皐月宏斗の表情は、今まさにギロチンにかけられる直前の、全身の血を綺麗に抜かれた死人のようだった。
「ツキアッテイマセン」
噛みまくりの超早口で即答した瞬間、なぜかタイミングよく風が一気に強くなった。
「じゃあ、なんで文化祭であんなキスなんかしてたのよ!?」
「あれは、あいつに不意打ちで、強引にされただけです……! 被害者はこちら側ですよ!」
「被害者ですって!?」
宏斗の、保身を賭けた瞬殺レベルの弁明が、屋上の場を奇妙な静寂へといざなった。しかし、リーダーの彼女は、ガタガタと小刻みに震えながら俯き、握りしめた拳を震わせている。ヤバい、これ、完全にブチギレた。これから殴られるパターンのやつだ……っ身構えて、彼女の暴挙を止めようと一歩踏みした、その瞬間だった。
「如月くんと皐月くんが付き合っていたら、超絶萌えるのにっっっ!!!!!」
「……は……い???」
文字通り、思考が完全に停止した。
「私たち、如月律ファンクラブとして、如月くんに不用意に近づく害悪な女はみんな命がけで排除してきたのよっ!」
完全に置いてけぼりを喰らった宏斗は、顎が外れそうなほど口を開けたまま、ただ固まることしかできない。
「でも、文化祭のあのライブを見たけれど、貴方もめちゃくちゃ素敵だったわ!! ……まぁ、私たちの如月くんに比べたら、100倍くらい劣るけどね」
一言余計だっつーの。
「でも待って!! 羨ましすぎるんだけど! あの、誰にも心を開かなかった如月くんに、あんなに執着されて想いを寄せられるなんて……っ! 」
この、一瞬で怒りから妄想へと爆走する感情のジェットコースター女を、宏斗は白く、そして哀れみの混ざった目で見つめた。彼女たちは鼻息を荒くして、情熱的に律の素晴らしさを語り合っている。しかし、オタク女子たちの熱気とは裏腹に、宏斗に吹き付ける秋の風は、いつも以上に冷たく感じられた。
すると突然、ファンクラブのメンバーの一人である、おとなしそうなボブヘアの女の子がそっと手を挙げ、宏斗をじっと見つめた。
「あの……私、軽音部の部長くんとクラスの席が近くて、この前話したんだけどね。皐月くんってすごく仲間思いで、めちゃくちゃ心が綺麗な人だって、凄く嬉そうに言ってたよ?」
「え……」
部長が……。その言葉を聞いた瞬間、ぎゅっと胸の奥が熱くなって、冷たかったはずの風が、急に温かくなったような気がした。ボブヘアの女の子はゆっくりと優しく微笑み、宏斗に視線を向ける。
「ぶ、部長が、本当にそんなことを……?」
「うん。最近、髪の毛をセットし始めたのも、皐月くんの真似をしてカッコよくなりたかったからだって言ってたよ」
そうだったんだ……。
あんなむさくるしい和室で、一緒に汗を流して一つの音を作った、あの地味な先輩。今度部活で会ったら、ちゃんと言葉にして感謝を伝えよう。
優しい暖風に吹かれながら、宏斗は胸の内で部長のあの不器用な笑顔を思い浮かべていた。
『ねえねえ、部長くんって、あの前まで眼鏡かけてた地味な人だよね? 最近、なんか急に垢抜けて格好よくなったって噂になってたよね~!』
『そうそう! 皐月くんがきっかけだったんだ! 皐月くんって、意外と部長くんとそんなに仲良いんだね!』
気がつけば、話題の矛先は律から外れ、完全に部長の話題へと移行していた。まぁ、律のクソ重い恋愛話よりは100倍気が楽だし、尋問から完全に逃げ切れたため、宏斗にとっては願ってもない好都合な展開だった。
しかし、スイッチが入ってしまった彼女たちの弾丸トークはヒートアップし、今度は別の意味での質問攻めが徐々に止まらなくなっていく。
『ねえ、部長くんって実はギターめちゃくちゃ上手なの!?』
『実家がガチの和室って本当!? 逆にエモいんだけど!』
『土手の川沿いで、よく二人きりで夕日に向かって練習してるってマジ!?』
「ちょっと、待って……! 一気に押し寄せないで、落ち着いて……っ!」
壁際にどんどん追いやられ、自分が一番焦っていることにも気づかないまま、宏斗の背中が冷たいコンクリートの壁に衝突した、まさにその瞬間だった。
“ バンッ !!! ”
鼓膜を揺らす凄まじい衝撃音と共に、屋上の重い鉄扉が乱暴にこじ開けられた。さっきまでギャーギャーと騒いでいたファンクラブの4人は、一瞬で口をパクパクと金魚のようにさせ、完全に声を失って凍りついた。
「あまり、宏斗に、他の男のこと喋らせないで」
強風にさらりと美しくなびく、眩い白銀の髪。そして、周囲の空気を一瞬で支配する、狂おしいほどのシトラスの香り。律は一歩で俺との距離を詰めると、有無を言わさない強引な力で俺の腕を引き、そのまま自分の広い胸の中へと、壊れ物を扱うように、だけど絶対に逃がさないように強く閉じ込めた。
あいつの顎が、俺の頭の上にトン、と載せられる。
「俺、嫉妬深いから」
腕の中にいる俺を優しく抱きしめながらも、その鋭い瞳で4人の女子たちをじっと見つめ、一切の容赦なく嫉妬心を剥き出しにしている男。それは、この世界に愛された、紛れもない完璧なヒーロー“如月律”の、狂気的なまでの独占欲の証明だった。
帰りのホームルームが終わったと同時に、教室のドアが文字通り勢いよく弾け飛ぶようにして開いた。わざわざ目線を向けなくとも、その凄まじい勢いと共に、大量の薔薇と星のエフェクト、そして濃厚な男性的フェロモンが視界の端から一気に流れ込んでくる。
「宏斗、一緒に帰ろうか」
クラス中がと騒然となる中、律はこれまでの三ヶ月間、全校生徒の誰にも見せたことのないような、柔らかく甘い微笑みを浮かべて俺を見つめた。一方、その中心に立たされた皐月宏斗は、脳内で最悪のシミュレーションを高速展開していた。こんな風に目立ってしまえば、少女漫画あるあるの、
『私たちの如月くんを泥棒しないで!!』という体育館裏への呼び出しとか、
『キャー! 皐月くんにカッターで腕を切られたの!(自作自演)』とか!
そういう、命の危険を伴う陰湿なヒロインいじめイベントが起こってもおかしくないのでは…!?ヤバい、マジで身の危険を感じる…
机の上に置いたリュックのストラップを、指が白くなるほどぎゅっと握りしめる。周囲を見渡すと、心なしか女子生徒たちの視線がいつも以上に痛烈に突き刺さっている気がして、喉の奥が「ヒュッ」と鳴った。そんな俺のビビり具合をどう解釈したのか、律はおかしそうに首を傾げ、目が合うたびにさらにこれ見よがしに微かに微笑んでみせる。
「さっ……先帰るからなっ!!」
マッハの速さでリュックを背負い、廊下を力強く踏みしめて教室を飛び出した。いくら現実世界で鍛えた運動神経に自信があるとはいえ、あの『世界の法則』すら味方につける如月律から、真っ向勝負で逃げきれないことは重々承知している。だとしたら、俺に残された道は…。
隠れるしかねぇ…っ!
手近にあった三階の空き教室へと滑り込み、息を殺して身をひそめた。パタパタパタ……と廊下を何かが激しく走っていく音が聞こえたが、その足音は徐々に遠のいていく。そのまま数十分、埃っぽい空き教室で時間を潰し、さすがに諦めて帰っただろうと確信した頃、俺は静かに廊下へと這い出た。
昇降口へと向かう階段を降りながら、俺は心の底から深い、深い、ため息をついた。少女漫画のヒロインって、毎日こんなに命を削りながら生きてたのか……。いやいや、他人事みたいに感心してる場合じゃねぇよ。今まさに俺がその片足を突っ込んでるんだからな。
冷静さなんてどこかへ吹き飛んでいた、まさにその時だった。
「皐月宏斗くん」
そう。この理不尽な世界において、当事者となった彼に休息の二文字など与えられるはずがなかったのだ。後ろから、鋭い声で4人組の女の子たちに名前を呼ばれ、宏斗はついにガチの覚悟を決めた。
……キタ。これ、完全に“アレ”ですわ。ついに処刑イベント発生だわ
「ちょっと、屋上まで着いてきてくれる?」
「あ……はい……」
予想通り、まんまと4人に囲まれる形で屋上へと連行され、宏斗は激しい強風にさらされる。とりあえず、相手の手持ちにカッターナイフが隠されていないかを確認し、背後の物陰に水の入ったバケツがセットされていないかも、視線だけで入念にチェックした。
「単刀直入に聞くけど。……あんた、如月くんと付き合ってるの?」
いかにもグループのリーダー的存在といった風情の、気の強そうな女の子が、胸の前で腕を組んで冷徹な尋問を始めた。対する皐月宏斗の表情は、今まさにギロチンにかけられる直前の、全身の血を綺麗に抜かれた死人のようだった。
「ツキアッテイマセン」
噛みまくりの超早口で即答した瞬間、なぜかタイミングよく風が一気に強くなった。
「じゃあ、なんで文化祭であんなキスなんかしてたのよ!?」
「あれは、あいつに不意打ちで、強引にされただけです……! 被害者はこちら側ですよ!」
「被害者ですって!?」
宏斗の、保身を賭けた瞬殺レベルの弁明が、屋上の場を奇妙な静寂へといざなった。しかし、リーダーの彼女は、ガタガタと小刻みに震えながら俯き、握りしめた拳を震わせている。ヤバい、これ、完全にブチギレた。これから殴られるパターンのやつだ……っ身構えて、彼女の暴挙を止めようと一歩踏みした、その瞬間だった。
「如月くんと皐月くんが付き合っていたら、超絶萌えるのにっっっ!!!!!」
「……は……い???」
文字通り、思考が完全に停止した。
「私たち、如月律ファンクラブとして、如月くんに不用意に近づく害悪な女はみんな命がけで排除してきたのよっ!」
完全に置いてけぼりを喰らった宏斗は、顎が外れそうなほど口を開けたまま、ただ固まることしかできない。
「でも、文化祭のあのライブを見たけれど、貴方もめちゃくちゃ素敵だったわ!! ……まぁ、私たちの如月くんに比べたら、100倍くらい劣るけどね」
一言余計だっつーの。
「でも待って!! 羨ましすぎるんだけど! あの、誰にも心を開かなかった如月くんに、あんなに執着されて想いを寄せられるなんて……っ! 」
この、一瞬で怒りから妄想へと爆走する感情のジェットコースター女を、宏斗は白く、そして哀れみの混ざった目で見つめた。彼女たちは鼻息を荒くして、情熱的に律の素晴らしさを語り合っている。しかし、オタク女子たちの熱気とは裏腹に、宏斗に吹き付ける秋の風は、いつも以上に冷たく感じられた。
すると突然、ファンクラブのメンバーの一人である、おとなしそうなボブヘアの女の子がそっと手を挙げ、宏斗をじっと見つめた。
「あの……私、軽音部の部長くんとクラスの席が近くて、この前話したんだけどね。皐月くんってすごく仲間思いで、めちゃくちゃ心が綺麗な人だって、凄く嬉そうに言ってたよ?」
「え……」
部長が……。その言葉を聞いた瞬間、ぎゅっと胸の奥が熱くなって、冷たかったはずの風が、急に温かくなったような気がした。ボブヘアの女の子はゆっくりと優しく微笑み、宏斗に視線を向ける。
「ぶ、部長が、本当にそんなことを……?」
「うん。最近、髪の毛をセットし始めたのも、皐月くんの真似をしてカッコよくなりたかったからだって言ってたよ」
そうだったんだ……。
あんなむさくるしい和室で、一緒に汗を流して一つの音を作った、あの地味な先輩。今度部活で会ったら、ちゃんと言葉にして感謝を伝えよう。
優しい暖風に吹かれながら、宏斗は胸の内で部長のあの不器用な笑顔を思い浮かべていた。
『ねえねえ、部長くんって、あの前まで眼鏡かけてた地味な人だよね? 最近、なんか急に垢抜けて格好よくなったって噂になってたよね~!』
『そうそう! 皐月くんがきっかけだったんだ! 皐月くんって、意外と部長くんとそんなに仲良いんだね!』
気がつけば、話題の矛先は律から外れ、完全に部長の話題へと移行していた。まぁ、律のクソ重い恋愛話よりは100倍気が楽だし、尋問から完全に逃げ切れたため、宏斗にとっては願ってもない好都合な展開だった。
しかし、スイッチが入ってしまった彼女たちの弾丸トークはヒートアップし、今度は別の意味での質問攻めが徐々に止まらなくなっていく。
『ねえ、部長くんって実はギターめちゃくちゃ上手なの!?』
『実家がガチの和室って本当!? 逆にエモいんだけど!』
『土手の川沿いで、よく二人きりで夕日に向かって練習してるってマジ!?』
「ちょっと、待って……! 一気に押し寄せないで、落ち着いて……っ!」
壁際にどんどん追いやられ、自分が一番焦っていることにも気づかないまま、宏斗の背中が冷たいコンクリートの壁に衝突した、まさにその瞬間だった。
“ バンッ !!! ”
鼓膜を揺らす凄まじい衝撃音と共に、屋上の重い鉄扉が乱暴にこじ開けられた。さっきまでギャーギャーと騒いでいたファンクラブの4人は、一瞬で口をパクパクと金魚のようにさせ、完全に声を失って凍りついた。
「あまり、宏斗に、他の男のこと喋らせないで」
強風にさらりと美しくなびく、眩い白銀の髪。そして、周囲の空気を一瞬で支配する、狂おしいほどのシトラスの香り。律は一歩で俺との距離を詰めると、有無を言わさない強引な力で俺の腕を引き、そのまま自分の広い胸の中へと、壊れ物を扱うように、だけど絶対に逃がさないように強く閉じ込めた。
あいつの顎が、俺の頭の上にトン、と載せられる。
「俺、嫉妬深いから」
腕の中にいる俺を優しく抱きしめながらも、その鋭い瞳で4人の女子たちをじっと見つめ、一切の容赦なく嫉妬心を剥き出しにしている男。それは、この世界に愛された、紛れもない完璧なヒーロー“如月律”の、狂気的なまでの独占欲の証明だった。


