硬式テニス部の一条くんは軟式テニス部の一色くんとヨリを戻したいようです

 一条くんによるダブルス見せつけ事件から一週間が経とうとしていた。
 その間一条くんからの連絡はもちろん無かった。とは言ってもSNSやLINEはブロックをしているため仮に連絡があったとしてもそれを受け取る方法が無いのだから、仕方がないだろう。
 僕は気持ちを切り替えて、学校へと向かう。

 この一週間のうちに僕の周りの状況はガラッと変わった。
 今までは一条くんと一緒に登下校をしていたのを一人で行ったり、同じクラスで野球部の島田くんと家が近いということもあり、彼と一緒に登校することが増えたりした。
 他に言えばこれまで一条くんと取っていた昼食は二年一組の教室で食べる組で一緒に摂ることが多くなった。とは言っても昼休みに用事がある生徒はもちろんいるため常に全員というわけではないが、それでも最低十人以上の生徒でご飯をともに食べる日が多い。

 一条くんと付き合っていたときはほとんどが一条くんと行動をともにすることが多かった僕にとってこの一週間のすべての出来事が新鮮なものであった。
 意外にも僕と話したいと思ってくれていた人は多かったようで、いつもは一条くんがいるからと遠慮していたクラスメイトもこの機会にと話をしてくれることが増えた。
 最初は一条くんと別れて、気分は沈んでしまい、この世で一番不幸なのは僕なんじゃないかと思えるほど、不幸のどん底にいたのだが、それはただ単に僕の勘違いであったとすぐに感じる。

 今日も今日とてクラスメイトとさながら最後の晩餐の様に机を長くくっつけて昼食を一緒に摂る。
 みんなで笑いながら「売店のバナナジュースはピカイチ」だとか「タコさんウインナーが弁当に入っていることで弁当としてのティアが上がる」だとか、そんな話で楽しく過ごしていたところに事件はおきた。

 ガァーっと大きな音を立てながら教室の扉が勢いよく開く。
 その音に反応して、二年一組に居た生徒全員が扉の方に目を向ける。
 そこに居たのは——一条悠真であった。

「あ、雨音……いますか?」

 豪快に扉を開けた人物と同一とは思えない声量でそう告げる。

「いないけど、なにか用?」

 一条くんを見た島田くんは声を低くしてそう言い放った。
 これは全くの嘘である。
 なんなら一条くんは僕と目があっているし、島田くんもそれに気づいている。
 いや、気づいているからこそ、そう言い放ってくれたのかもしれない。
 しかしそれで食い下がる一条くんではなかった。

「いや、見えてるけど……。俺雨音に用があるんだけど、借りてくぞ」

 そう言ってズカズカと二年一組の教室に入ってくる一条くんを見た島田くんは席から立ち上がり、一条くんに近づく。

「居ないって言ってんじゃん。要件は? 聞いといてやるよ」
「お前何? お前には用無いんだけど」
「は? 俺もお前に用ねぇよ。てか俺が言ったこともわかんなかったわけ? 一色は居ないって言ってんの。自分の教室に帰れよ」
「お前目付いてねぇの? いるじゃん雨音」

 教室の温度が五度くらい下がったような気がする。
 いつも温厚な島田くんがこんなにもハッキリと物事を言える人物だとは思っていなかった。そんなことを本人に言ってしまえば少しガッカリされるかもしれないため言うことはないが、僕のために怒ってくれることに感謝をしたため、この気持ちは伝えようと思う。
 しかし今はそんなことより、この口喧嘩を止めなければならない。
 僕が立ち上がろうとすると、加藤くんと栗原くんが立ち上がり、僕を一条くんの視界から隠すように立ちふさがる。

「一色はお前と話したくないと思うけど?」

 そう告げる加藤くんに一条くんは突っかかる。

「それを決めるのはお前じゃねぇだろ!」
「じゃあLINEとかすれば? 返信が来ないってことは話したくないってことだろ? お前何言ってんの?」

 桜島高等学校の野球部は口喧嘩のレクチャーでも受けているのだろうか思うほど、ポンポンと次から次に言葉を紡いでいく。
 しかし加藤くんが言った「LINEの返信が来ない」ということにも言い返すのが一条くんである。

「だからこうして直接話に来てるんだろ?」
「一週間も放置しておいて? 今更?」

 その一言に一条くんの怒りがマックスに達したのかもしれない。
 彼からしてみれば僕と話したいだけだったが、二年一組が団結してそれを阻止しているのだ。苛つかないわけがない。
 一条くんの前に立ち妨害をしていた島田くんの胸ぐらを左手で掴み、握りしめた右の拳を大きく振りかざした。

「やめて!」

 気がつくと僕は椅子が後ろに倒れてしまうほどの勢いで立ち上がり、大きな声で一条くんに向かってそんな言葉をぶつけていた。
 一条くんの拳は寸前のところで止まり、島田くんは間一髪のところで怪我をすることはなかった。

「僕は話すことないよ。 ていうか別れたんだしもうよくない? 大体もう僕のこと好きじゃないんでしょ?」
「そんなことない! あれは言葉の綾で……。俺もあんなコトいうつもりはなくて……。だから、その……」

 そう一条くんが僕に対して何かを伝えようとしたところに、二年一組の温度を更に下げる人物が現れた。

「あ! 悠真せんぱぁい。こんなところに居たんですか? 二組に行っても居ないって言われたから探してたんですよぉ……ってあれ? もしかしてウチ今、お邪魔でしたかぁ?」

 戸塚ナナ。
 彼女は一条くんのことが好きな硬式テニス部一年の女子生徒で、先日一条くんとダブルスを組んでいるところを目撃したことで、僕が彼の連絡先をブロックする決意をしたきっかけとなった人物である。
 そんな戸塚さんがわざわざ二年生の教室にまで来て、さらに一条くんを探していると言うことは、彼女の目的は一つしか無いだろう。

「……なにそれ。 一条くんはわざわざ僕に見せつけに来たの?」
「ちがっ! え、一条……くん? え?」
「もういいよ。ごめんね。僕が悪かったよ」
「ま、待って雨音!」

 『悠真』と名前で呼ばれなかったことがそんなにもショックなのだろうか。しかしもう付き合っていないのだから、ファーストネームで呼び続けるのも変な話だろう。
 彼は僕のことをファーストネームでまだ呼んでいるようだが、それはただ単に言い慣れているだけであり、呼びたくて呼んでいるわけではないと思う。

 彼はきっと新しくできた彼女を自慢しにしたのだろうが、僕としてはそんなコトは聞きたくない。
 連絡先はすべてブロックしているものの、僕はまだ一条くんのことが好きだ。
 だからこそ、未練がましく連絡先を持っているとずっと一条くんのコトを考えてしまいそうで、ブロックをしたのだ。
 だが直接教室に来てまで、こんな嫌がらせを受けるだなんて思っていなかった。

 僕はそれに耐えきれなくて、教室を飛び出した。
 後ろから僕を呼ぶ一条くんの声の他に、彼を非難する声も聞こえたが、僕は振り返ることなく走る。
 途中「廊下を走るな」と先生に言われた気がしたが、それに従っていられる余裕は僕にはなかった。

「……喉乾いた。売店いこ……バナナジュースが美味しんだっけ……」

 財布を教室に忘れてしまったが、最近の売店はQRコード決済が出来るため便利な世の中になったと感じながら、徐々にスピードを落とし、僕は売店へと向かった。