硬式テニス部と軟式テニス部のコートは隣り合わせに存在している。
そのため、朝練中に悠真と少しでも話すタイミングがあるかも。なんて淡い期待を持っていたが、そんな幻想が叶うことはなく一度も話すコトはできなかった。それどころか目も合うことはなかった。
そもそも朝練とはいえ、ずっとコートで練習をしているわけではない。
桜島高等学校の朝練は部活の練習ではなく、各部活が使用する場所を綺麗にしたり、道具の確認をしたりすることをメインとしているのだ。野球部や陸上部の場合はグラウンドの整備、サッカー部の場合は人工芝の手入れやラインの引き直し、体育館を使用する部活動はモップ掛けやボール磨きなどやることがたくさんある。
例に漏れず各テニス部はコート内に生えてくる雑草の手入れやボールやネットの確認を行ったりする。ちなみに雨の日など、悪天候によりコートが使用できない場合は桜島高等学校内に存在している筋トレルームの清掃を行ったりしているが、外の部活動組で取り合いになるため、朝練自体がなくなることもある。
とは言え本日は晴天のため、いつも通りテニスコート内の雑草抜きや備品の確認を行っていたわけだが、いつもなら硬式テニス部側のコートから僕にちょっかいを掛けてきたりする悠真は黙々と朝練に勤しんでおり、いつもの絡みがなかった。
そのことに対して、各テニス部部員が気付かない訳が無い。
「一色くんと一条くんってもしかして喧嘩中?」と声を掛けてきたのは、同じ軟式テニス部の部員で悠真と同じクラスである二年二組の須田さんだ。その声に反応するように同じく二年二組の小林さんが「でも二人の喧嘩は珍しいことじゃなくない?」なんて口にする。
実際小林さんの言う通りで、悠真と僕が喧嘩をすること自体は珍しいことじゃない。
ただ普段の喧嘩は僕が一方的に怒るというか、注意のようなことを行い、それを悠真が雨に濡れた犬のような表情をしながら素直に聞いているという感じだ。
そのため喧嘩をしたことがあると言っても、何か言い合いをしたりだとかをしたわけではない。こう考えてみると、いつも僕だけが怒っていて、それに嫌気が差したのかもしれない。
僕は大きなため息を吐きながら「昨日振られたんだよね」と素直に須田さんと小林さんに伝える。それを聞いた二人はテニスコート内の人間だけではなく、もしかしたら校舎中に聞こえるのではないかと思うほどの声量で「えぇぇぇっ!」驚きの声をあげた。
その声にはさすがの悠真も反応を示したようで、一瞬こちらを向いたかと思えば、すぐに雑草むしりに戻ってしまった。悠真はもう本当に僕のコトが好きではないのかもしれない。
実を言うと、僕と悠真が付き合っていることは、この桜島高等学校では知れ渡っている。
入学当初の僕は知らなかったのだが、現代において同性同士で付き合うということは何も珍しいことではないようで、実際僕と悠真のように同学年で、というわけではなく先輩後輩同士でお付き合いをしている生徒もあると聞いたことがある。
ちなみに僕は付き合っていることを公言することに反対だった。理由としては悠真のようなイケメンが僕なんかと付き合っていると知られてしまっては、悠真の学校での株が下がってしまうと考えたからだ。
炎天下の中テニスをし続けたことによってできた小麦色の肌から覗かせる満面の笑みのときにしか拝めない真っ白は歯。勉強こそそこまでできない悠真であるが、その身長と運動をしていることがすぐに分かる細いながらも筋肉質な彼の足。そしてそんな彼の笑顔はいろんな人を魅了している。
そんな悠真の邪魔にはなりたくないと考えて、付き合いを始めてからも公言はしなくて良いんじゃないかと、何度か悠真と議論を繰り広げたことがあるのだが、どうしても僕の彼氏であることを自慢したかったらしい悠真は一年の総合の授業中にいきなりクラス全員に向かって、僕と付き合っていることを公表したのだ。
僕としては、そんな勝手な行動を取る悠真に対し、開いた口が塞がらない状態であったものの、周りの反応は全くといっていいほど僕が想像していたリアクションとは違っており、完全なる祝福ムード。総合の授業などそっちのけで「どんなところが好きなの?」だの「どっちから告白したの?」だの、質問攻めを受けたのを今でも覚えている。
僕個人としては恥ずかしくて、モジモジしていたのだが、悠真が自信たっぷりに「俺から告白した!」だの、「全部がかわいい」など惚気を連発するもんだから、クラスメイトの男子からは「惚気るな!」「自慢話なら他所でやれ!」「イケメンうざいぞ!」などと祝福の言葉から野次へと変わっていった。
悠真はそんなコトを気にせずに「ありがとう、ありがとう」と僕の彼氏であることを誇らしげにしているようであった。
そんなイケメン硬式テニス部の一年生に彼氏ができたと授業で言ってしまえば、一週間後には桜島高等学校の生徒が全員知ることになり、僕と悠真は学校内で一時的にちょっとした時の人となっていた。
そんな学校内の有名人だったカップルの破局を知れば、驚くのも無理はない。
だから須田さんと小林さんからはちょっとだけ慰めの言葉を期待していたのだが、彼女たちの口から出た言葉はそうでなかった。
「何あれ?」
「あれ絶対見せつけるようにしてるよね?」
「キモすぎなんだけど。性根が腐ってるんじゃない?」
「ウザすぎでしょ。一色くんもしかして別れて正解だったかもよ」
僕は彼女たちのセリフが気になり、二人の視線の先を確認する。
そこには昨日僕を振ったばかりだというのに満面の笑みを浮かべる悠真と、その横で悠真にベタベタと触り愛嬌を振りまいている硬式テニス部員であろう一年生の女子生徒の姿がそこにはあった。
「……えっ?」
言葉が出ないわけじゃない。それ以外の言葉が見つからなかった。
戸惑いを隠せない僕に須田さんと小林さんは「あの一年、ずっと前から一条くんのコト狙ってた女でしょ?」「一色くんと別れたことを一条くんから聞いたんじゃない?それにしてもすぐにちょっかい掛けるのはきもすぎるでしょ」と言いたい放題だ。
女子とは改めて怖いなと感じつつも、僕にはそんな二人がお似合いに見えて仕方がない。
イケメンの悠真と綺麗な黒髪を帽子のサイズ調整用の部分から一本にまとめて出し、ポニーテールのような状態のその女子生徒。
六月中旬にもかかわらず、長袖のジャージ姿の彼女は萌え袖をしており、そのスキンシップの多さは、勘違いする男子がいてもおかしくないと思えるほどだ。
「悠真は、やっぱり、女性が、良かったんじゃ、ないかな……」
そう力なく呟く僕に須田さんと小林さんは僕の手を引き「あんな奴放っておいて朝練上がろ」や「今見ても毒でしかないよ」と朝練もそこそこにテニスコートを後にした。
テニスコートを後にする際にずっと後ろから視線を感じていたが、僕には振り返る余裕はなかった。
* * *
放課後になり、僕は部活に顔を出す。
普段なら悠真と一緒に部活へ向かうのだが、今日は一人で向かう。
実を言うと昼休みに、悠真以外の人物と昼食を共にしたのも久しぶりだ。そりゃお互いに体調不良で学校自体を休んだり、呼び出しがあったり等で一緒に昼食を食べられない日が無いことはないのだが、それは一緒に食べることが出来たのに、第三の力が加わったことで食べることが出来なかった場合だ。
今回は一緒に食べることが出来たが、お互いの意思で一緒に食べなかったのだ。
この意味は大きく違う。
「クラスの全員に別れたことバレちゃったなぁ……」
そんなことを呟きながら、部室へと向かう。
毎日一緒に昼食を取っていたのがパタリを止んでしまっては、クラスメイトも異変に気づくだろう。心配そうに質問してくる野球部の加藤くん、島田くん、栗原くんに嘘を付くことは出来ず、正直に「昨日別れたんだよね」と告げたところ、三人だけではなく教室で昼食を摂っていたクラスメイト全員がパニックを起こしたのだ。
「別れたってマジ?」
「マジかよ一色! 冗談だよな? 冗談なんだよな?」
「冗談じゃないよ、本当。昨日好きになるんじゃなかった的なこと言われて終わっちゃったんだよね……」
そう告げると徐々に視界がぼやけてきた。
次第に机の上に大粒の水滴がポタポタと落ちていくのがわかる。
「終わっちゃった……終わっちゃったんだよね……好きだったのに……僕が悪いのかな、僕が……僕が悪かったのかなぁ」
そんなことを口走る僕を加藤くんが胸で抱きしめてくれた。
このままでは加藤くんの制服が汚れると思い、押しのけようとするも、島田くんも栗原くんも覆いかぶさるようにして僕を他の人の視界から見えなくしてくれた。
「大丈夫。大丈夫だから」
「一色は悪くないよ」
「一色を振るなんてとんでもねぇな! 今日は俺等とご飯食べようぜ!」
「栗原それ名案すぎ!」
そう言うと僕の机の周りに売店で買ってきたであろう惣菜パンや持参したお弁当を広げ始める。それを見ていた他のクラスメイトも「今日はみんなで食べようよ。今までそんな機会無かったでしょ?」と提案してくれ、この日は教室に残っていた全員で昼食をともにした。
みんなに気を使わせてしまい申し訳ないという気持ちと、悠真に振られたことを自覚し自然と流れ始めた涙を変えてくれたことへの感謝で胸が一杯になった。
そのことを思い出し、ほんの少しだけ微笑みながら部室へ入ると、須田さんと小林さんが僕を見るなり、何やら言いにくそうなことを今から告げるような表情をしながら僕に近づいてきた。
その一歩一歩は早いながら、若干の躊躇も垣間見せていた。
「一色くん……今日は帰ったほうがいい……かも」
「ウチもそう思う。無理はしないほうがいいよ」
「ううん、大丈夫だよ! クラスのみんなにも慰めてもらったし、昼休みに泣いて少しはスッキリしたし。それに運動すればまた少しは気分も晴れるかもしれないじゃん?」
僕のことを心配してくれている二人に、これ以上心配はかけまいと平静を装うも、二人はそうじゃないんだと首を横に振った。
「……あれ、見える?」
須田さんがそう言うと、部室から少しだけ見えるテニスコートを指さした。
部室からテニスコートは少しだけ距離があるため、ハッキリと見ることは出来ないが、それでも僕には誰が何をしているかくらいはわかった。
「悠真と…………一年の女子?」
「うん。あの二人、ダブルスでペア組んでる」
「絶対に見せるけるためだよ」
「あり得なさすぎ」
「あの一年、戸塚って言うんだけど、本当にいい噂聞かないよ」
「一色くんと一条くんが付き合ってたときから、一条くんにアプローチしてたみたいだけど、露骨すぎ」
「てか、男女でダブルス組む意味無いでしょ? あれ、絶対あの女からダブルスしたいって言ったんだよ」
大丈夫だったはずの心が大丈夫じゃなくなっていくのがわかる。
決壊したダムのように、僕の目からは涙が溢れ出していた。
悠真の隣は僕の定位置だったにもかかわらず、たった一日で。いや正確にいえば一日もかからないうちにその場を別の人に取られてしまったことへのショックと、僕以外が隣でも良いんだという悠真に少しずつ感情の灯火が徐々に小さくなっていく。
「僕って、悠真にとって邪魔な存在だと思う?」
「え、あ、いや、そんなことは……ねぇ?」
「え? うん! そうだね。あっちがっ! 今のそうだねはそういう意味じゃなくて……」
「ううん。ごめん、変なこと言って」
そう言って僕はスクールバッグからスマホを取り出すと、悠真とのLINEのトーク画面を見る。そしてそのままユーザーブロックのボタンをゆっくりと押した。
「……いいの?」
「うん。悠真には……いや、一条くんとはもう終わったし」
「……一色くんがそれでいいなら……。そうだ! 顧問に言って今日は部活なしにしてもらおうよ! みんなでどこか買い物でも行こ?」
「いやいや! もうすぐ三年の先輩の最後の大会何だよ? 頑張らないと!」
須田さんと小林さんの提案を嬉しいものの、三年の先輩の最後の大会への想いを無下にしたくないと考え、二人の提案を拒否しようと思ったところに、三年の先輩たちから声が上がった。
「いいじゃん、部活なくて!」
「そうそう! てかさ作戦会議って称してみんなでマック行かね?」
「それまじであり! 新作のバーガー食べたかったんだよね」
「俺はダブルチーズバーガー一択!」
「ポテトこそ嗜好だろ!」
話を聞いていたのだろう。
そもそも三年の先輩たちも僕と一条くんが付き合っていることは知っていたのだ。そんな先輩たちにも気を使わせてしまったと自分が嫌になる。
しかしそんなことを考えているのは僕だけのようで、先輩から「一色も行くだろ?」と声がかかる。
僕は涙を拭きながら「ありがとうございます。行きます」と答えるので精一杯だった。
そのため、朝練中に悠真と少しでも話すタイミングがあるかも。なんて淡い期待を持っていたが、そんな幻想が叶うことはなく一度も話すコトはできなかった。それどころか目も合うことはなかった。
そもそも朝練とはいえ、ずっとコートで練習をしているわけではない。
桜島高等学校の朝練は部活の練習ではなく、各部活が使用する場所を綺麗にしたり、道具の確認をしたりすることをメインとしているのだ。野球部や陸上部の場合はグラウンドの整備、サッカー部の場合は人工芝の手入れやラインの引き直し、体育館を使用する部活動はモップ掛けやボール磨きなどやることがたくさんある。
例に漏れず各テニス部はコート内に生えてくる雑草の手入れやボールやネットの確認を行ったりする。ちなみに雨の日など、悪天候によりコートが使用できない場合は桜島高等学校内に存在している筋トレルームの清掃を行ったりしているが、外の部活動組で取り合いになるため、朝練自体がなくなることもある。
とは言え本日は晴天のため、いつも通りテニスコート内の雑草抜きや備品の確認を行っていたわけだが、いつもなら硬式テニス部側のコートから僕にちょっかいを掛けてきたりする悠真は黙々と朝練に勤しんでおり、いつもの絡みがなかった。
そのことに対して、各テニス部部員が気付かない訳が無い。
「一色くんと一条くんってもしかして喧嘩中?」と声を掛けてきたのは、同じ軟式テニス部の部員で悠真と同じクラスである二年二組の須田さんだ。その声に反応するように同じく二年二組の小林さんが「でも二人の喧嘩は珍しいことじゃなくない?」なんて口にする。
実際小林さんの言う通りで、悠真と僕が喧嘩をすること自体は珍しいことじゃない。
ただ普段の喧嘩は僕が一方的に怒るというか、注意のようなことを行い、それを悠真が雨に濡れた犬のような表情をしながら素直に聞いているという感じだ。
そのため喧嘩をしたことがあると言っても、何か言い合いをしたりだとかをしたわけではない。こう考えてみると、いつも僕だけが怒っていて、それに嫌気が差したのかもしれない。
僕は大きなため息を吐きながら「昨日振られたんだよね」と素直に須田さんと小林さんに伝える。それを聞いた二人はテニスコート内の人間だけではなく、もしかしたら校舎中に聞こえるのではないかと思うほどの声量で「えぇぇぇっ!」驚きの声をあげた。
その声にはさすがの悠真も反応を示したようで、一瞬こちらを向いたかと思えば、すぐに雑草むしりに戻ってしまった。悠真はもう本当に僕のコトが好きではないのかもしれない。
実を言うと、僕と悠真が付き合っていることは、この桜島高等学校では知れ渡っている。
入学当初の僕は知らなかったのだが、現代において同性同士で付き合うということは何も珍しいことではないようで、実際僕と悠真のように同学年で、というわけではなく先輩後輩同士でお付き合いをしている生徒もあると聞いたことがある。
ちなみに僕は付き合っていることを公言することに反対だった。理由としては悠真のようなイケメンが僕なんかと付き合っていると知られてしまっては、悠真の学校での株が下がってしまうと考えたからだ。
炎天下の中テニスをし続けたことによってできた小麦色の肌から覗かせる満面の笑みのときにしか拝めない真っ白は歯。勉強こそそこまでできない悠真であるが、その身長と運動をしていることがすぐに分かる細いながらも筋肉質な彼の足。そしてそんな彼の笑顔はいろんな人を魅了している。
そんな悠真の邪魔にはなりたくないと考えて、付き合いを始めてからも公言はしなくて良いんじゃないかと、何度か悠真と議論を繰り広げたことがあるのだが、どうしても僕の彼氏であることを自慢したかったらしい悠真は一年の総合の授業中にいきなりクラス全員に向かって、僕と付き合っていることを公表したのだ。
僕としては、そんな勝手な行動を取る悠真に対し、開いた口が塞がらない状態であったものの、周りの反応は全くといっていいほど僕が想像していたリアクションとは違っており、完全なる祝福ムード。総合の授業などそっちのけで「どんなところが好きなの?」だの「どっちから告白したの?」だの、質問攻めを受けたのを今でも覚えている。
僕個人としては恥ずかしくて、モジモジしていたのだが、悠真が自信たっぷりに「俺から告白した!」だの、「全部がかわいい」など惚気を連発するもんだから、クラスメイトの男子からは「惚気るな!」「自慢話なら他所でやれ!」「イケメンうざいぞ!」などと祝福の言葉から野次へと変わっていった。
悠真はそんなコトを気にせずに「ありがとう、ありがとう」と僕の彼氏であることを誇らしげにしているようであった。
そんなイケメン硬式テニス部の一年生に彼氏ができたと授業で言ってしまえば、一週間後には桜島高等学校の生徒が全員知ることになり、僕と悠真は学校内で一時的にちょっとした時の人となっていた。
そんな学校内の有名人だったカップルの破局を知れば、驚くのも無理はない。
だから須田さんと小林さんからはちょっとだけ慰めの言葉を期待していたのだが、彼女たちの口から出た言葉はそうでなかった。
「何あれ?」
「あれ絶対見せつけるようにしてるよね?」
「キモすぎなんだけど。性根が腐ってるんじゃない?」
「ウザすぎでしょ。一色くんもしかして別れて正解だったかもよ」
僕は彼女たちのセリフが気になり、二人の視線の先を確認する。
そこには昨日僕を振ったばかりだというのに満面の笑みを浮かべる悠真と、その横で悠真にベタベタと触り愛嬌を振りまいている硬式テニス部員であろう一年生の女子生徒の姿がそこにはあった。
「……えっ?」
言葉が出ないわけじゃない。それ以外の言葉が見つからなかった。
戸惑いを隠せない僕に須田さんと小林さんは「あの一年、ずっと前から一条くんのコト狙ってた女でしょ?」「一色くんと別れたことを一条くんから聞いたんじゃない?それにしてもすぐにちょっかい掛けるのはきもすぎるでしょ」と言いたい放題だ。
女子とは改めて怖いなと感じつつも、僕にはそんな二人がお似合いに見えて仕方がない。
イケメンの悠真と綺麗な黒髪を帽子のサイズ調整用の部分から一本にまとめて出し、ポニーテールのような状態のその女子生徒。
六月中旬にもかかわらず、長袖のジャージ姿の彼女は萌え袖をしており、そのスキンシップの多さは、勘違いする男子がいてもおかしくないと思えるほどだ。
「悠真は、やっぱり、女性が、良かったんじゃ、ないかな……」
そう力なく呟く僕に須田さんと小林さんは僕の手を引き「あんな奴放っておいて朝練上がろ」や「今見ても毒でしかないよ」と朝練もそこそこにテニスコートを後にした。
テニスコートを後にする際にずっと後ろから視線を感じていたが、僕には振り返る余裕はなかった。
* * *
放課後になり、僕は部活に顔を出す。
普段なら悠真と一緒に部活へ向かうのだが、今日は一人で向かう。
実を言うと昼休みに、悠真以外の人物と昼食を共にしたのも久しぶりだ。そりゃお互いに体調不良で学校自体を休んだり、呼び出しがあったり等で一緒に昼食を食べられない日が無いことはないのだが、それは一緒に食べることが出来たのに、第三の力が加わったことで食べることが出来なかった場合だ。
今回は一緒に食べることが出来たが、お互いの意思で一緒に食べなかったのだ。
この意味は大きく違う。
「クラスの全員に別れたことバレちゃったなぁ……」
そんなことを呟きながら、部室へと向かう。
毎日一緒に昼食を取っていたのがパタリを止んでしまっては、クラスメイトも異変に気づくだろう。心配そうに質問してくる野球部の加藤くん、島田くん、栗原くんに嘘を付くことは出来ず、正直に「昨日別れたんだよね」と告げたところ、三人だけではなく教室で昼食を摂っていたクラスメイト全員がパニックを起こしたのだ。
「別れたってマジ?」
「マジかよ一色! 冗談だよな? 冗談なんだよな?」
「冗談じゃないよ、本当。昨日好きになるんじゃなかった的なこと言われて終わっちゃったんだよね……」
そう告げると徐々に視界がぼやけてきた。
次第に机の上に大粒の水滴がポタポタと落ちていくのがわかる。
「終わっちゃった……終わっちゃったんだよね……好きだったのに……僕が悪いのかな、僕が……僕が悪かったのかなぁ」
そんなことを口走る僕を加藤くんが胸で抱きしめてくれた。
このままでは加藤くんの制服が汚れると思い、押しのけようとするも、島田くんも栗原くんも覆いかぶさるようにして僕を他の人の視界から見えなくしてくれた。
「大丈夫。大丈夫だから」
「一色は悪くないよ」
「一色を振るなんてとんでもねぇな! 今日は俺等とご飯食べようぜ!」
「栗原それ名案すぎ!」
そう言うと僕の机の周りに売店で買ってきたであろう惣菜パンや持参したお弁当を広げ始める。それを見ていた他のクラスメイトも「今日はみんなで食べようよ。今までそんな機会無かったでしょ?」と提案してくれ、この日は教室に残っていた全員で昼食をともにした。
みんなに気を使わせてしまい申し訳ないという気持ちと、悠真に振られたことを自覚し自然と流れ始めた涙を変えてくれたことへの感謝で胸が一杯になった。
そのことを思い出し、ほんの少しだけ微笑みながら部室へ入ると、須田さんと小林さんが僕を見るなり、何やら言いにくそうなことを今から告げるような表情をしながら僕に近づいてきた。
その一歩一歩は早いながら、若干の躊躇も垣間見せていた。
「一色くん……今日は帰ったほうがいい……かも」
「ウチもそう思う。無理はしないほうがいいよ」
「ううん、大丈夫だよ! クラスのみんなにも慰めてもらったし、昼休みに泣いて少しはスッキリしたし。それに運動すればまた少しは気分も晴れるかもしれないじゃん?」
僕のことを心配してくれている二人に、これ以上心配はかけまいと平静を装うも、二人はそうじゃないんだと首を横に振った。
「……あれ、見える?」
須田さんがそう言うと、部室から少しだけ見えるテニスコートを指さした。
部室からテニスコートは少しだけ距離があるため、ハッキリと見ることは出来ないが、それでも僕には誰が何をしているかくらいはわかった。
「悠真と…………一年の女子?」
「うん。あの二人、ダブルスでペア組んでる」
「絶対に見せるけるためだよ」
「あり得なさすぎ」
「あの一年、戸塚って言うんだけど、本当にいい噂聞かないよ」
「一色くんと一条くんが付き合ってたときから、一条くんにアプローチしてたみたいだけど、露骨すぎ」
「てか、男女でダブルス組む意味無いでしょ? あれ、絶対あの女からダブルスしたいって言ったんだよ」
大丈夫だったはずの心が大丈夫じゃなくなっていくのがわかる。
決壊したダムのように、僕の目からは涙が溢れ出していた。
悠真の隣は僕の定位置だったにもかかわらず、たった一日で。いや正確にいえば一日もかからないうちにその場を別の人に取られてしまったことへのショックと、僕以外が隣でも良いんだという悠真に少しずつ感情の灯火が徐々に小さくなっていく。
「僕って、悠真にとって邪魔な存在だと思う?」
「え、あ、いや、そんなことは……ねぇ?」
「え? うん! そうだね。あっちがっ! 今のそうだねはそういう意味じゃなくて……」
「ううん。ごめん、変なこと言って」
そう言って僕はスクールバッグからスマホを取り出すと、悠真とのLINEのトーク画面を見る。そしてそのままユーザーブロックのボタンをゆっくりと押した。
「……いいの?」
「うん。悠真には……いや、一条くんとはもう終わったし」
「……一色くんがそれでいいなら……。そうだ! 顧問に言って今日は部活なしにしてもらおうよ! みんなでどこか買い物でも行こ?」
「いやいや! もうすぐ三年の先輩の最後の大会何だよ? 頑張らないと!」
須田さんと小林さんの提案を嬉しいものの、三年の先輩の最後の大会への想いを無下にしたくないと考え、二人の提案を拒否しようと思ったところに、三年の先輩たちから声が上がった。
「いいじゃん、部活なくて!」
「そうそう! てかさ作戦会議って称してみんなでマック行かね?」
「それまじであり! 新作のバーガー食べたかったんだよね」
「俺はダブルチーズバーガー一択!」
「ポテトこそ嗜好だろ!」
話を聞いていたのだろう。
そもそも三年の先輩たちも僕と一条くんが付き合っていることは知っていたのだ。そんな先輩たちにも気を使わせてしまったと自分が嫌になる。
しかしそんなことを考えているのは僕だけのようで、先輩から「一色も行くだろ?」と声がかかる。
僕は涙を拭きながら「ありがとうございます。行きます」と答えるので精一杯だった。



