硬式テニス部の一条くんは軟式テニス部の一色くんとヨリを戻したいようです

 今思えば、本当にしょうもないことで喧嘩をしたと思う。
 三年の先輩の最後の大会が近いからって、お互いに余裕がなかったのが原因だ。
 僕の彼氏である一条悠真(いちじょうゆうま)と一緒に帰る約束をしていたのにもかかわらず、悠真はその約束を忘れていたのかどうかはわからないが、部活が終わってもなかなか部室から出てこなかったことに対して、少し強めの言葉を吐いてしまったのだ。

「遅い! 悠真は僕との約束、忘れ過ぎなんじゃない?」
「だから謝ってんじゃん……。雨音(あまね)のやってる軟式と違って力使うんだよ。だから部活終わった後もテーピングしたり、冷やしたりするから時間かかるんだって」
「……なにそれ? 軟式が楽って言いたいの?」
「実際にそうだろ? ボールの重さも違うし、ラケットの重さも違う。軟式より俺がやってる硬式の方が疲れるだろ」
「疲れたほうが偉いわけ?」
「そうじゃないけどさ、こっちも疲れてるのに少し遅れただけで小言言われるとさ、更に疲れるんだわ」
「僕だって疲れてるよっ! でも悠真と一緒に帰りたいから、急いで帰る準備して待ってるんじゃん!」
「はぁ、うっざ。お前なんか好きになるんじゃなかったわ」

 今までも喧嘩をすることはあった。
 でも「好きになるんじゃなかった」なんて言われ方をしたのは初めてだった。
 お互いに余裕がなかったにしては、ラインを大きく超えていたと思う。
 だからこそというわけではないと思うが、僕はその言葉の意味を理解するのに時間を掛けすぎてしまった。気づいたときにはあたりは暗くなっていた。
 どうやら悠真は先に帰ってしまったらしい。
 どのくらいの時間、この場に僕は立ち尽くしていたのだろうか。
 硬式テニスのラケットよりも軽いはずの軟式テニスのラケットがやけに重く感じる。

「……振られたんだ。そっか。悠真の方から好きって言ってきたのにな……」

 夏が始まりかけている六月の中旬。
 頬を伝って落ちる涙は、アスファルトの色を濃いグレーに変色させるも、次に見たときには元の薄いグレーに戻っていた。


 * * *


 家に帰ってLINEを開いても、悠真からの連絡は入っていなかった。
 何度も通知を確かめるがスマホが揺れることはなかった。もしかしたら何かしらのバグで通知が来ていないだけかとも思い、LINEのアプリを開いて見たりしたが、やはり悠真からの連絡は来ていなかった。
 たった一言「あれは言葉の綾だ」「すこし言い過ぎた」なんてことを言ってくれればそれだけで良かったのに、この日スマホが震えることはなく、期待していた悠真からの連絡を見ることはできなかった。
 それなら僕から連絡すればいいじゃないかと思うかもしれない。しかしお互いに虫の居所が悪かったとは言え、ラインを超えた発言をしたのは悠真の方だ。売り言葉に買い言葉だったとはいえ、今回の喧嘩の謝罪は悠真からしてほしい。
 そう思うと、自分から連絡するという行動はしたくなかった。
 大きなため息を吐きながら、ベッドに倒れ込み、もしかしたら明日になればなにか変わってるかもしれないと、そう思うことにして今日は早めに休むことにした。

 翌朝になっても僕のスマホは悠真からの連絡を知らせることはなかった。
 僕はその震えることを知らないスマホを軽くベッドに投げつける。

「好きって言ったのは、悠真の方だろ!」

 僕と悠真が付き合い始めたのは今から約一年ほど前の話だ。
 私立桜島高等学校に入学してからすぐに声を掛けてきたのが悠真であった。
 僕——一色雨音(いっしきあまね)一条悠真(いちじょうゆうま)は出席番号が上下の席だ。悠真が一番で僕が二番。
 高校に入学してすぐであれば、同じ中学校からの進学組を除けば座っている席の前後で会話をするのが一般的だろう。例に漏れず僕と悠真も出席番号の前後であるという理由で入学してからすぐ話すようになった。
 プリントを回す際に毎回ちゃんと振り返って笑顔で手渡してくれる悠真に徐々に惹かれていったのは事実だが、それを口にすることはなかった。
 男同士ということもあったが、今まで恋愛とは縁のない人生を歩んできた僕にとってこの感情がそういった感情であるという確約が持てなかったこと。そして何より高校に入学してすぐにこんな感情を表に出して失敗したときのことを考えると一歩が踏み出せなかったのだ。

 しかしそんな僕の考えとは裏腹に悠真はどんどん僕との距離を詰めていった。
 最初はパーソナルスペースが狭い人なのかなという印象であったが、その考えはどうも間違っていたようで、僕へのスキンシップは多いように感じていたが、その他のクラスメイトには身体的接触をしているようには見えなかった。
 さらに言えば、他のクラスメイトとも話をすることはあるようだが、種類は違えど同じテニスをしているという点もあり、クラスにいるほとんどの時間を僕と話しているように思える。

 転機は五月に行われた体育での出来事だった。
 軟式テニスを授業の一環ですることとなり、テニス経験者である僕と悠真がお手本となりラリーを行うことになったのだ。
 悠真は普段硬式テニスをしているため、少し勝手が違っていてやりづらそうにしていたが、それでも必死に食らいついてくる。そんな悠真の姿に感化され、僕も負けじと本気を出す。
 結果としてはただのラリーをするというデモンストレーションだったため、勝敗等は無いのだが、その楽しさからか更に僕と悠真は意気投合した。
 その日の放課後、僕は部活を終え帰ろうとしていると、校門のところで悠真が誰かを待っているようであった。

「誰か待ってるの?」
「えっと、うん……」
「そうなんだ…………」
「うん、雨音待ってた」
「え、僕?」
「うん……。一緒に帰らね?」
「い、いいけど」

 ぎこちない会話であることはわかっているが、僕は悠真を少なからず意識しているため多少きょどってしまう。
 五月の空はまだ明るく、それでいてちょうどよく涼しい。
 そんな気候だからこそ、部活で火照った身体は徐々に冷静さを取り戻していた。
 無言が続く帰り道で不意に手がぶつかる。
 僕は咄嗟に手を引っ込めようとするも、それを悠真が掴んで許さない。

「俺、雨音のコト、好き、なんだけど……」

 そう掴んだ手を震わせ、そっぽを向いた状態でそう告げる悠真に僕は悠真の手を握り返す。

「僕も、好き、です」
「……ホント?」
「……嘘にしないでよ」
「うれしい」
「僕も嬉しい」

 この日を境に付き合い始めた僕と悠真であったが、約一年の恋人関係に昨日終止符を打ったのだ。
 学校に行きたくないと思いつつも、行かないわけにはいかない。
 僕と悠真が付き合っていることを知っているみんなが別れたことを知ったらどんな反応をするんだろう。なんてことを考えながら僕はベッドに投げ捨てたスマホを回収し、学校へ行く準備を始める。