俺は無言のまま駆け出した。
バルダスさんの目の前まで迫ったところで、右足のかかとで着地。足裏全体で踏み込んで、体を回す。
「はあああああ!!!」
使ったのはフォアだ。
胴の辺りを狙った――つもりだけど、あっさりとガードされてしまう。
っ、焦るな。落ち着け。
「ほぅ、なかなか身軽だな」
バルダスさんの剣を、自分の剣でぐっと押すようにして後退した。
力勝負に持ち込まれたらアウトだ。
カウンターを狙っていこう。
「ふぅ……」
肩幅よりも脚を大きく開きつつ、腰をゆるく落として前傾姿勢に。
そのまま体を左右に揺らして攻撃を待つ。
「独特な構えだな」
「ふざけているわけじゃないですよ」
「ああ、君の目を見ていれば分かる」
「……っ」
思わずウルっときてしまった。
そうか。俺はまたあの目が……必死な目が出来るようになったんだな。
ついこの間までは、死んだ魚みたいな目をしていたのに。
「では、行くぞ」
「はっ、はい!」
バルダスさんが迫って来る。
速い。それにさっきと違ってほとんど土煙が立っていない。
言うまでもなく、無駄を極限まで削いだ動きをしているからだろう。
――達人。
――一流。
この人は間違いなくそう称される類の人間だ。
ビビッて逃げ出したい衝動に駆られながらも、何とかタイミングをはかって左斜め前に踏み込む。
バルダスさんの右脇はガラ空きだった。いける。
そう確信してバックで斬り上げた――のに。
「っ!?」
またガードされてしまった。
何とか立て直してフォアで横なぎにしてみるけど、これも決まらない。
「はぁ……はぁ……」
完全に読まれてる。
……なら、それを逆手に取るまでだ。
昨日やった連続攻撃――『8ラリー』をやる。
ただし、今回からはあんなヤケクソな打ち方はしない。
スナップで強弱をつけて、インパクトのタイミングをずらす。
所謂『連続時間差攻撃』だ。いくらバルダスさんでも多少は戸惑うはず。
俺はそこを突く。勝機があるとすれば、たぶんもうそこにしかない。
「コラーー!! ハルーー!! ちょっとぐらいイイとこ見せなさいよ!!」
エステラが檄を飛ばしてきた。
文句に見せかけたエールとは、何ともアイツらしいな。
小さく苦笑しつつ剣を構える。
「いきます」
「ああ、来い」
「はあぁああああ!!!」
ざっと踏み込んでフォアで斬り込む。
最初は八十パーセントの速さで。
次は五十パー、九十パー、ニ十パー……。
「ぐっ……!」
いいぞ! バルダスさんの反応が鈍くなってきた。
このままスピードで翻弄して――。
「あ゛っ!!?」
不意にとんでもなく重たいものが――剣とバルダスさんの巨体が圧し掛かって来た。
しくった! この展開だけは絶対避けなきゃいけなかったのに。
「~~っ、うぁ……!」
俺の腕がみるみるうちに縮んでいく。
ここからどうやって脱け出せばいいんだ!? あっ、足払いとか???
思うままバルダスさんの脚を蹴ってみるが、まるでビクともしない。
~~っ、ダメだ! もう……っ!
「あっ! ……はぁ……はぁ……」
俺は押されに押されて、終いにはドサッと尻餅をついてしまった。
勝負ありだな。あ~、くそっ! メチャクチャ悔しい。
勝ち筋が見えかけてたのに……。やっぱ俺の課題はパワーだな。
「飲むといい」
そう言ってバルダスさんは……いや、バルダス先生は水筒を差し出してくれた。
俺は一言お礼を言って水筒を受け取る。
すげえ! 革で出来てる。角型で紐も付いてて、一見するとバッグみたいだ。
木製の栓を抜いて匂いを嗅ぐと、案の定新品の通学鞄みたいな匂いがした。
「ふ~ん? やっぱアンタって、そういうの気にするタイプなわけ?」
エステラだ。俺の目の前まで来てふわりとしゃがみ込む。
~~っコイツ、ミニスカ穿いてる自覚ないのか?
黒いタイツを穿いて、脚もしっかり閉じてるとはいえ、……その……もちっと恥じらいをだな……。
「コラ! 無視してないでちゃんと答えなさいよ!」
ガウガウ吠えながら、じーっと俺の目を見てくる。
またこの目だ。俺の真意をごそごそと探るような。
俺はこの目がどうにも苦手だ。
小さく咳払いをして問い返す。
「……何の話だよ」
「っ! 何って……てっ、抵抗あるから困ってるんでしょ?」
「抵抗? いや、ちょっと驚いただけだよ。革の水筒を使うのは、これが初めてだから」
「なっ!?」
俺の返答を受けて、エステラの顔がかぁーーっと赤くなった。
? まさかコイツ。
「間接キスのことか? 俺は同性なら気にしないけど――」
「~~っ、気にしなさいよ!! このバカ!!」
「おわっ!?」
水筒を引っ手繰られた。
かと思えば、そのままバッグみたく肩にかけてしまう。
「待てよ! まだ一口も――」
「アタシが汲んできてあげる。だから、アンタはそこで待ってなさい!!」
「~~っ、分かったよ。けど、せめて水筒は置いてけよ。それ先生のなんだから――って、おい!」
エステラは俺の話に耳を傾けることなく、凄まじい勢いで校舎に向かって行ってしまった。
――その真意は考えないことにする。
野暮天な俺に女心なんて理解出来るはずもないからな。
「…………」
……なんて予防線を張りながらも、エステラの背中を目で追ってしまう。
バカだな。期待するだけ無駄なのに。
「そろそろ剣の話に戻ってもいいかな?」
「っ!? はい! すみません!! よろしくお願いします!!」
出来れば立ち上がりたかったが、まだ無理そうだ。
俺はせめてもと、背中をしゃんっと伸ばして耳を欹てる。
一言一句聞き逃さない。
そんな心持ちでいると、先生の表情がやわらかくなった。
俺にはそれがどうにも気恥ずかしくて、伸ばした背中をきゅっと縮める。
「一言で言うと実に型破りな剣だな。敢えて軌道を読ませ、間で翻弄する。私は未だかつて、君ほど自在に間を操る者を見たことがない」
「間? ああ、タイミングのことですかね? それなら手首でコントロールしてます」
「なるほど。スナップか……」
「あの……俺から一つ相談してもいいですか?」
「課題、つまりはパワーのことだろう?」
「はい。今はフォア……右も左も全部片手打ちにしてるんですけど、適宜両手打ちにするべきでしょうか?」
「その必要はない。あんなもの角度をつけて流してやればいいのだ」
「角度? ……あっ!」
スライスだ!!
テニスもそうだ。強打を相手にする時はスライスを使う。
角度を付けてボールを捉えることで、力を逃がす。
同じ要領で相手の剣を受け流すとすると……。
「おぉ……!!」
イメージすればするほど胸が高鳴っていく。
早く、早く試したい!
「先生! もう一本やらせてください!」
「ああ、勿論だ」
ふらつきながらも立ち上がって剣を構える。
一呼吸置いたところで、先生が迫ってきた。
「……っ」
剣が振り下ろされる。さっきと同じ展開。けど、ここからが違う。
刃は真っ直ぐ――ではなく、斜めに傾けて先生の剣を捉えた。
「ぬぉ……!」
すると、ビックリするぐらい簡単に先生の体勢が崩れる。
全部噛み合ったんだ。
刃の角度も、鍔元の位置も、タイミングも、全部全部。
だから、全然重たくない。これなら……いける!!
「おらぁ!!!」
間髪入れずに踏み込んで、フォアで斬りかかる――が、あと少しのところで先生の体勢が戻ってしまい、俺の攻撃は空振りに終わってしまった。
「くそっ!」
膝に手をついて顔を俯けると、汗がボタボタと流れ落ちた。
制服の中もびしょびしょだ。
どうしよう。これ借りものなんだけどな。
糸目の彼氏君の顔を思い浮かべながら、ひとまずブレザーを脱ぐ。
それと同時にひんやりとした風が吹き抜けていった。
あまりの心地よさに「ほぅ」と小さく息をつく。
「見事だった」
「きょっ、恐縮です!」
「あとは数を重ねて精度を高めていけば――」
「バルダス殿! 少々よろしいでしょうか?」
制服に似た深紅のジャケット姿の女の人が声をかけてきた。
あれはたぶん先生だな。
原作でも女の先生はあんなようなデザインだった気がする。
俺はモブのデザインには関わってないから記憶が曖昧だけど……まぁ、言動から察するに間違いないだろう。
バルダス先生は「すまない」と一言断って、女の先生のところに向かっていった。
一人になった俺は、手持無沙汰にキョロキョロと周囲を見回す。
すると自然と、先生の門弟達の姿が目に付いた。
バルダスさんの目の前まで迫ったところで、右足のかかとで着地。足裏全体で踏み込んで、体を回す。
「はあああああ!!!」
使ったのはフォアだ。
胴の辺りを狙った――つもりだけど、あっさりとガードされてしまう。
っ、焦るな。落ち着け。
「ほぅ、なかなか身軽だな」
バルダスさんの剣を、自分の剣でぐっと押すようにして後退した。
力勝負に持ち込まれたらアウトだ。
カウンターを狙っていこう。
「ふぅ……」
肩幅よりも脚を大きく開きつつ、腰をゆるく落として前傾姿勢に。
そのまま体を左右に揺らして攻撃を待つ。
「独特な構えだな」
「ふざけているわけじゃないですよ」
「ああ、君の目を見ていれば分かる」
「……っ」
思わずウルっときてしまった。
そうか。俺はまたあの目が……必死な目が出来るようになったんだな。
ついこの間までは、死んだ魚みたいな目をしていたのに。
「では、行くぞ」
「はっ、はい!」
バルダスさんが迫って来る。
速い。それにさっきと違ってほとんど土煙が立っていない。
言うまでもなく、無駄を極限まで削いだ動きをしているからだろう。
――達人。
――一流。
この人は間違いなくそう称される類の人間だ。
ビビッて逃げ出したい衝動に駆られながらも、何とかタイミングをはかって左斜め前に踏み込む。
バルダスさんの右脇はガラ空きだった。いける。
そう確信してバックで斬り上げた――のに。
「っ!?」
またガードされてしまった。
何とか立て直してフォアで横なぎにしてみるけど、これも決まらない。
「はぁ……はぁ……」
完全に読まれてる。
……なら、それを逆手に取るまでだ。
昨日やった連続攻撃――『8ラリー』をやる。
ただし、今回からはあんなヤケクソな打ち方はしない。
スナップで強弱をつけて、インパクトのタイミングをずらす。
所謂『連続時間差攻撃』だ。いくらバルダスさんでも多少は戸惑うはず。
俺はそこを突く。勝機があるとすれば、たぶんもうそこにしかない。
「コラーー!! ハルーー!! ちょっとぐらいイイとこ見せなさいよ!!」
エステラが檄を飛ばしてきた。
文句に見せかけたエールとは、何ともアイツらしいな。
小さく苦笑しつつ剣を構える。
「いきます」
「ああ、来い」
「はあぁああああ!!!」
ざっと踏み込んでフォアで斬り込む。
最初は八十パーセントの速さで。
次は五十パー、九十パー、ニ十パー……。
「ぐっ……!」
いいぞ! バルダスさんの反応が鈍くなってきた。
このままスピードで翻弄して――。
「あ゛っ!!?」
不意にとんでもなく重たいものが――剣とバルダスさんの巨体が圧し掛かって来た。
しくった! この展開だけは絶対避けなきゃいけなかったのに。
「~~っ、うぁ……!」
俺の腕がみるみるうちに縮んでいく。
ここからどうやって脱け出せばいいんだ!? あっ、足払いとか???
思うままバルダスさんの脚を蹴ってみるが、まるでビクともしない。
~~っ、ダメだ! もう……っ!
「あっ! ……はぁ……はぁ……」
俺は押されに押されて、終いにはドサッと尻餅をついてしまった。
勝負ありだな。あ~、くそっ! メチャクチャ悔しい。
勝ち筋が見えかけてたのに……。やっぱ俺の課題はパワーだな。
「飲むといい」
そう言ってバルダスさんは……いや、バルダス先生は水筒を差し出してくれた。
俺は一言お礼を言って水筒を受け取る。
すげえ! 革で出来てる。角型で紐も付いてて、一見するとバッグみたいだ。
木製の栓を抜いて匂いを嗅ぐと、案の定新品の通学鞄みたいな匂いがした。
「ふ~ん? やっぱアンタって、そういうの気にするタイプなわけ?」
エステラだ。俺の目の前まで来てふわりとしゃがみ込む。
~~っコイツ、ミニスカ穿いてる自覚ないのか?
黒いタイツを穿いて、脚もしっかり閉じてるとはいえ、……その……もちっと恥じらいをだな……。
「コラ! 無視してないでちゃんと答えなさいよ!」
ガウガウ吠えながら、じーっと俺の目を見てくる。
またこの目だ。俺の真意をごそごそと探るような。
俺はこの目がどうにも苦手だ。
小さく咳払いをして問い返す。
「……何の話だよ」
「っ! 何って……てっ、抵抗あるから困ってるんでしょ?」
「抵抗? いや、ちょっと驚いただけだよ。革の水筒を使うのは、これが初めてだから」
「なっ!?」
俺の返答を受けて、エステラの顔がかぁーーっと赤くなった。
? まさかコイツ。
「間接キスのことか? 俺は同性なら気にしないけど――」
「~~っ、気にしなさいよ!! このバカ!!」
「おわっ!?」
水筒を引っ手繰られた。
かと思えば、そのままバッグみたく肩にかけてしまう。
「待てよ! まだ一口も――」
「アタシが汲んできてあげる。だから、アンタはそこで待ってなさい!!」
「~~っ、分かったよ。けど、せめて水筒は置いてけよ。それ先生のなんだから――って、おい!」
エステラは俺の話に耳を傾けることなく、凄まじい勢いで校舎に向かって行ってしまった。
――その真意は考えないことにする。
野暮天な俺に女心なんて理解出来るはずもないからな。
「…………」
……なんて予防線を張りながらも、エステラの背中を目で追ってしまう。
バカだな。期待するだけ無駄なのに。
「そろそろ剣の話に戻ってもいいかな?」
「っ!? はい! すみません!! よろしくお願いします!!」
出来れば立ち上がりたかったが、まだ無理そうだ。
俺はせめてもと、背中をしゃんっと伸ばして耳を欹てる。
一言一句聞き逃さない。
そんな心持ちでいると、先生の表情がやわらかくなった。
俺にはそれがどうにも気恥ずかしくて、伸ばした背中をきゅっと縮める。
「一言で言うと実に型破りな剣だな。敢えて軌道を読ませ、間で翻弄する。私は未だかつて、君ほど自在に間を操る者を見たことがない」
「間? ああ、タイミングのことですかね? それなら手首でコントロールしてます」
「なるほど。スナップか……」
「あの……俺から一つ相談してもいいですか?」
「課題、つまりはパワーのことだろう?」
「はい。今はフォア……右も左も全部片手打ちにしてるんですけど、適宜両手打ちにするべきでしょうか?」
「その必要はない。あんなもの角度をつけて流してやればいいのだ」
「角度? ……あっ!」
スライスだ!!
テニスもそうだ。強打を相手にする時はスライスを使う。
角度を付けてボールを捉えることで、力を逃がす。
同じ要領で相手の剣を受け流すとすると……。
「おぉ……!!」
イメージすればするほど胸が高鳴っていく。
早く、早く試したい!
「先生! もう一本やらせてください!」
「ああ、勿論だ」
ふらつきながらも立ち上がって剣を構える。
一呼吸置いたところで、先生が迫ってきた。
「……っ」
剣が振り下ろされる。さっきと同じ展開。けど、ここからが違う。
刃は真っ直ぐ――ではなく、斜めに傾けて先生の剣を捉えた。
「ぬぉ……!」
すると、ビックリするぐらい簡単に先生の体勢が崩れる。
全部噛み合ったんだ。
刃の角度も、鍔元の位置も、タイミングも、全部全部。
だから、全然重たくない。これなら……いける!!
「おらぁ!!!」
間髪入れずに踏み込んで、フォアで斬りかかる――が、あと少しのところで先生の体勢が戻ってしまい、俺の攻撃は空振りに終わってしまった。
「くそっ!」
膝に手をついて顔を俯けると、汗がボタボタと流れ落ちた。
制服の中もびしょびしょだ。
どうしよう。これ借りものなんだけどな。
糸目の彼氏君の顔を思い浮かべながら、ひとまずブレザーを脱ぐ。
それと同時にひんやりとした風が吹き抜けていった。
あまりの心地よさに「ほぅ」と小さく息をつく。
「見事だった」
「きょっ、恐縮です!」
「あとは数を重ねて精度を高めていけば――」
「バルダス殿! 少々よろしいでしょうか?」
制服に似た深紅のジャケット姿の女の人が声をかけてきた。
あれはたぶん先生だな。
原作でも女の先生はあんなようなデザインだった気がする。
俺はモブのデザインには関わってないから記憶が曖昧だけど……まぁ、言動から察するに間違いないだろう。
バルダス先生は「すまない」と一言断って、女の先生のところに向かっていった。
一人になった俺は、手持無沙汰にキョロキョロと周囲を見回す。
すると自然と、先生の門弟達の姿が目に付いた。


