
『タァッッ!!!!!』
褐色肌の脚から放たれた蹴りが、一つ目巨人の『サイクロプス』の首を180度回転させた。
巨人の体が紫の欠片になって消えていく。
そんな中、拳闘士・ルゥが『ふぅ』と小さく息を吐いた。
次の瞬間――。
『『『うおおおおおぉおおおおおおおおお!!!!!』』』
割れんばかりの歓声が響き渡った。
ここは王国の三大港町の一つ・ベルマーレのコロシアムだ。
ルゥはここの一番人気の拳闘士で、客席は当然とばかりに『満員御礼』となっていた。
ルゥは笑顔で歓声に応えると、軽快な足取りでバックヤードに戻って来る。
『あ! おーーい!!』
俺を……勇者の姿を認めるなり、ずいっと両手を差し出してきた。
勇者はやれやれと首を左右に振って、アイテムボックスから骨付き肉を取り出す。
『うひょおぉおお!!! うまそう!!!!!!!!』
ルゥは肉を受け取るなり、石造りの床に座り込んでガツガツと食べ始めた。
勇者は『せめてテーブルで食えよ……』などと内心で呆れながらも、ルゥの前にせっせと料理を並べていく。
――そういえばお前、何で里を出たんだ?
何ともなしに問いかけると、ルゥはケラケラとおかしそうに笑う。
『それは勿論、世界中のうま~いモノを食い尽くすためさ★』
――それ本当?
『ボクらってさ、結局のところ狼なのか、人間なのかよく分かんないけどさ……折角こうして色んなモノが食べられるんだもん。楽しまなきゃ損じゃん★』
そう言ってニカッと爽やかに笑う。
油でテカテカになった上下の犬歯。
パタパタと左右に振れる銀色の尻尾が眩しくて、勇者は……俺は思わず目を細めた。
「へぇ~? アンタが勇者? 結構いい男じゃん」
白のベビードール姿のルゥが声をかけてくる。
だけど、その目線は思いっきりゼノスの方に向いていた。
「あ、僕じゃなくて……」
「……悪かったな、俺で」
「ははっ! ごめんごめん! そうむくれんなって~」
「……別に」
「来てくれてありがとう。すげえ嬉しいよ。『囚われの姫』ってのも、存外悪くないもんだね」
ルゥが歯を出して笑う。
その笑顔は俺が知るものよりもずっと大人びて見えた。
エステラやゼノスがそうであったように、こっちのルゥも俺の知るルゥとは大分違うのかもしれない。
「くっ……!」
紅髪の男がルゥの頬を叩いた。
ルゥの顔が俯いて表情が見えなくなる。
「ルゥ!!」
「話の途中だ。奴隷の分際で口を挟むな」
ルゥの口端から血が滴り落ちる。
どうして防御魔法を使わない?
そもそも何でされるがままなんだ?
この世界のルゥも仲間になる以上、『狼月流格闘術』をある程度修めた上で里を出てきているはずだ。
そんなルゥが何で……。
「ルカ」
ゼノスの手に俺の剣がある。
アイテムボックスから取り出したんだろう。
俺はミーナさんに一言謝って立ち上がり、その剣を受け取る。
「やるってのか? はっ、上等だ」
男がペンダントを見せつけてくる。
あれは……水晶か? 黒紫のどす黒い色をしている。
不気味な石だな。もしかして魔道具……ん? 待てよ?
あれ……何か見覚えがある。
『ぎゃああぁあああああ!!!!』
『ぐっ……!!!』
頭に過ぎったのは、ヘカントケイルのコアだった。
まさか――!
「やるってんなら、『邪神の使徒・ラミア』が相手をするぜ」
「っ! ラミアを召喚出来るのか!?」
「ああ。邪神様から頂いたコレでな」
ラミアはギリシア神話に出てくる『半人半蛇』の幻獣をモチーフにした魔物だ。
全長30メートル近くある上に、猛毒まで持っている。
言うまでもなく人の力を超越した存在だ。
邪神のアイテムを噛ませるにしても、人間が自由に使役出来るものなのか?
「信じられないかもしれないけど本当だよ。コイツはマジでラミアを使役出来る」
ルゥがまた口を挟んできた。
殴られて間もないってのに。
懲りてないからか?
ルゥらしいなと思いかけたところで、ふと視界の隅で何かが揺れていることに気付く。
ミーナさんだ。
華奢な肩をカタカタと震わせている。
同じように、ゼノスを相手してくれていた猫獣人さんも。
そうか。ルゥはお店の人達を守ろうとしてるんだな。
思い至ってルゥに目を向けると、控えめに頷き返してきた。
――ボクは大丈夫。みんなのためにも今は堪えて。
そう言っているような気がした。
原作のルゥも群れを――仲間を大切にする傾向があった。
こっちのルゥもそれは同じなんだな。
「……ゼノス」
俺が剣を投げ返すと、ゼノスは悔し気な表情で頷いた。
直後、また嫌な音が立つ。
どうやらまたあの男がルゥを殴ったらしい。
「てめぇ……!」
「本題だ。勇者、『コロシアム』で戦え。俺の私兵どもを倒せたら、この亜人は返してやるよ」
「保証は?」
「安心しろ。約束を反故にすれば、俺が邪神様に殺される手筈だ」
正直なところ俺は疑っている。
だけど、現状他に選択肢がないのもまた事実だ。
……仕方がない。ここは一旦乗っかろう。
「ルゥ。一秒でも早く助け出して、美味いモンたくさん食べさせてやるからな!」
「え? 驚いたな。どうしてボクの体質のこと知ってるの?」
「それは……まぁ、長くなるからそのうちな」
そう言うとルゥは眉を上げて笑った。
茶目っ気のある態度にも何処か艶っぽさを感じてしまうのは、やっぱり服装のせい……なのかな。
「試合は明日の午前十時からだ。聖女も連れて三人で来い。いいな?」
「分かった」
「決まりだな。おい! お客様のお帰りだ。見送ってやれ」
「「かしこまりました」」
ミーナさんと猫獣人さんの二人は恭しく頭を下げると、俺達の前に立って誘導をし始めた。
来た時と同じ出入口に立ったところで、ミーナさんから遠慮がちに「ルカ君」と声を掛けられる。
「勇者様だったんだね」
「あ……はい。一応……」
「ミーナってば、やっぱ見る目あるね~! ますます自信持てちゃった~♡」
「そっ、そう……ですね」
どう返していいか分からなくて曖昧に返すと、ふふっと朗らかな笑顔が返ってきた。
胸の奥が擽ったいような、苦しいような……妙な心地になる。
「ねえ、ルカ君? ミーナの最後のワガママ……聞いてくれる?」
「はっ、はい! 俺に出来ることであれば……」
「お顔、見せてもらえないかな?」
『最後』の言葉を、ワンテンポ遅れて咀嚼して切なくなる。
少なくともミーナさんは、もう二度と会うことはないだろうと思ってるんだろう。
俺とミーナさんとでは、生きている世界が違うから。
「…………」
俺はそっと仮面を外した。
ミーナさんはじーーっと俺の顔を見てふにゃりと笑う。
「うん! やっぱり可愛い♡♡♡」
「どっ、ども……」
俺は一頻りペコペコと頭を下げたあとで、ミーナさんとその隣に立っている猫獣人さんに目を向けた。
「女神の使徒の中には、ルゥの他にもう一人亜人の女性メンバーがいます。彼女達を含めた俺達五人で邪神を倒すことで、人間の考え方も少しずつ変わっていくと思うんです。だから……っ」
――頑張ってください。
――もう少しだけ時間をください。
そんなようなことを言うつもりだった。
だけど、ルゥが殴られている姿を思い出して……何も言えなくなる。
軽はずみな気持ちで言っていいことじゃないと思ったからだ。
ミーナさんや猫獣人さんがどんな境遇にあるのか、どんな気持ちでここにいるのか、俺は何も知らないんだから。
「……陽翔」
ゼノスが俺の肩を叩いてくれた。
仮面の奥の青い瞳が淡く蕩けている。
俺がぎこちなく笑って応えると「ふ~ん?」と誰かが言った。
ミーナさんだ。
「ホントは陽翔君っていうんだ~?」
「あ、はい! 自分、谷口 陽翔って言います――っ!」

頬っぺたに何かやわらかいものが触れた。
これは……唇?
「ありがとう」
ミーナさんはそう言って微笑んだ。
その目尻にはうっすらと涙が滲んでいる。
届いたのかな?
喜んでくれたのかな?
迷惑じゃ……ないのかな?
猫獣人さんも薄っすらと涙を浮かべていた。
ああ……力が湧いてくる。
この人達のためにも絶対に、あのド腐れと邪神を倒そう。
「申し遅れました。私の本当の名前はゼノス・オブ・ヴァレンティと言います」
ゼノスも仮面を取る。
その瞬間、周囲が一気に華やいだ気がした。
まさに月明かりすら霞むレベルの美男だ。
そんな究極の美男を前に、流石のミーナさんも猫獣人さんもぐっと息を呑む。
「陛下に必ず掛け合います。亜人の方々がこれ以上不当に扱われることのないように。そして、皆様がご自分の望む生き方を選択出来るように」
「陛下に直接……?」
「ぜっ、ゼノス様? 貴方様は一体……?」
「ゼノスは女王様の甥っ子なんですよ」
「「うそおぉおお~~!!」」
事実を知った途端、二人はキャッキャとはしゃぎ出した。
くそっ……ゼノスめ……オイシイとこぜ~んぶ持っていきやがって……。
いや、俺の至らない部分をカバーしてくれたと考えるべきだな。……うん。
俺は小さく溜息をつきながら、自分の顔に手を伸ばした。
頬っぺたにはまだやわらかい感触が残っている。
最後の最後までミーナさんに振り回されっぱなしだったな。
苦笑しつつゼノスに続いて馬車に乗り込む。
明日はコロシアムでド腐れの私兵と戦う。
場合によっては、第二の使徒とも戦うことになるだろう。
だけど、絶対に負けない。
絶対に勝って、これを足掛かりにするんだ。
亜人の人達が自由を手にする、その足掛かりに。


