「このバカ娘が!!! 恥を知れ!!!」
「バカはどっちよ!!! この銭ゲバ!!!」
ああ……やっぱこうなるのね。
俺は堪らず天を仰いだ。
エステラのお父さんは茶色のふわふわな髪に、立派な顎髭が印象的なとても優しそうな人だった。
この人ならきっと大丈夫。
少なくとも口論にはならないはずだ。
……そうほっとしたのも束の間――。
『なっ……ななっ……何をしているんだお前は!!!!!!!!!!!!』
烈火の如く激怒し出した。
原因は言うまでもなくエステラの服装だ。
破廉恥!!!! 不潔!!!! と罵詈雑言の大嵐。
対してエステラはそれ以上の熱量でぶつかりにかかった。
俺の出番はなさそうで何よりだけど、これいつまで続くんだ?
体感でもう十分は経過しているように思う。
この耳を劈くレベルの怒鳴り声に晒され続けるのは流石に堪える。
『バレないように気絶する』なんて技が俺にも使えたらな……。
「きゃっ!」
その時、バチンッと嫌な音が立った。
見ればエステラがほっぺたを押さえている。
まさか――!!?
「…………………………ありえない。ふつー娘殴る?」
「……っ、お前が口答えばかりするからだ」
「だからって――っ」
エステラが言葉を詰まらせる。
真っ直ぐに伸びていた背中も丸くなって……肩もカタカタと震え出した。
――守ってあげてね。
ゼノス。お前に言われるまでもねえ。
あんなのほっとけるか。
「……即刻修道服を手配させる。届き次第お前はそれに着替えて――」
「あの! ちょっといいですか」
「勇者様……?」
俺が割り込んだのが相当意外だったのか、お父さんの怒りがふっと消えた。
これは願ったり叶ったり。一気にまくし立てよう。
「むっ、娘さんがこのような格好をされているのは、偏に女神の御言葉に従ってのことなのです」
「なっ、何ですと!?」
「神々は僕達人間に、他のどの生物よりも美しい体を与えようとお考えになりました。結果、女性は女神を、男性は男神の体をモデルに創られたのです」
「わわわわっ、我々の体が神々と同じ!?」
「はい! 同じでした! 俺は両方の神様に会ってるので断言出来ます」
「ああぁ゛あ!!!! あっ……!!!!!!!!!!!」
「それでその……神々は『我々の自慢のボディを隠すとは何事か』と、過度な被服を憂いておいでなのです。それでお嬢さんは率先してこのような格好を……あ、あれ? ……大司教様……?」
「…………………………………………」
エステラのお父さんは顔を両手で覆ったままぴくりとも動かない。
大分テキトーかましたんだけど、これ……もしかしていけたか?
「ゆうしゃ……さま、不躾ながらお願いがございます」
「はっ、はい! 何でございましょう!?」
「どうか女神様と……差支えなければ男神様の御姿を、我々にお教えいただけませんでしょうか? 直ちに画家を手配致しますので――」
「ふざけんじゃないわよ!! アタシ達は明日の朝にはここを発たないといけないのよ!! ただでさえ忙しいのに、これ以上アンタに構ってる暇なんて――」
「うるさい!! お前は黙っていろ!!」
「あ。良かったら、俺が描きましょうか?」
「「え……?」」
「超ラフなものでもよろしければ、一時間程度でお渡しが出来ると思うんですが」
エステラとお父さんの目が点になる。
改めて見てみると、二人とも目の形が同じだ。
目尻がほんのり垂れ下がってる。
状況も忘れて『ああ、親子なんだな』としみじみと思った。
「陽翔……絵、描けるの?」
二人の思いを代弁するようにゼノスが問いかけてきた。
その様子はかなり前のめりというか、興奮気味というか。
もしかしなくてもこれ……メッチャ期待されてる?
「あっ、あの! 俺あくまで素人なんで、精度についてはその――」
「はっはっは!! ご謙遜を!! 早速画材の手配を――」
「ちょっと待って」
話がまとまりかけたところで、またエステラが待ったをかけた。
なっ、何だ? ここにきてもう一波乱起こす気か?
「似顔絵はくれてやるわ。その代わり、アンタ達が金儲けのために囲い込んでる治癒術師達を、王国騎士団に派遣しなさい」
「っ! 何を言い出すんだお前は」
「『何を』ですって? まったく……いつまで『対岸の火事』でいるつもりなのよ。この国が置かれている状況はね、アンタや教皇様が思ってる以上にずっと深刻なの。魔物の侵攻は日に日に進んで、村も街も都市さえも消えていってる。対岸の火事どころか、明日はもう我が身なのよ」
「~~っ、小娘が知ったふうなことを」
「私は気まぐれに遊び歩いてたんじゃない。ちゃんとこの国の今を見てきたの」
「…………」
「……お願いです、お父様。女王様に、王国に力をお貸しください」
エステラは凛とした目でお父さんを見つめて、深々と頭を下げた。
やっぱりエステラは救えなかった命の、その一つ一つを胸に刻んでいるんだと思う。
だからこそ、今の言葉は重く響いた。
俺の胸にも。
たぶん……お父さんの胸にも。
「…………」
お父さんの表情がみるみるうちに険しいものになっていく。
その葛藤は良心からくるものなのか、それとも親だからこそ湧き上がってくるものなのか。
出来れば両方であってほしいなと、半端なことを思う。
「善処する」
「やった!」
エステラが勢いよくこっちを見てきた。
顔はほんのり赤く、目はキラキラしてて。
その喜び方があまりにも無邪気で、俺は思わず脱力してしまった。
ホント大したヤツだよ、お前は。
「それでは勇者様、また後ほど」
「はい! 俺はいつでもいいので、準備が出来たら声かけてください」
白い金縁の扉が、執事さんの手によってゆっくりと閉ざされていく。
パタンと閉まったのを見届けると深く深く、それはもう深~く息をついた。
ああ゛~……どっと疲れた。
「座ろうか」
「だな」
ゼノスに促されるまま赤いベルベットのソファに腰掛ける。
すると間もなくお屋敷の執事さんが紅茶を淹れてくれた。
今更だけど、ここはこの地を治める伯爵様のお屋敷だ。
以降も各地のお貴族様の世話になる。
これも偏にゼノス殿下のお陰だ。ありがたや王族パワー。
「……ハル」
向かい側に腰掛けたエステラが、いつになく遠慮がちに声をかけてくる。
何だ? 俺は紅茶で喉を潤しながら「ん?」と先を促す。
「庇ってくれてありがとう。形はその……色々と気に入らない部分もあったけど嬉しかった」
「おっ、おう……そっか……」
「……うん……」
エステラはティーカップを両手で包むと、ぐっと顔を俯かせた。
黙っていれば美少女が炸裂しまくっている。
勘弁してくれよ……。
あまりの気まずさに小さく咳払いをする。
くそっ、早く元のエステラに戻ってくんねえかな。
「陽翔の絵、楽しみだね」
ゼノスが助け舟を出してくれた。
ありがたい。
目で礼を言って、やれやれと首を左右に振る。
「バカ。ハードル上げんじゃねーよ」
「ふっ……ふんっ! 『描きましょうか?』なんて、自信満々に言っておいてよく言うわよ!」
エステラも乗っかって来た。
これはもしかして……?
眉を上げて見つめ返すと、エステラは一層大きく「ふんっ!」と鼻を鳴らした。
「女神がどんな面してんのか、このアタシがとくと見てやろーじゃない!!」
すげえ喧嘩腰……。
どうやらいつものエステラに戻ってくれたみたいだ。
あー、良かった。コイツはやっぱこうでなくっちゃな。
「勇者様、お待たせ致しました。こちらをお使いください」
執事さんが持ってきてくれたのは、大きめな紙、インク、それと羽ペンだった。
羽ペンを使うのはこれが初めてだ。
試し書きをしてみたところ、書き心地は意外にも筆に近かった。
ペン先を強く押すと羽軸がしなって太い線に、軽く書くと細い線になる。
これは嬉しい誤算だな。
「…………よし」
机の上に紙を広げて、女神結衣の姿を描いていく。
嘘八百な男神は後回し。
結衣をベースにでっち上げよう。

「うわぁ~!! 凄い!!」
ゼノスだ。やたらとハイテンションで褒めてくる。
おちょくってんのか? とも思ったが、まるで悪意を感じない。
……ガチってことか?
俺の意思に反して唇が波打つ。
だけど――。
「字も凄く綺麗だね。惚れ惚れする」
その一言で一気に消沈した。
――字が多少マシなのは、母さんが習字の先生だからだ。
物心ついた頃にはもう筆を握ってた。
それは母さんのエゴで無理矢理とかじゃない。
俺も習字は好きだった。
でも、結果は伴わなくて。
『頑張ったねー! 偉いぞー、ハル!』
母さんはどんなにしょぼい結果でも褒めてくれた。
だけど、俺にはそれがしんどくて。
『母さん、俺もテニスやるから』
このまま続けていても、母さんも俺も辛いだけだ。
そう言い訳をしてテニスの道に進んだ。
なのに俺はテニスもやめて……また母さんを悲しませた。
次はないぞ、俺。
今度こそちゃんと前に進むんだ。
「これが女神? かぁ~~~~~……ブスねぇ~~。それに貧乳。アタシの方が百億倍可愛いわ!!」
「左様でございますか」
「ほらっ!! 見てよ!! アタシの方が可愛いでしょ?」
「……ソウデスネ」
「心がこもってない! ちゃんとアタシの目を見て言いなさいよ!」
いやに拘るな。
眉を寄せていると、向かい側からぐっと身を乗り出してきた。
視界にもろにおっぱいが入る。
これはもう気が散るどころの騒ぎじゃない。
「……おい」
「あ、ごめん」
エステラから逃れようと紙&体を横向きにしたら、何とゼノスまで引っ付いてきた。
謝って離れるのかと思いきや、変わらず後ろから覗き込んでくる。
さらさらな髪が目尻にあたって擽ったい。
「お前ら!! 邪魔すんなっての!!!」
俺なりに吠えてみたもののまるで効果なし。
エステラはギャーギャー喚き、ゼノスは何とかして俺の手元を覗き込もうとする。
「だぁ~~~!! もう!! いい加減にしろ!!」
なんて言いながらも、俺は笑ってもいた。
……いや。ニヤけてると言った方がいいのかもしれない。
くそ……っ。これじゃ某海賊漫画のトナカイと一緒じゃねーか……。
ホント何やってるんだか。
「あぁ~~、でけた~~……」
ほっと息をつきながら絵の中の結衣を見る。
手前味噌だが、特徴はしっかりと捉えられたと思う。
それだけにほんの少しだけ目尻が疼いた。
この期に及んで俺はまだアイツの死を受け入れられていないらしい。
結衣とはいずれ必ず再会することになる。
その時俺は……少しはマシになってるのかな。
……いや、マシにならないとな。
決意を新たに、エステラのお父さんに絵を渡す。
明日はいよいよルゥがいる街・『ベルマーレ』に向かう。
待ってろよ、ルゥ。必ず助けてやるからな。
「バカはどっちよ!!! この銭ゲバ!!!」
ああ……やっぱこうなるのね。
俺は堪らず天を仰いだ。
エステラのお父さんは茶色のふわふわな髪に、立派な顎髭が印象的なとても優しそうな人だった。
この人ならきっと大丈夫。
少なくとも口論にはならないはずだ。
……そうほっとしたのも束の間――。
『なっ……ななっ……何をしているんだお前は!!!!!!!!!!!!』
烈火の如く激怒し出した。
原因は言うまでもなくエステラの服装だ。
破廉恥!!!! 不潔!!!! と罵詈雑言の大嵐。
対してエステラはそれ以上の熱量でぶつかりにかかった。
俺の出番はなさそうで何よりだけど、これいつまで続くんだ?
体感でもう十分は経過しているように思う。
この耳を劈くレベルの怒鳴り声に晒され続けるのは流石に堪える。
『バレないように気絶する』なんて技が俺にも使えたらな……。
「きゃっ!」
その時、バチンッと嫌な音が立った。
見ればエステラがほっぺたを押さえている。
まさか――!!?
「…………………………ありえない。ふつー娘殴る?」
「……っ、お前が口答えばかりするからだ」
「だからって――っ」
エステラが言葉を詰まらせる。
真っ直ぐに伸びていた背中も丸くなって……肩もカタカタと震え出した。
――守ってあげてね。
ゼノス。お前に言われるまでもねえ。
あんなのほっとけるか。
「……即刻修道服を手配させる。届き次第お前はそれに着替えて――」
「あの! ちょっといいですか」
「勇者様……?」
俺が割り込んだのが相当意外だったのか、お父さんの怒りがふっと消えた。
これは願ったり叶ったり。一気にまくし立てよう。
「むっ、娘さんがこのような格好をされているのは、偏に女神の御言葉に従ってのことなのです」
「なっ、何ですと!?」
「神々は僕達人間に、他のどの生物よりも美しい体を与えようとお考えになりました。結果、女性は女神を、男性は男神の体をモデルに創られたのです」
「わわわわっ、我々の体が神々と同じ!?」
「はい! 同じでした! 俺は両方の神様に会ってるので断言出来ます」
「ああぁ゛あ!!!! あっ……!!!!!!!!!!!」
「それでその……神々は『我々の自慢のボディを隠すとは何事か』と、過度な被服を憂いておいでなのです。それでお嬢さんは率先してこのような格好を……あ、あれ? ……大司教様……?」
「…………………………………………」
エステラのお父さんは顔を両手で覆ったままぴくりとも動かない。
大分テキトーかましたんだけど、これ……もしかしていけたか?
「ゆうしゃ……さま、不躾ながらお願いがございます」
「はっ、はい! 何でございましょう!?」
「どうか女神様と……差支えなければ男神様の御姿を、我々にお教えいただけませんでしょうか? 直ちに画家を手配致しますので――」
「ふざけんじゃないわよ!! アタシ達は明日の朝にはここを発たないといけないのよ!! ただでさえ忙しいのに、これ以上アンタに構ってる暇なんて――」
「うるさい!! お前は黙っていろ!!」
「あ。良かったら、俺が描きましょうか?」
「「え……?」」
「超ラフなものでもよろしければ、一時間程度でお渡しが出来ると思うんですが」
エステラとお父さんの目が点になる。
改めて見てみると、二人とも目の形が同じだ。
目尻がほんのり垂れ下がってる。
状況も忘れて『ああ、親子なんだな』としみじみと思った。
「陽翔……絵、描けるの?」
二人の思いを代弁するようにゼノスが問いかけてきた。
その様子はかなり前のめりというか、興奮気味というか。
もしかしなくてもこれ……メッチャ期待されてる?
「あっ、あの! 俺あくまで素人なんで、精度についてはその――」
「はっはっは!! ご謙遜を!! 早速画材の手配を――」
「ちょっと待って」
話がまとまりかけたところで、またエステラが待ったをかけた。
なっ、何だ? ここにきてもう一波乱起こす気か?
「似顔絵はくれてやるわ。その代わり、アンタ達が金儲けのために囲い込んでる治癒術師達を、王国騎士団に派遣しなさい」
「っ! 何を言い出すんだお前は」
「『何を』ですって? まったく……いつまで『対岸の火事』でいるつもりなのよ。この国が置かれている状況はね、アンタや教皇様が思ってる以上にずっと深刻なの。魔物の侵攻は日に日に進んで、村も街も都市さえも消えていってる。対岸の火事どころか、明日はもう我が身なのよ」
「~~っ、小娘が知ったふうなことを」
「私は気まぐれに遊び歩いてたんじゃない。ちゃんとこの国の今を見てきたの」
「…………」
「……お願いです、お父様。女王様に、王国に力をお貸しください」
エステラは凛とした目でお父さんを見つめて、深々と頭を下げた。
やっぱりエステラは救えなかった命の、その一つ一つを胸に刻んでいるんだと思う。
だからこそ、今の言葉は重く響いた。
俺の胸にも。
たぶん……お父さんの胸にも。
「…………」
お父さんの表情がみるみるうちに険しいものになっていく。
その葛藤は良心からくるものなのか、それとも親だからこそ湧き上がってくるものなのか。
出来れば両方であってほしいなと、半端なことを思う。
「善処する」
「やった!」
エステラが勢いよくこっちを見てきた。
顔はほんのり赤く、目はキラキラしてて。
その喜び方があまりにも無邪気で、俺は思わず脱力してしまった。
ホント大したヤツだよ、お前は。
「それでは勇者様、また後ほど」
「はい! 俺はいつでもいいので、準備が出来たら声かけてください」
白い金縁の扉が、執事さんの手によってゆっくりと閉ざされていく。
パタンと閉まったのを見届けると深く深く、それはもう深~く息をついた。
ああ゛~……どっと疲れた。
「座ろうか」
「だな」
ゼノスに促されるまま赤いベルベットのソファに腰掛ける。
すると間もなくお屋敷の執事さんが紅茶を淹れてくれた。
今更だけど、ここはこの地を治める伯爵様のお屋敷だ。
以降も各地のお貴族様の世話になる。
これも偏にゼノス殿下のお陰だ。ありがたや王族パワー。
「……ハル」
向かい側に腰掛けたエステラが、いつになく遠慮がちに声をかけてくる。
何だ? 俺は紅茶で喉を潤しながら「ん?」と先を促す。
「庇ってくれてありがとう。形はその……色々と気に入らない部分もあったけど嬉しかった」
「おっ、おう……そっか……」
「……うん……」
エステラはティーカップを両手で包むと、ぐっと顔を俯かせた。
黙っていれば美少女が炸裂しまくっている。
勘弁してくれよ……。
あまりの気まずさに小さく咳払いをする。
くそっ、早く元のエステラに戻ってくんねえかな。
「陽翔の絵、楽しみだね」
ゼノスが助け舟を出してくれた。
ありがたい。
目で礼を言って、やれやれと首を左右に振る。
「バカ。ハードル上げんじゃねーよ」
「ふっ……ふんっ! 『描きましょうか?』なんて、自信満々に言っておいてよく言うわよ!」
エステラも乗っかって来た。
これはもしかして……?
眉を上げて見つめ返すと、エステラは一層大きく「ふんっ!」と鼻を鳴らした。
「女神がどんな面してんのか、このアタシがとくと見てやろーじゃない!!」
すげえ喧嘩腰……。
どうやらいつものエステラに戻ってくれたみたいだ。
あー、良かった。コイツはやっぱこうでなくっちゃな。
「勇者様、お待たせ致しました。こちらをお使いください」
執事さんが持ってきてくれたのは、大きめな紙、インク、それと羽ペンだった。
羽ペンを使うのはこれが初めてだ。
試し書きをしてみたところ、書き心地は意外にも筆に近かった。
ペン先を強く押すと羽軸がしなって太い線に、軽く書くと細い線になる。
これは嬉しい誤算だな。
「…………よし」
机の上に紙を広げて、女神結衣の姿を描いていく。
嘘八百な男神は後回し。
結衣をベースにでっち上げよう。

「うわぁ~!! 凄い!!」
ゼノスだ。やたらとハイテンションで褒めてくる。
おちょくってんのか? とも思ったが、まるで悪意を感じない。
……ガチってことか?
俺の意思に反して唇が波打つ。
だけど――。
「字も凄く綺麗だね。惚れ惚れする」
その一言で一気に消沈した。
――字が多少マシなのは、母さんが習字の先生だからだ。
物心ついた頃にはもう筆を握ってた。
それは母さんのエゴで無理矢理とかじゃない。
俺も習字は好きだった。
でも、結果は伴わなくて。
『頑張ったねー! 偉いぞー、ハル!』
母さんはどんなにしょぼい結果でも褒めてくれた。
だけど、俺にはそれがしんどくて。
『母さん、俺もテニスやるから』
このまま続けていても、母さんも俺も辛いだけだ。
そう言い訳をしてテニスの道に進んだ。
なのに俺はテニスもやめて……また母さんを悲しませた。
次はないぞ、俺。
今度こそちゃんと前に進むんだ。
「これが女神? かぁ~~~~~……ブスねぇ~~。それに貧乳。アタシの方が百億倍可愛いわ!!」
「左様でございますか」
「ほらっ!! 見てよ!! アタシの方が可愛いでしょ?」
「……ソウデスネ」
「心がこもってない! ちゃんとアタシの目を見て言いなさいよ!」
いやに拘るな。
眉を寄せていると、向かい側からぐっと身を乗り出してきた。
視界にもろにおっぱいが入る。
これはもう気が散るどころの騒ぎじゃない。
「……おい」
「あ、ごめん」
エステラから逃れようと紙&体を横向きにしたら、何とゼノスまで引っ付いてきた。
謝って離れるのかと思いきや、変わらず後ろから覗き込んでくる。
さらさらな髪が目尻にあたって擽ったい。
「お前ら!! 邪魔すんなっての!!!」
俺なりに吠えてみたもののまるで効果なし。
エステラはギャーギャー喚き、ゼノスは何とかして俺の手元を覗き込もうとする。
「だぁ~~~!! もう!! いい加減にしろ!!」
なんて言いながらも、俺は笑ってもいた。
……いや。ニヤけてると言った方がいいのかもしれない。
くそ……っ。これじゃ某海賊漫画のトナカイと一緒じゃねーか……。
ホント何やってるんだか。
「あぁ~~、でけた~~……」
ほっと息をつきながら絵の中の結衣を見る。
手前味噌だが、特徴はしっかりと捉えられたと思う。
それだけにほんの少しだけ目尻が疼いた。
この期に及んで俺はまだアイツの死を受け入れられていないらしい。
結衣とはいずれ必ず再会することになる。
その時俺は……少しはマシになってるのかな。
……いや、マシにならないとな。
決意を新たに、エステラのお父さんに絵を渡す。
明日はいよいよルゥがいる街・『ベルマーレ』に向かう。
待ってろよ、ルゥ。必ず助けてやるからな。


