「「「元気でなーーー!!!」」」
馬に跨るなり、バルダス先生の門弟のみんなが声を掛けてくれる。
邪神の使徒との死闘から二か月と半月、俺達は遂に出発の日を迎えた。
まさに『修行漬け』でほぼ遊べなかったけど、バルダス先生やコル達が一緒だったから本当に楽しくて。
マジで本当に名残惜しい。
元の世界でもあんなふうに楽しくやれたらいいんだけどな。
「げっ!?」
見送ってくれている人達の中に――ダンブ●ドアみたいなおじいさんがいることに気付く。
俺はあの人を知っている。
『さぁ、勇者様。どうか怖がらないで。ゆっくりと力を抜いてください』
そう言って、俺の下っ腹にしわくちゃな手を伸ばしてきて――。
「そっそそそそ、そろそろいこうか!」
ばっと顔を正面に向けて馬を走らせる。
ちょっと思い出しただけで、全身に鳥肌が……!!!!!
あぁ゛……マジで記憶から消したい゛……。
「失礼でしょ」
横を走るエステラがきっと睨みつけてくる。
どうやら見透かされていたみたいだ。
エステラは元の盗賊スタイルに戻って、今はゼノスと騎乗している。
言うまでもなく、戦うことが出来ないからだ。
当面の間はゼノスに押し付けておこうと思っていたんだが、いざって時のために相乗りの練習もしておくべきだ……という話になり(言い出しっぺはゼノス)、結局ローテーション方式に同意せざるを得なくなってしまった。
ゼノスめ……。
はぁ~、すっげえ憂鬱。
考えるだけで胃が……。
「ちょっと! 聞いてんの?」
「だって……お前もアレされたんだろ――」
「バカ!! 変態!! なに想像してんのよ!!」
「してねえよ!! 俺はただ質問しただけだっての!!」
馬で並走したままギャーギャー言い合う。
ゼノスは……まるで役に立たない。
仲裁するでもなく、ただニコニコと笑うばかりだ。
出発前――俺、ゼノス、エステラの三人は、あの『紋章師』のおじいさんからとある術を施された。
端的に言えばその……追跡機能付きの貞操証明だ。
大まかに仕様をまとめると――
・所謂『男女の関係』を持つと下っ腹に紋章が刻まれる。
・互いに同じ紋章が刻まれるので相手の特定も容易(※所謂『巻き込み型』の魔法なので、相手が俺達以外の第三者でも有効)。
・術者以外にはその紋章は消せない(※紋章師が死んでも消えない)。
・術者は術をかけた者&紋章が刻まれた者の所在地をある程度把握することが出来る。
といった感じで、おじいさん……もっと言うと国にそのあたりを徹底的に管理される形になっている。
プライバシーも何もあったもんじゃないけど、これは当然の措置だ。
俺達は政治的に重要な立場の人間。
エステラとゼノスに至っては、その血の正当性を守らなきゃいけないんだからな。
……なんて物分かりがいいフリをして、実のところかなりモヤついていたりする。
――ありえねえだろ。
俺がエステラと、なんて。
思わず想像をしかけて小さく舌打ちをする。
「このあたりにしようか」
初日ということもあって、俺達は日没前に野営地を決めた。
選んだのは緩やかな丘の斜面の上。
ここなら見晴らしもいいし、魔物の接近にも気付けるだろう。
「んじゃ、おやすみー!」
夕飯をたらふく食って風呂までいただいたエステラは、満足げな顔で女子テントへと入っていった。
テントと言っても、地べたに寝袋を敷いて寝るようなヤツじゃない。
モンゴルのゲル風の移動式住居だ。
勿論イチから組み立てたわけでもない。
ここは剣と魔法の世界。そう。当然あれが――アイテムボックスがある。
「それすげえ便利だよな」
「使ってみる?」
横に座るゼノスから黒くて小さなキューブを受け取る。
上面のコアがホログラムのウィンドウを作り出してて、そこにはずらーーっと料理のサムネイルが並んでいた。
「お腹、まだ空いてるようなら遠慮しないでね」
「いや。もう十分だ」
「ありがとな」と改めて礼を言ってゼノスにキューブを返す。
ゼノスは首を左右に振って応えると、ベルトにキューブを装着。
その拍子にヤツの服の金刺繍がキラキラと輝いた。
自分でデザインをしておいてなんだけど、ゼノスのそれは群を抜いて派手だ。
・ジャケット:やや明るめのロイヤルブルーをベースにした『騎士装束風の長衣』/左脚にスリット/襟元~胸元~袖口にかけて金糸の刺繍
・パンツ:黒の細身のパンツ
・履物:膝丈のこげ茶色のブーツ
といった具合になっている。
しかも単に派手なわけじゃなくて、王室カラーに国章までのっかってしまっている。
これじゃ文字通りの『王室の広告塔』だ。
常に注目されて、思うように羽も伸ばせないだろう。
……本当ごめんな。
「ねえ、陽翔。良かったらさ、少し話さない?」
「? 何だよ改まって」
「ボーイズトーク? っていうの、してみたいなと思って」
ゼノスは先生の門弟のみんなと切磋琢磨していくうちに、その手の話題にも触れるようになっていった。
オチなしの失敗談、恋バナ(八割が妄想)、下ネタなどなど、いずれも王族とは縁もゆかりもなさそうな話題ばかり。
案の定コイツはずーっと『聞き役』で。
俺はてっきり……乗れないまでも、せめて合わせようと努力してくれてるんだと思ってた。
それがまさか羨んでいたとはな。
やれやれと肩を竦めてコクリと頷く。
「望むところだ」
「ありがとう! ……じゃあ、単刀直入に聞くね。ずばり陽翔と女神様の関係は?」
そっち? コイツめ。
さっきの件といい、変顔の件といい、どうにも読めないところがあるよな。
……いや。噛み合わないと言った方がいいのかもしれない。
やっぱりコイツは俺が知ってる――俺と結衣が創ったゼノスとは全然違う。
苦笑しつつ「ん~」と首を傾げる。
「別にどうってことはねえけど」
「大切な人なんじゃない?」
「大切っていうか……被害者っていうか……」
「? どういうこと?」
「実はさ、俺……贖罪するためにここに来たんだ」
「えっ!? 陽翔、何か悪いことしたの?」
「アイツに嘘ついちまったんだ。そんで謝れないまま逝かせちまって」
「??? 女神様は一度亡くなってるってこと?」
「いや。アイツも元は人間だったんだ。病気と戦いながら、すげぇ一生懸命に生きてた」
亡くなって半年以上経った今も鮮明に覚えている。
思い通りにならない体に鞭打って、必死にパソコンに食らいつく結衣の姿を。
「寂しい?」
「……よく、分かんねえ」
そう。それが本音だ。
結衣のことを思うと、今でも胸が締め付けられる。
でもそれは謝れなかった後悔からなのか。
それともアイツともっと一緒にいたかったからなのかは……分からない。
ぶっちゃけると答えは出したくない。
分かったところで、もう前に進むしかないからな。
「ふふっ」
訳知り顔でこっちを見てくる。
くそっ、コイツめ……。
「お前は?」
「僕は恋愛は――」
「ちげえーよ。別の話」
「何だろ?」
「お前の騎士復帰の件だよ。ぶっちゃけさ、女王様に対して申し訳ないとか思ってるんじゃねえの?」
「……どうしてそう思うの?」
「そういう顔してるからだよ。決まって騎士関連の話題の時にな」
「…………」
ゼノスは静かに微笑んで、焚き火に目を向けた。
話したくないってことか。
「まぁ、キツかったら無理に話さなくてもいいけど」
「ううん。そうじゃなくて。嬉しかったんだ、とっても」
「……何だよそれ」
手元にあった枝を焚き火に向かって放り投げる。
たいしてくべる必要のない細い小枝を。
そうして投げ入れたはずの枝は、手前の薪にぶつかって地面に転がった。
……ちきしょー。
「僕ね、十歳まで女の子として育てられてたんだ」
「えっ……?」
鼓動が跳ね上がる。
胃が変な音を立てて、思うように息が出来ない。
あの時と同じだ。
先生からゼノスの事情を聴いた時と。
「そのせいか時々不安になることがあってね。それで騎士をやってるんだ。逞しくてカッコイイから」
根底からぶち壊してたってことか?
お前の人生を。
俺がこの手で――。
「陽翔? どうしたの?」
「っ! あ、いや……ひでぇ話だなと思ってさ――」
「本当に?」
「ああ。……上手く言葉に出来なくて申し訳ないけど」
「…………」
ゼノスがじっと見つめてくる。
俺は堪らず地面に目を向けた。
ゼノスは今不安でいっぱいなはずだ。
なのに俺は……僅かも寄り添うことが出来ずにいる。
ボロが出たら事だのと、それらしい言い訳をして。
本当最低だよな。
「ごめん。何だか余計に気を遣わせちゃったね」
「……いや」
「動機は聞いての通り超不純だけど、使命はきちんと果たすつもりでいるから安心してね」
「……ンな気にする必要はねえと思うぞ。お前はこの国のために、こうして命がけで戦ってるんだからさ」
「…………」
ゼノスは肯定も否定もすることなく、ただ困ったように笑うばかりだ。
……まぁ、こんな宙ぶらりんな男の言葉なんて響くはずもないか。
「……風呂入ってきたらどうだ?」
「ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。……あ、そうだ」
「まだ何か?」
「前にも話したけど、明日は大司教様――エステラのお父上に会うことになるからそのつもりでね」
「……それ言うなよ。寝れなくなるだろ」
「ふふっ、ごめん」
女王が口利きをしてくれたお陰で、聖教はエステラ捜索を取り止め&邪神討伐作戦に同行することを許可してくれた。だけど――。
「絶対揉めるよな」
「そうだね」
「お前から言ってくれよ。その……もちっと大人しい格好をしてくれよってさ」
「こだわりがあるみたいだから」
「はぁ~……だよな~……」
エステラはもう変装をする必要はなくなった。
だけど、あの盗賊ルックには過去との決別と、未来への意思が――腐敗しきった聖教から金も治癒術師も何もかも奪い取って、『無料の病院』を作るって野望が詰め込まれている。
後者はまだ時期じゃないから伏せるにしても、前者は絶対に示しにかかるだろう。
あの自称義賊な格好でもってな。
「おとー様、あまりのショックに気を失っちゃうんじゃないか? いや、エステラ父だから大喧嘩か」
「守ってあげてね」
「おまっ……らしくもなく薄情じゃんかよ」
「ごめん。立場上、聖教と揉めるわけにはいかないんだ」
やっぱ政治と宗教の関係は複雑ってことか。
まぁ、確かに免罪符ビジネスがまかり通ってるあたり、察せられる部分は多分にあるけど。
「それじゃ、お先にね陽翔」
「おう。行ってらー」
ひらひらと手を振って、風呂ゲルに向かうゼノスを見送る。
ああ……場合によってはエステラ父と舌戦か。
エステラはまったく気にしていないようだったけど、あれは強がりじゃないよな?
願わくば勝算あってのことだと思いたい。
「俺の出番、一ミリもありませんように!」
俺はそう言ってポンポンと小枝をくべていく。
大分しょぼいが護摩行のつもりだ。
これで結衣に届くかは分からないが、どうかこの願いが届きますように!
馬に跨るなり、バルダス先生の門弟のみんなが声を掛けてくれる。
邪神の使徒との死闘から二か月と半月、俺達は遂に出発の日を迎えた。
まさに『修行漬け』でほぼ遊べなかったけど、バルダス先生やコル達が一緒だったから本当に楽しくて。
マジで本当に名残惜しい。
元の世界でもあんなふうに楽しくやれたらいいんだけどな。
「げっ!?」
見送ってくれている人達の中に――ダンブ●ドアみたいなおじいさんがいることに気付く。
俺はあの人を知っている。
『さぁ、勇者様。どうか怖がらないで。ゆっくりと力を抜いてください』
そう言って、俺の下っ腹にしわくちゃな手を伸ばしてきて――。
「そっそそそそ、そろそろいこうか!」
ばっと顔を正面に向けて馬を走らせる。
ちょっと思い出しただけで、全身に鳥肌が……!!!!!
あぁ゛……マジで記憶から消したい゛……。
「失礼でしょ」
横を走るエステラがきっと睨みつけてくる。
どうやら見透かされていたみたいだ。
エステラは元の盗賊スタイルに戻って、今はゼノスと騎乗している。
言うまでもなく、戦うことが出来ないからだ。
当面の間はゼノスに押し付けておこうと思っていたんだが、いざって時のために相乗りの練習もしておくべきだ……という話になり(言い出しっぺはゼノス)、結局ローテーション方式に同意せざるを得なくなってしまった。
ゼノスめ……。
はぁ~、すっげえ憂鬱。
考えるだけで胃が……。
「ちょっと! 聞いてんの?」
「だって……お前もアレされたんだろ――」
「バカ!! 変態!! なに想像してんのよ!!」
「してねえよ!! 俺はただ質問しただけだっての!!」
馬で並走したままギャーギャー言い合う。
ゼノスは……まるで役に立たない。
仲裁するでもなく、ただニコニコと笑うばかりだ。
出発前――俺、ゼノス、エステラの三人は、あの『紋章師』のおじいさんからとある術を施された。
端的に言えばその……追跡機能付きの貞操証明だ。
大まかに仕様をまとめると――
・所謂『男女の関係』を持つと下っ腹に紋章が刻まれる。
・互いに同じ紋章が刻まれるので相手の特定も容易(※所謂『巻き込み型』の魔法なので、相手が俺達以外の第三者でも有効)。
・術者以外にはその紋章は消せない(※紋章師が死んでも消えない)。
・術者は術をかけた者&紋章が刻まれた者の所在地をある程度把握することが出来る。
といった感じで、おじいさん……もっと言うと国にそのあたりを徹底的に管理される形になっている。
プライバシーも何もあったもんじゃないけど、これは当然の措置だ。
俺達は政治的に重要な立場の人間。
エステラとゼノスに至っては、その血の正当性を守らなきゃいけないんだからな。
……なんて物分かりがいいフリをして、実のところかなりモヤついていたりする。
――ありえねえだろ。
俺がエステラと、なんて。
思わず想像をしかけて小さく舌打ちをする。
「このあたりにしようか」
初日ということもあって、俺達は日没前に野営地を決めた。
選んだのは緩やかな丘の斜面の上。
ここなら見晴らしもいいし、魔物の接近にも気付けるだろう。
「んじゃ、おやすみー!」
夕飯をたらふく食って風呂までいただいたエステラは、満足げな顔で女子テントへと入っていった。
テントと言っても、地べたに寝袋を敷いて寝るようなヤツじゃない。
モンゴルのゲル風の移動式住居だ。
勿論イチから組み立てたわけでもない。
ここは剣と魔法の世界。そう。当然あれが――アイテムボックスがある。
「それすげえ便利だよな」
「使ってみる?」
横に座るゼノスから黒くて小さなキューブを受け取る。
上面のコアがホログラムのウィンドウを作り出してて、そこにはずらーーっと料理のサムネイルが並んでいた。
「お腹、まだ空いてるようなら遠慮しないでね」
「いや。もう十分だ」
「ありがとな」と改めて礼を言ってゼノスにキューブを返す。
ゼノスは首を左右に振って応えると、ベルトにキューブを装着。
その拍子にヤツの服の金刺繍がキラキラと輝いた。
自分でデザインをしておいてなんだけど、ゼノスのそれは群を抜いて派手だ。
・ジャケット:やや明るめのロイヤルブルーをベースにした『騎士装束風の長衣』/左脚にスリット/襟元~胸元~袖口にかけて金糸の刺繍
・パンツ:黒の細身のパンツ
・履物:膝丈のこげ茶色のブーツ
といった具合になっている。
しかも単に派手なわけじゃなくて、王室カラーに国章までのっかってしまっている。
これじゃ文字通りの『王室の広告塔』だ。
常に注目されて、思うように羽も伸ばせないだろう。
……本当ごめんな。
「ねえ、陽翔。良かったらさ、少し話さない?」
「? 何だよ改まって」
「ボーイズトーク? っていうの、してみたいなと思って」
ゼノスは先生の門弟のみんなと切磋琢磨していくうちに、その手の話題にも触れるようになっていった。
オチなしの失敗談、恋バナ(八割が妄想)、下ネタなどなど、いずれも王族とは縁もゆかりもなさそうな話題ばかり。
案の定コイツはずーっと『聞き役』で。
俺はてっきり……乗れないまでも、せめて合わせようと努力してくれてるんだと思ってた。
それがまさか羨んでいたとはな。
やれやれと肩を竦めてコクリと頷く。
「望むところだ」
「ありがとう! ……じゃあ、単刀直入に聞くね。ずばり陽翔と女神様の関係は?」
そっち? コイツめ。
さっきの件といい、変顔の件といい、どうにも読めないところがあるよな。
……いや。噛み合わないと言った方がいいのかもしれない。
やっぱりコイツは俺が知ってる――俺と結衣が創ったゼノスとは全然違う。
苦笑しつつ「ん~」と首を傾げる。
「別にどうってことはねえけど」
「大切な人なんじゃない?」
「大切っていうか……被害者っていうか……」
「? どういうこと?」
「実はさ、俺……贖罪するためにここに来たんだ」
「えっ!? 陽翔、何か悪いことしたの?」
「アイツに嘘ついちまったんだ。そんで謝れないまま逝かせちまって」
「??? 女神様は一度亡くなってるってこと?」
「いや。アイツも元は人間だったんだ。病気と戦いながら、すげぇ一生懸命に生きてた」
亡くなって半年以上経った今も鮮明に覚えている。
思い通りにならない体に鞭打って、必死にパソコンに食らいつく結衣の姿を。
「寂しい?」
「……よく、分かんねえ」
そう。それが本音だ。
結衣のことを思うと、今でも胸が締め付けられる。
でもそれは謝れなかった後悔からなのか。
それともアイツともっと一緒にいたかったからなのかは……分からない。
ぶっちゃけると答えは出したくない。
分かったところで、もう前に進むしかないからな。
「ふふっ」
訳知り顔でこっちを見てくる。
くそっ、コイツめ……。
「お前は?」
「僕は恋愛は――」
「ちげえーよ。別の話」
「何だろ?」
「お前の騎士復帰の件だよ。ぶっちゃけさ、女王様に対して申し訳ないとか思ってるんじゃねえの?」
「……どうしてそう思うの?」
「そういう顔してるからだよ。決まって騎士関連の話題の時にな」
「…………」
ゼノスは静かに微笑んで、焚き火に目を向けた。
話したくないってことか。
「まぁ、キツかったら無理に話さなくてもいいけど」
「ううん。そうじゃなくて。嬉しかったんだ、とっても」
「……何だよそれ」
手元にあった枝を焚き火に向かって放り投げる。
たいしてくべる必要のない細い小枝を。
そうして投げ入れたはずの枝は、手前の薪にぶつかって地面に転がった。
……ちきしょー。
「僕ね、十歳まで女の子として育てられてたんだ」
「えっ……?」
鼓動が跳ね上がる。
胃が変な音を立てて、思うように息が出来ない。
あの時と同じだ。
先生からゼノスの事情を聴いた時と。
「そのせいか時々不安になることがあってね。それで騎士をやってるんだ。逞しくてカッコイイから」
根底からぶち壊してたってことか?
お前の人生を。
俺がこの手で――。
「陽翔? どうしたの?」
「っ! あ、いや……ひでぇ話だなと思ってさ――」
「本当に?」
「ああ。……上手く言葉に出来なくて申し訳ないけど」
「…………」
ゼノスがじっと見つめてくる。
俺は堪らず地面に目を向けた。
ゼノスは今不安でいっぱいなはずだ。
なのに俺は……僅かも寄り添うことが出来ずにいる。
ボロが出たら事だのと、それらしい言い訳をして。
本当最低だよな。
「ごめん。何だか余計に気を遣わせちゃったね」
「……いや」
「動機は聞いての通り超不純だけど、使命はきちんと果たすつもりでいるから安心してね」
「……ンな気にする必要はねえと思うぞ。お前はこの国のために、こうして命がけで戦ってるんだからさ」
「…………」
ゼノスは肯定も否定もすることなく、ただ困ったように笑うばかりだ。
……まぁ、こんな宙ぶらりんな男の言葉なんて響くはずもないか。
「……風呂入ってきたらどうだ?」
「ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。……あ、そうだ」
「まだ何か?」
「前にも話したけど、明日は大司教様――エステラのお父上に会うことになるからそのつもりでね」
「……それ言うなよ。寝れなくなるだろ」
「ふふっ、ごめん」
女王が口利きをしてくれたお陰で、聖教はエステラ捜索を取り止め&邪神討伐作戦に同行することを許可してくれた。だけど――。
「絶対揉めるよな」
「そうだね」
「お前から言ってくれよ。その……もちっと大人しい格好をしてくれよってさ」
「こだわりがあるみたいだから」
「はぁ~……だよな~……」
エステラはもう変装をする必要はなくなった。
だけど、あの盗賊ルックには過去との決別と、未来への意思が――腐敗しきった聖教から金も治癒術師も何もかも奪い取って、『無料の病院』を作るって野望が詰め込まれている。
後者はまだ時期じゃないから伏せるにしても、前者は絶対に示しにかかるだろう。
あの自称義賊な格好でもってな。
「おとー様、あまりのショックに気を失っちゃうんじゃないか? いや、エステラ父だから大喧嘩か」
「守ってあげてね」
「おまっ……らしくもなく薄情じゃんかよ」
「ごめん。立場上、聖教と揉めるわけにはいかないんだ」
やっぱ政治と宗教の関係は複雑ってことか。
まぁ、確かに免罪符ビジネスがまかり通ってるあたり、察せられる部分は多分にあるけど。
「それじゃ、お先にね陽翔」
「おう。行ってらー」
ひらひらと手を振って、風呂ゲルに向かうゼノスを見送る。
ああ……場合によってはエステラ父と舌戦か。
エステラはまったく気にしていないようだったけど、あれは強がりじゃないよな?
願わくば勝算あってのことだと思いたい。
「俺の出番、一ミリもありませんように!」
俺はそう言ってポンポンと小枝をくべていく。
大分しょぼいが護摩行のつもりだ。
これで結衣に届くかは分からないが、どうかこの願いが届きますように!


