茶色のつぶらな瞳が爛々と輝いている。
前かがみで覗き込んでいるせいで、胸と布が離れていて――。
「っ!」
見てはいけないものが見えてしまった気がして、慌てて目を逸らした。
~~っ、コイツは本当に。
「あ~、ちょっと二度寝禁止だよ」
「……ここは?」
「ハルと私の世界の狭間ってとこかな」
「異世界転生ってやつか」
「転移だよ。ハルは死んでない。向こうでちゃんと生きてるよ」
「何だよ……」と、ガッカリしかけて踏み止まる。
結衣にだけは気取られちゃいけない。
コイツは生きたくても生きられなかったんだからな。
小さく息をついて座った。
天井も床も白くぼんやりと光っている。
まさに異空間。そんな中で俺は、くたびれた灰色のスウェット姿で佇んでいる。
正直未だに実感が湧かない。これは本当に現実なのか。
病死したダチが女神に転生していて、こうして俺を異世界に転移させようとしているなんて。何だか笑えてくる。
「よいしょっと」
結衣が翼を畳んで隣に腰掛けてきた。
その拍子に腕がぶつかった――はずなのに、何も感じなかった。
衝撃も体温さえも。通り抜けたんだ。俺の体を。
ほんとに神様になっちまったんだな。
こんなに近くにいるのに物凄く遠い。
そんな女々しいことを思ってしまったせいか、俺は自ら切り出した。
「望みは何だ?」
「世界を救って」
「ベタだな」
「まぁね。でも、ベリベリハードだよ。何せ私の力は、ほとんど邪神に持っていかれちゃったからね」
「何だそりゃ? 邪神も言っちゃえばエネミーだろ? いくら何でも、生みの親であるお前に危害を加えるなんて――」
「邪神は私の一部なの」
「……は?」
「所謂『悪の心』ってやつでね。世界創造の時にノイズになったから、切り離したんだけど……そしたら、襲い掛かってきて」
「どこの●ッコロ大魔王だよ」
「ははっ、面目ない……」
へこへこと頭を下げながら苦笑いを浮かべる。
軽薄さは感じない。むしろ、酷く痛々しかった。
結衣なりに責任を感じているんだろう。
ろくに事情も知らない俺が、これ以上どうこう言う筋合いはないな。
「まずは仲間を集めて。それから、三つの大水晶を取り戻してほしいの。そうしたら、私の力が地上に届くようになる。魔物も弱くなるし、ハル達のバックアップも――」
「待った」
「何?」
「その……念のため聞くが、俺以外に選択肢はないのか?」
「ないよ」
「……っ、即答かよ」
「焦らしたってしょうがないでしょ」
「そりゃそうだけど」
結衣には大きな借りがある。
だから、退治役を担うこと自体に異存はない。
ただ、期待に応えられるかどうかは別だ。
便乗するようで悪いが、今のうちに断りを入れておこう。
「俺はお前に嘘をついてた」
「…………」
結衣の顔から笑顔が消える。
俺は堪らず目を伏せた。
厚顔無恥にも程がある。
今の俺が成すべきことは誠心誠意謝って、結衣の怒りや失望を真正面から受け止めることだ。続けろ。……続けろ。
「俺は全国区のテニスプレイヤーでもなければ、全国模試でトップクラスの秀才でもない。おまけに女子から告られたこともない。並以下の人間なんだ」
「みたいだね」
「っ! 知ってたのか?」
「今知ったの。ここでなら、ハルの全部を丸裸に出来るからね」
「……そうか」
安いプライドを満たすために、何も知らない結衣を利用した。
成れていたはずの自分を演じて、逃避していたんだ。
スポーツも、勉強も、何もかもが上手くいかないクソみたいな高校生活から。
「……悪かった」
「ダメ。今はまだ許さない。世界を救ってくれたら許してあげる」
「それはいくら何でも割に合わないんじゃないか?」
「そうかな?」
「そうだ……いや……」
なるほど。赦されれば前に進める。そう言いたいんだな。
正直、そんな単純な話ではないような気もする。でも――。
「文字通り勇者になれたら、人生やり直すのも夢じゃないかもな」
「もち!」
「よせよ」
結衣がぐーっと親指を向けてくる。
触れてもすり抜けていくだけだ。
分かっていても、……いや、分かっているからこそ後退してしまう。
そのすり抜けていく様をを見たくなくて。我ながら情けねえな。
「っ!」
全身が白い光に包まれていく。
俺はいよいよ転移させられるらしい。
「原作通り、まずはエステラちゃんの前に出るからそのつもりでね」
――聖女・エステラ
原作では正ヒロインを務めることになる世間知らずな天然お嬢様だ。
水色のウェーブがかった長い髪が特徴的で、白と金を基調とした修道服を身に纏っている。
戦うことは出来ないけど、その分初期から高い回復スキルを持っている。
戦闘経験がゼロな俺としては有難い限りだ。
「ねえ、ハル」
「何だ?」
「私達はあの子達の生みの親だよ。でも、あの子達はもう命を持った一人の人間だから――」
「分かってる。間違っても下に見たりしねえよ」
結衣のほっとしたような笑顔を最後に景色が切り替わった。
それと同時に体勢が大きく崩れる。
あれ? 俺、浮いてる?
「おわっ!?」
なぜか体が反転して、うつ伏せに倒れた。
土煙が舞って思わず咳込む。
暗いけど眩しい。これは月明かりか?
「は? 何よこれ」
「あぐっ!?」
顔を上げようとしたら、思いっきり頭を蹴られた。
なっ、何だ!? 敵か!?
「これが勇者? 女神のヤツ、マジでナメてるわね」
勇者? 女神? まっ、まさか……。
恐る恐る顔を上げてみる。
するとそこには、蔑んだ目で俺を見下ろす青髪の少女の姿があった。
前かがみで覗き込んでいるせいで、胸と布が離れていて――。
「っ!」
見てはいけないものが見えてしまった気がして、慌てて目を逸らした。
~~っ、コイツは本当に。
「あ~、ちょっと二度寝禁止だよ」
「……ここは?」
「ハルと私の世界の狭間ってとこかな」
「異世界転生ってやつか」
「転移だよ。ハルは死んでない。向こうでちゃんと生きてるよ」
「何だよ……」と、ガッカリしかけて踏み止まる。
結衣にだけは気取られちゃいけない。
コイツは生きたくても生きられなかったんだからな。
小さく息をついて座った。
天井も床も白くぼんやりと光っている。
まさに異空間。そんな中で俺は、くたびれた灰色のスウェット姿で佇んでいる。
正直未だに実感が湧かない。これは本当に現実なのか。
病死したダチが女神に転生していて、こうして俺を異世界に転移させようとしているなんて。何だか笑えてくる。
「よいしょっと」
結衣が翼を畳んで隣に腰掛けてきた。
その拍子に腕がぶつかった――はずなのに、何も感じなかった。
衝撃も体温さえも。通り抜けたんだ。俺の体を。
ほんとに神様になっちまったんだな。
こんなに近くにいるのに物凄く遠い。
そんな女々しいことを思ってしまったせいか、俺は自ら切り出した。
「望みは何だ?」
「世界を救って」
「ベタだな」
「まぁね。でも、ベリベリハードだよ。何せ私の力は、ほとんど邪神に持っていかれちゃったからね」
「何だそりゃ? 邪神も言っちゃえばエネミーだろ? いくら何でも、生みの親であるお前に危害を加えるなんて――」
「邪神は私の一部なの」
「……は?」
「所謂『悪の心』ってやつでね。世界創造の時にノイズになったから、切り離したんだけど……そしたら、襲い掛かってきて」
「どこの●ッコロ大魔王だよ」
「ははっ、面目ない……」
へこへこと頭を下げながら苦笑いを浮かべる。
軽薄さは感じない。むしろ、酷く痛々しかった。
結衣なりに責任を感じているんだろう。
ろくに事情も知らない俺が、これ以上どうこう言う筋合いはないな。
「まずは仲間を集めて。それから、三つの大水晶を取り戻してほしいの。そうしたら、私の力が地上に届くようになる。魔物も弱くなるし、ハル達のバックアップも――」
「待った」
「何?」
「その……念のため聞くが、俺以外に選択肢はないのか?」
「ないよ」
「……っ、即答かよ」
「焦らしたってしょうがないでしょ」
「そりゃそうだけど」
結衣には大きな借りがある。
だから、退治役を担うこと自体に異存はない。
ただ、期待に応えられるかどうかは別だ。
便乗するようで悪いが、今のうちに断りを入れておこう。
「俺はお前に嘘をついてた」
「…………」
結衣の顔から笑顔が消える。
俺は堪らず目を伏せた。
厚顔無恥にも程がある。
今の俺が成すべきことは誠心誠意謝って、結衣の怒りや失望を真正面から受け止めることだ。続けろ。……続けろ。
「俺は全国区のテニスプレイヤーでもなければ、全国模試でトップクラスの秀才でもない。おまけに女子から告られたこともない。並以下の人間なんだ」
「みたいだね」
「っ! 知ってたのか?」
「今知ったの。ここでなら、ハルの全部を丸裸に出来るからね」
「……そうか」
安いプライドを満たすために、何も知らない結衣を利用した。
成れていたはずの自分を演じて、逃避していたんだ。
スポーツも、勉強も、何もかもが上手くいかないクソみたいな高校生活から。
「……悪かった」
「ダメ。今はまだ許さない。世界を救ってくれたら許してあげる」
「それはいくら何でも割に合わないんじゃないか?」
「そうかな?」
「そうだ……いや……」
なるほど。赦されれば前に進める。そう言いたいんだな。
正直、そんな単純な話ではないような気もする。でも――。
「文字通り勇者になれたら、人生やり直すのも夢じゃないかもな」
「もち!」
「よせよ」
結衣がぐーっと親指を向けてくる。
触れてもすり抜けていくだけだ。
分かっていても、……いや、分かっているからこそ後退してしまう。
そのすり抜けていく様をを見たくなくて。我ながら情けねえな。
「っ!」
全身が白い光に包まれていく。
俺はいよいよ転移させられるらしい。
「原作通り、まずはエステラちゃんの前に出るからそのつもりでね」
――聖女・エステラ
原作では正ヒロインを務めることになる世間知らずな天然お嬢様だ。
水色のウェーブがかった長い髪が特徴的で、白と金を基調とした修道服を身に纏っている。
戦うことは出来ないけど、その分初期から高い回復スキルを持っている。
戦闘経験がゼロな俺としては有難い限りだ。
「ねえ、ハル」
「何だ?」
「私達はあの子達の生みの親だよ。でも、あの子達はもう命を持った一人の人間だから――」
「分かってる。間違っても下に見たりしねえよ」
結衣のほっとしたような笑顔を最後に景色が切り替わった。
それと同時に体勢が大きく崩れる。
あれ? 俺、浮いてる?
「おわっ!?」
なぜか体が反転して、うつ伏せに倒れた。
土煙が舞って思わず咳込む。
暗いけど眩しい。これは月明かりか?
「は? 何よこれ」
「あぐっ!?」
顔を上げようとしたら、思いっきり頭を蹴られた。
なっ、何だ!? 敵か!?
「これが勇者? 女神のヤツ、マジでナメてるわね」
勇者? 女神? まっ、まさか……。
恐る恐る顔を上げてみる。
するとそこには、蔑んだ目で俺を見下ろす青髪の少女の姿があった。


