「おらおら!!! こっちだカマ公!!」
「ッ!!」
あれから二十分後。
ゼノスと俺はペアを組んで、件の大カマキリにリベンジを仕掛けていた。
俺が囮役で、ゼノスが仕留め役。
俺はカマキリの正面に立ってヤツの注意を引き付け、ゼノスは背後からヤツの隙を窺っている。
もしもの時に備えて、中間地点の廃屋には回復担当のエステラと、陽動を得意とするコルが待機してくれている。
こんな万全の体制で実戦経験を積めるなんて、ホント有難い限りだ。
「ギャウッ!!!!」
「くっ……!」
カマキリが凄まじい剣幕で襲い掛かって来た。
下からの斬り上げ。狙いは脇腹か。
俺は後ろに飛び退くことで、何とかそれを躱す。
「ハァ……ハァ……っ」
はっ、早い。
思ってたよりもずっと。
あとほんの少しでも反応が遅れていたら、間違いなく斬られてた。
心臓がバクバクする。
息もどんどん荒くなっていく。
落ち着け。落ち着け。
俺にはとっておきの策があるんだぞ。
何を動揺することが――。
「っ!」
不意に視線を感じた。誰かが俺を見ている。ゼノスだ。
廃屋の陰に潜んでいるヤツの表情が、みるみるうちに曇っていく。
今にも作戦の中断、もしくは『僕が囮になる』なんて言い出しかねないような表情だ。
――させるかよ。
俺は自分で自分に喝を入れて、両手で剣を握り直す。
そして――。
「ギャギャッ!?」
額に意識を集中させて、ぐっと魔力を高めた。
つい先日――昨日の夕方に習得したばかりの技だ。
所謂バフで、効果は攻撃力アップ(小)ってところか。
因みに、纏っているオーラの色はゼノスやコルと同じ青色だ。
ここにきて漸く魔法騎士っぽくなれたわけだが、ぶっちゃけ素直に喜べずにいる。
なぜって? 端的に言えばそう……恥ずかしいから。
だって、ぜってー似合ってねーもん。
下手するとシュールまである。
ああ、想像するだけで泣けてきた……。
「ギャウッ!!!」
鎌が左から迫ってくる。いかんいかん。集中集中。
俺は刃を斜めに受け止めると、そのまま上方向に流した。
この二日間、血の滲むような思いで磨き上げたカウンター 兼 捌き技。
テニスの『スライス』をベースにした技だ。
「ギャウッ……?」
カマキリの体が大きく仰け反る。
形勢逆転。ここからだ。
「はああぁああ!!!」
「ギャッギャッ!! ……ギャッ……ギャッ!!!」
俺はカマキリの頭目掛けて剣を振り下ろした。
するとカマキリは、両腕をクロスしてガードの構えを取る。
よし。成功だ。俺は体勢を立て直してフォアで、次はバックで……次から次へと打ち込んでいく。
勇者の十八番の『8ラリー』だ。
勿論ヤケクソで打ってるわけじゃない。
スナップで強弱をつけて、インパクトのタイミングをずらしている。
さぁ、どう出る?
祈るような気持ちでカマキリの出方を窺う。
「ギャウッ、ガゥ……!!」
……やった。やったぞ! 読み通りだ!!
カマキリはいっこうに反撃してこない。いや、出来ずにいる。
インパクトのタイミングがあまりにも不規則で、反撃の糸口を見つけられずにいるんだろう。
このままトドメを刺してやりたいところだが、俺が出来るのはここまでだ。
お恥ずかしい話、今の俺は攻撃をするので精一杯。
トドメを刺す余力なんて、これっぽっちも残っちゃいない。
でも、それでいいんだ。
何たって、最高の英雄が控えてるんだからな。
「来い!! ゼノス――!!」
次の瞬間、目の前には青いオーラを纏ったゼノスの姿があった。
ヤツは微笑んでいた。
青く澄んだ瞳をじんわりと蕩かすようにして。
「ぎゃう……あ……」
ゼノスと俺の間にいるカマキリが、小さく声を上げながら紫の欠片になって消えていく。
どうやら心臓を一突きにされたらしい。
だけど、俺にはまったくのノーダメージ。
俺の体に触れる直前で刃を止めたみたいだ。
これ、しれっとやってるけど結構すごいことなんじゃないか……?
「君で良かった」
「え?」
「今、心からそう思った」
「……っ……」
俺は開きかけた口を、きゅっと引き結んだ。
もしもお前が本当のことを――俺がお前の苦難の元凶なんだと知ったとしたら?
それでもお前は俺に同じ言葉をかけてくれるのか?
「陽翔?」
「……そういうのは女の子に言ってやれ」
照れたフリをして好意を拒絶する。
ゼノスの顔は見れなかった。
「ハル、バック」
「へ? うぉッ!!?」
「ギャウッ!!?」
最後っ屁と言わんばかりに、地に伏したカマキリが俺の足に噛みつこうとしていた。
コルが投げナイフでカマキリの頭を一突きにしてくれたお陰で難を逃れたが、バックした拍子にバランスを崩して思いっきり尻餅をついてしまう。
「~~っ、てぇ……」
「しまらないわね。何やってんのよ」
呆れ顔のエステラに緩く背中を蹴られる。
まぁ、その通りなんだけどさ。
一言ぐらい労いの言葉があってもいいんじゃねえの?
……なんて一人ぶーたれていたら、ゼノスが申し訳なさそうに声を掛けてくる。
「ごめん、陽翔。詰めが甘かったね」
「気にすんなよ。俺も間違いなく勝ったと思ってたし」
「この期に及んで傷の舐め合いか? あ゛?」
コルが笑顔で迫って来る。
こめかみにビキビキと青筋を立てて。
やっべ……。俺はすぐさま正座をする。
すると、ゼノスも俺に倣うように正座をし出した。
止めようかとも思ったが、コルのお説教が始まってしまったので控える。
まぁ、正座ならいいだろう。
土下座と違って品位を貶めることもないしな。
「……というわけだ。気ィ引き締めてけよ」
「「はい」!」
俺とゼノスはお叱りと、ほんのちょっぴりお褒めの言葉をいただいて立ち上がった。……が。
「っ!?」
ゼノスがよろける。
どうやら痺れてしまったようだ。
俺は透かさず抱き留めた。
腰がビキッと嫌な音を立てたような気がしたが、たぶん気のせいだ。
「ごめん。ははっ、……恥ずかしいな」
「無理すんなよ。お前、正座したの初めてだろ」
「……うん。陽翔は凄いね。僕と違って何ともないみたいだ」
「俺は婆ちゃん家とかでやり慣れてるから。つか、さっきの『土下座』も、今の『正座』も俺の世界の作法だ。お前が真似する必要なんてねえ。もっと言うと、この世界の庶民式の作法だって――」
「ふふっ、どうしてそう思うの? 単に陽翔が嫌なだけじゃない?」
「お前がやると嫌味に見えるって言ってんだ。そんなのお前も不本意だろ」
「…………」
ゼノスが上から顔を覗き込んでくる。
絵にかいたような訳知り顔だ。
ぐぬぬっ、コイツめ……。
俺はその眩し過ぎる顔を押し退けて無理矢理地面に座らせると、膝裏に手を突っ込んで膝を立たせた。
そして、ゆっくりと広い背中を押しつつ、ゼノスには足の指をぐーぱーするように指示を出す。
「? 何よそれ? そんなんで足の痺れが取れるって言うの?」
「ああ。ソースは俺の婆ちゃんだ」
「ふ~ん? 変なの」
エステラには少々理解しがたいようだ。
……そうか。この世界は魔法が発達している分、体そのものに対する知見が乏しいのかもしれないな。
「ゼノス、効いてる?」
「うん。楽になってきた。これすごいね」
「へえ~、ちゃんと効くんだ」
「まぁ、お前らの魔法ほど確実なものじゃないけどな」
「魔法を使わずに痺れを取る……か。ふふっ、面白いわね。ねえ、今度時間がある時にでも、アンタの世界の回復術がどんなもんか教えなさいよ」
「張り合う気か?」
「違うわよ。活かせるようなら活かしたい。ただそれだけ」
俺は自分のあまりの稚拙さに思わず言葉を失った。
エステラはきっとこんなふうにして、貪欲に知識を求めてきたんだろう。
一人でも多くの患者を救うために。
結果、コイツは王国一の癒し手になった。
改めて考えてみると、メチャクチャ立派なヤツだよな。
……いや、これは何もエステラに限った話じゃないな。
俺以外のパーティーメンバーはいずれも超一流か、あるいは超一流になれるだけのポテンシャルを持ってるんだ。
俺はそんなすげえヤツ等を率いていかなくちゃいけない。
やれんのかな? 正直まったくやれる気がしない。
原作の超カリスマ勇者ならともかく、俺は超凡人だし。
そもそも、そんな超人的な勇者を真似ること自体がナンセンス。
もっと別の……『俺なりの勇者像』を見出す必要があるのかもしれないな。
「もう大丈夫。待たせてごめんね」
「よし。じゃあ、行くか」
その後俺達は無理をしない程度に戦闘を重ねつつ、クリアに必要なスタンプを一つ二つと順調に獲得。
意気揚々と最後のチェックポイントに向かうと、物凄く屈強な体つきの騎士が待ち受けていた。
黒い甲冑に、白髪頭の……あれは……。
「バルダス先生!」
「おお! 陽翔――っ!!? 殿下!!? ああ、何というお姿に……」
「どうぞ笑ってください。酷い有様でしょう?」
おろおろするバルダス先生に向かって、ゼノスは照れ臭そうに笑う。
ゼノスの豪奢な紅色の制服は、もうすっかり土と泥塗れだ。
エステラの魔法ですっかり綺麗にすることも出来るらしいのだが、このフィールドにおいては敵に見つかりにくく、むしろ都合がいいだろうということで泥んこのままでいてもらっている。
因みに俺はもっと酷い。
泥んこなのは当然として、肩とか膝のあたりの布まで破けてしまっている。
原因は魔物に斬られたり、瓦礫につまずいてすっ転んだり……まぁ、色々だ。
幸い破れも直せるらしいので、あとでエステラの世話になる。
ホント魔法って便利だよな。
「ここから真っ直ぐ2キロほど進んだところにゴールの北門がある。陽翔、コルム。聖……リヴィアと殿下を頼んだぞ」
先生に見送られて、最後のチェックポイントを後にする。
何だか霧が出てきたな。
コルがいるから大丈夫だと思うけど、見通しが悪いのはやっぱり不安だ。
「ねえ……何か……」
俺の前を歩くエステラの足がぴたりと止まった。
よく見ると肩がカタカタと震えている。
何だ? 明らかに様子がおかしい。
「どうした? 具合でも悪いのか? ……!」
後ろから覗き込むと、エステラの顔はぞっとするほど青くなっていた。
酷く怯えているような、そんな表情だ。
「おい、どうしたんだよ――」
「殿下!! 前方にシールドを!! ハル!! 聖女様と一緒に屈め!!」
「うえっ!? くっ!!?」
俺はコルに言われるまま、エステラを抱いて身を屈める。
すると次の瞬間、何かと何かが激しくぶつかり合うような音と、ガラスが砕け散るような音がした。
恐る恐る顔を上げると、目の前には交戦中のコルの姿が。
青いオーラを纏わせたショートソードとダガーの二刀流で、木の幹ほどの太さの何かを斬り――いや、弾いていた。
流石はコルム先生。
軽騎士でもやっていけるぐらいメチャ強い。
何て思っていたら――。
「はぁ……ハァ……ッ」
コルの息が上がっていることに気付く。
五秒前の自分を思いっきりぶん殴ってやりたい。
この世界にはたぶん無敵なヤツなんていない。
必ず得手不得手がある。
コルの場合、斥候や陽動に関連した魔法を得意とする分、タイマン系の魔法……例えば攻撃力や防御力をアップさせるような魔法は苦手。
もっと言うと、そういう魔法を得意とする相手との戦闘も苦手なんだと思う。
だから、アタッカーは引き続き俺とゼノスがやらねえといけな――……!!??
「ふおおぉおぉお♡♡♡」
いつの間にやらゼノスは甲冑姿になっていた。
つっ、遂に俺のヒーローが目の前に……♡♡♡
って、ンな場合か!!!
ふるふると首を左右に振って、エステラに目を向ける。
華奢な肩は依然カタカタと震えたまま、俺の薄汚れたジャケットをぎゅっと握り締めていた。
「……悪い、エステラ。俺も前に――」
「どうしてヤツがここに……? 大水晶のところにいるんじゃなかったの?」
「大水晶? っ!? まさか!?」
エステラがこくりと頷く。
そして、俺の胸に顔を埋めたまま敵の正体を呟いた。
「邪神の使徒・ヘカントケイル」
――と。
「ッ!!」
あれから二十分後。
ゼノスと俺はペアを組んで、件の大カマキリにリベンジを仕掛けていた。
俺が囮役で、ゼノスが仕留め役。
俺はカマキリの正面に立ってヤツの注意を引き付け、ゼノスは背後からヤツの隙を窺っている。
もしもの時に備えて、中間地点の廃屋には回復担当のエステラと、陽動を得意とするコルが待機してくれている。
こんな万全の体制で実戦経験を積めるなんて、ホント有難い限りだ。
「ギャウッ!!!!」
「くっ……!」
カマキリが凄まじい剣幕で襲い掛かって来た。
下からの斬り上げ。狙いは脇腹か。
俺は後ろに飛び退くことで、何とかそれを躱す。
「ハァ……ハァ……っ」
はっ、早い。
思ってたよりもずっと。
あとほんの少しでも反応が遅れていたら、間違いなく斬られてた。
心臓がバクバクする。
息もどんどん荒くなっていく。
落ち着け。落ち着け。
俺にはとっておきの策があるんだぞ。
何を動揺することが――。
「っ!」
不意に視線を感じた。誰かが俺を見ている。ゼノスだ。
廃屋の陰に潜んでいるヤツの表情が、みるみるうちに曇っていく。
今にも作戦の中断、もしくは『僕が囮になる』なんて言い出しかねないような表情だ。
――させるかよ。
俺は自分で自分に喝を入れて、両手で剣を握り直す。
そして――。
「ギャギャッ!?」
額に意識を集中させて、ぐっと魔力を高めた。
つい先日――昨日の夕方に習得したばかりの技だ。
所謂バフで、効果は攻撃力アップ(小)ってところか。
因みに、纏っているオーラの色はゼノスやコルと同じ青色だ。
ここにきて漸く魔法騎士っぽくなれたわけだが、ぶっちゃけ素直に喜べずにいる。
なぜって? 端的に言えばそう……恥ずかしいから。
だって、ぜってー似合ってねーもん。
下手するとシュールまである。
ああ、想像するだけで泣けてきた……。
「ギャウッ!!!」
鎌が左から迫ってくる。いかんいかん。集中集中。
俺は刃を斜めに受け止めると、そのまま上方向に流した。
この二日間、血の滲むような思いで磨き上げたカウンター 兼 捌き技。
テニスの『スライス』をベースにした技だ。
「ギャウッ……?」
カマキリの体が大きく仰け反る。
形勢逆転。ここからだ。
「はああぁああ!!!」
「ギャッギャッ!! ……ギャッ……ギャッ!!!」
俺はカマキリの頭目掛けて剣を振り下ろした。
するとカマキリは、両腕をクロスしてガードの構えを取る。
よし。成功だ。俺は体勢を立て直してフォアで、次はバックで……次から次へと打ち込んでいく。
勇者の十八番の『8ラリー』だ。
勿論ヤケクソで打ってるわけじゃない。
スナップで強弱をつけて、インパクトのタイミングをずらしている。
さぁ、どう出る?
祈るような気持ちでカマキリの出方を窺う。
「ギャウッ、ガゥ……!!」
……やった。やったぞ! 読み通りだ!!
カマキリはいっこうに反撃してこない。いや、出来ずにいる。
インパクトのタイミングがあまりにも不規則で、反撃の糸口を見つけられずにいるんだろう。
このままトドメを刺してやりたいところだが、俺が出来るのはここまでだ。
お恥ずかしい話、今の俺は攻撃をするので精一杯。
トドメを刺す余力なんて、これっぽっちも残っちゃいない。
でも、それでいいんだ。
何たって、最高の英雄が控えてるんだからな。
「来い!! ゼノス――!!」
次の瞬間、目の前には青いオーラを纏ったゼノスの姿があった。
ヤツは微笑んでいた。
青く澄んだ瞳をじんわりと蕩かすようにして。
「ぎゃう……あ……」
ゼノスと俺の間にいるカマキリが、小さく声を上げながら紫の欠片になって消えていく。
どうやら心臓を一突きにされたらしい。
だけど、俺にはまったくのノーダメージ。
俺の体に触れる直前で刃を止めたみたいだ。
これ、しれっとやってるけど結構すごいことなんじゃないか……?
「君で良かった」
「え?」
「今、心からそう思った」
「……っ……」
俺は開きかけた口を、きゅっと引き結んだ。
もしもお前が本当のことを――俺がお前の苦難の元凶なんだと知ったとしたら?
それでもお前は俺に同じ言葉をかけてくれるのか?
「陽翔?」
「……そういうのは女の子に言ってやれ」
照れたフリをして好意を拒絶する。
ゼノスの顔は見れなかった。
「ハル、バック」
「へ? うぉッ!!?」
「ギャウッ!!?」
最後っ屁と言わんばかりに、地に伏したカマキリが俺の足に噛みつこうとしていた。
コルが投げナイフでカマキリの頭を一突きにしてくれたお陰で難を逃れたが、バックした拍子にバランスを崩して思いっきり尻餅をついてしまう。
「~~っ、てぇ……」
「しまらないわね。何やってんのよ」
呆れ顔のエステラに緩く背中を蹴られる。
まぁ、その通りなんだけどさ。
一言ぐらい労いの言葉があってもいいんじゃねえの?
……なんて一人ぶーたれていたら、ゼノスが申し訳なさそうに声を掛けてくる。
「ごめん、陽翔。詰めが甘かったね」
「気にすんなよ。俺も間違いなく勝ったと思ってたし」
「この期に及んで傷の舐め合いか? あ゛?」
コルが笑顔で迫って来る。
こめかみにビキビキと青筋を立てて。
やっべ……。俺はすぐさま正座をする。
すると、ゼノスも俺に倣うように正座をし出した。
止めようかとも思ったが、コルのお説教が始まってしまったので控える。
まぁ、正座ならいいだろう。
土下座と違って品位を貶めることもないしな。
「……というわけだ。気ィ引き締めてけよ」
「「はい」!」
俺とゼノスはお叱りと、ほんのちょっぴりお褒めの言葉をいただいて立ち上がった。……が。
「っ!?」
ゼノスがよろける。
どうやら痺れてしまったようだ。
俺は透かさず抱き留めた。
腰がビキッと嫌な音を立てたような気がしたが、たぶん気のせいだ。
「ごめん。ははっ、……恥ずかしいな」
「無理すんなよ。お前、正座したの初めてだろ」
「……うん。陽翔は凄いね。僕と違って何ともないみたいだ」
「俺は婆ちゃん家とかでやり慣れてるから。つか、さっきの『土下座』も、今の『正座』も俺の世界の作法だ。お前が真似する必要なんてねえ。もっと言うと、この世界の庶民式の作法だって――」
「ふふっ、どうしてそう思うの? 単に陽翔が嫌なだけじゃない?」
「お前がやると嫌味に見えるって言ってんだ。そんなのお前も不本意だろ」
「…………」
ゼノスが上から顔を覗き込んでくる。
絵にかいたような訳知り顔だ。
ぐぬぬっ、コイツめ……。
俺はその眩し過ぎる顔を押し退けて無理矢理地面に座らせると、膝裏に手を突っ込んで膝を立たせた。
そして、ゆっくりと広い背中を押しつつ、ゼノスには足の指をぐーぱーするように指示を出す。
「? 何よそれ? そんなんで足の痺れが取れるって言うの?」
「ああ。ソースは俺の婆ちゃんだ」
「ふ~ん? 変なの」
エステラには少々理解しがたいようだ。
……そうか。この世界は魔法が発達している分、体そのものに対する知見が乏しいのかもしれないな。
「ゼノス、効いてる?」
「うん。楽になってきた。これすごいね」
「へえ~、ちゃんと効くんだ」
「まぁ、お前らの魔法ほど確実なものじゃないけどな」
「魔法を使わずに痺れを取る……か。ふふっ、面白いわね。ねえ、今度時間がある時にでも、アンタの世界の回復術がどんなもんか教えなさいよ」
「張り合う気か?」
「違うわよ。活かせるようなら活かしたい。ただそれだけ」
俺は自分のあまりの稚拙さに思わず言葉を失った。
エステラはきっとこんなふうにして、貪欲に知識を求めてきたんだろう。
一人でも多くの患者を救うために。
結果、コイツは王国一の癒し手になった。
改めて考えてみると、メチャクチャ立派なヤツだよな。
……いや、これは何もエステラに限った話じゃないな。
俺以外のパーティーメンバーはいずれも超一流か、あるいは超一流になれるだけのポテンシャルを持ってるんだ。
俺はそんなすげえヤツ等を率いていかなくちゃいけない。
やれんのかな? 正直まったくやれる気がしない。
原作の超カリスマ勇者ならともかく、俺は超凡人だし。
そもそも、そんな超人的な勇者を真似ること自体がナンセンス。
もっと別の……『俺なりの勇者像』を見出す必要があるのかもしれないな。
「もう大丈夫。待たせてごめんね」
「よし。じゃあ、行くか」
その後俺達は無理をしない程度に戦闘を重ねつつ、クリアに必要なスタンプを一つ二つと順調に獲得。
意気揚々と最後のチェックポイントに向かうと、物凄く屈強な体つきの騎士が待ち受けていた。
黒い甲冑に、白髪頭の……あれは……。
「バルダス先生!」
「おお! 陽翔――っ!!? 殿下!!? ああ、何というお姿に……」
「どうぞ笑ってください。酷い有様でしょう?」
おろおろするバルダス先生に向かって、ゼノスは照れ臭そうに笑う。
ゼノスの豪奢な紅色の制服は、もうすっかり土と泥塗れだ。
エステラの魔法ですっかり綺麗にすることも出来るらしいのだが、このフィールドにおいては敵に見つかりにくく、むしろ都合がいいだろうということで泥んこのままでいてもらっている。
因みに俺はもっと酷い。
泥んこなのは当然として、肩とか膝のあたりの布まで破けてしまっている。
原因は魔物に斬られたり、瓦礫につまずいてすっ転んだり……まぁ、色々だ。
幸い破れも直せるらしいので、あとでエステラの世話になる。
ホント魔法って便利だよな。
「ここから真っ直ぐ2キロほど進んだところにゴールの北門がある。陽翔、コルム。聖……リヴィアと殿下を頼んだぞ」
先生に見送られて、最後のチェックポイントを後にする。
何だか霧が出てきたな。
コルがいるから大丈夫だと思うけど、見通しが悪いのはやっぱり不安だ。
「ねえ……何か……」
俺の前を歩くエステラの足がぴたりと止まった。
よく見ると肩がカタカタと震えている。
何だ? 明らかに様子がおかしい。
「どうした? 具合でも悪いのか? ……!」
後ろから覗き込むと、エステラの顔はぞっとするほど青くなっていた。
酷く怯えているような、そんな表情だ。
「おい、どうしたんだよ――」
「殿下!! 前方にシールドを!! ハル!! 聖女様と一緒に屈め!!」
「うえっ!? くっ!!?」
俺はコルに言われるまま、エステラを抱いて身を屈める。
すると次の瞬間、何かと何かが激しくぶつかり合うような音と、ガラスが砕け散るような音がした。
恐る恐る顔を上げると、目の前には交戦中のコルの姿が。
青いオーラを纏わせたショートソードとダガーの二刀流で、木の幹ほどの太さの何かを斬り――いや、弾いていた。
流石はコルム先生。
軽騎士でもやっていけるぐらいメチャ強い。
何て思っていたら――。
「はぁ……ハァ……ッ」
コルの息が上がっていることに気付く。
五秒前の自分を思いっきりぶん殴ってやりたい。
この世界にはたぶん無敵なヤツなんていない。
必ず得手不得手がある。
コルの場合、斥候や陽動に関連した魔法を得意とする分、タイマン系の魔法……例えば攻撃力や防御力をアップさせるような魔法は苦手。
もっと言うと、そういう魔法を得意とする相手との戦闘も苦手なんだと思う。
だから、アタッカーは引き続き俺とゼノスがやらねえといけな――……!!??
「ふおおぉおぉお♡♡♡」
いつの間にやらゼノスは甲冑姿になっていた。
つっ、遂に俺のヒーローが目の前に……♡♡♡
って、ンな場合か!!!
ふるふると首を左右に振って、エステラに目を向ける。
華奢な肩は依然カタカタと震えたまま、俺の薄汚れたジャケットをぎゅっと握り締めていた。
「……悪い、エステラ。俺も前に――」
「どうしてヤツがここに……? 大水晶のところにいるんじゃなかったの?」
「大水晶? っ!? まさか!?」
エステラがこくりと頷く。
そして、俺の胸に顔を埋めたまま敵の正体を呟いた。
「邪神の使徒・ヘカントケイル」
――と。


