女優の邸宅を訪れるのは、
クロエにとってよくあることだった。
警備会社にも採用される
屈強な護衛のヒューマノイドを
2体も引き連れた16歳の少女が、
玄関前に立って深く息を吐いた。
犬小屋ほどある箱を
運搬ロボットに詰んで運ばせている。
初対面の依頼主に、
クロエは直接納品することも多い。
今日訪れた場所は
彼女にとっては特別で、
手に汗が滲んで緊張を自覚した。
難しい依頼主だった。
一度は訪問での組み立てを断られ、
今回は品物に大幅な修正を求められた。
報酬は充分なほど貰っていたけれど、
箱の中身に対する自信が
金額とは対照的に薄れていた。
クロエも幼少から知る若手の女優で、
子役の頃から多くの作品に触れてきた。
親に連れられて観劇した
主演の舞台に感銘を受け、
彼女の活動を追った時期もあった。
マスメディアへの露出が少ない為に、
彼女の神秘性が作品に話題性を生んだ。
クロエはドアベルを鳴らす。
自分のヒューマノイドに
興味と拘りを示した女優、
『ザ・ココ』の邸宅を訪問する機会に
クロエは高揚を抑えられなかった。
「いらっしゃい。
あなたがクロエね。」
クロエは自分を出迎えた女優の
自然体の私服姿に見惚れて声が出ず、
マスクの奥で口を開いたまま頷いた。
口から心臓が飛び出ていたのかもしれない。
『どうぞ。上がって。』
中型ロボットに呼びかけられて、
クロエは心臓を元に戻した。
背の高い依頼主の隣に立つのは、
筐体に手足を生やした不格好なロボットで、
クロエは眉を顰めてしまった。
自立二足歩行で人間に応対するロボットは、
いまどき珍しくはない。
自分の送った製品ではなく、
何世代も前の箱型ロボット。
4歳差しかない若い女優が、
他所のロボットと同棲していることに、
クロエは酷く動揺を見せた。
「は、はじめまして。クロエです。」
「あなたはこれを作った、
有名なヒューマノイドデザイナー
なんですってね。」
『それはあっち。』ロボットから別の声。
「これ、私の…。」
クロエがデザインしたヒューマノイドは、
玄関の置物になっている。
クロエの感情は、半ば嫉妬だった。
「あなたの説明書を読んで、
組み立ててみたんだけど、
これはイメージと違うらしくてね。」
依頼主の言葉の端々に
気になる部分を感じながら、
クロエは彼女の意見を汲み取る。
「…メールで伺いました。
確かに私が送ったこの汎用デザインでは、
生活空間に馴染み難いと思います。」
依頼主の住むこの邸宅は、
実力派の若手女優という名声のイメージとは
遠く離れた質素な生活空間だった。
『ギャビーが貨幣金属みたいな家に住めば、
メタリックなデザインも馴染むかもね。』
「…ギャビー?
ココ様はこのロボットに
そう呼ばせているのですか?」
「『ザ・ココ』はアル――
従姉妹が付けた役者名よ。
本名はガブリエル、だからギャビー。
あなたもわたしの家の中では、
ギャビーって呼んでいいわよ。
それからこの子はティフィ。
中身はロボットではないみたい。」
「ロボット、ですよね?」
人型ではない筐体は、
明らかに合成樹脂で出来ている。
サーボモータが関節を動かし、
人工知能で表情パターンを表示する
液晶画面まで前面に付いている。
『ぼくはギャビーの従姉妹の――
アルのイマジナリーフレンドだよ。
で、アルがあの子。』
「なんであたしがこんな格好。」
制服――映像でしか見たことのない、
どこかの国の学生服を着た少女が、
部屋の隅に立っている。
「あれがわたしの従姉妹のアルマ。
アルはひと見知りの強い子だから、
噛まれないように気を付けてね。」
「噛むわけないだろ。
犬じゃないんだから。」
制服を着させられて背を丸めたアルマ。
冗談でも噛みつかれそうな勢いに、
クロエは視線を逸らして萎縮する。
ゲストのクロエを気遣って、
ギャビーは彼女の椅子を引いた。
『ぼくの身体が欲しいんだって。』
「身体? 操縦する為のロボットですか?」
「遠隔操作じゃないぞ。」
アルマに否定されて、
クロエはギャビーの顔を見て訊ねた。
「あ、あなたに依頼したのはアルね。
この子ってばメールで
わたしの名義を勝手に使ってたのよ。」
『だからアルは叱られて、
あの服を着させられたんだよ。』
「まだ問題は起こしてないだろ…。」
名義を利用されたギャビーからすれば、
アルマとの認知の違いでしかない。
「ロボットを組み立てたのは
わたしでしょ。」
「あたしも少しは手伝ったし。」
「少しね。」ギャビーが同意し、強調する。
『アル、これってぼくの身体?』
ティフィが箱に、合成樹脂の腕を伸ばす。
「依頼通りに作ってくれたんだろ?
今日はそれを持ってきたんだよな。」
「注文の多い依頼主よね。」
ギャビーが口を挟んだので、
クロエは率直に頷いてしまった。
「依頼通りのデザインでよろしければ…。」
護衛のヒューマノイドが運び入れた箱が、
クロエの指示で開けられていく。
ティフィという対象を目の当たりにして、
クロエは箱の中身に自信があった。
「どんなデザインにしたの?」
「犬。」と、依頼主のアルマが言う。
『犬? ぼくって犬なの?』
箱に入っていたロボットは、
セーラー服を着た大きな犬だった。
▶ つづく

クロエにとってよくあることだった。
警備会社にも採用される
屈強な護衛のヒューマノイドを
2体も引き連れた16歳の少女が、
玄関前に立って深く息を吐いた。
犬小屋ほどある箱を
運搬ロボットに詰んで運ばせている。
初対面の依頼主に、
クロエは直接納品することも多い。
今日訪れた場所は
彼女にとっては特別で、
手に汗が滲んで緊張を自覚した。
難しい依頼主だった。
一度は訪問での組み立てを断られ、
今回は品物に大幅な修正を求められた。
報酬は充分なほど貰っていたけれど、
箱の中身に対する自信が
金額とは対照的に薄れていた。
クロエも幼少から知る若手の女優で、
子役の頃から多くの作品に触れてきた。
親に連れられて観劇した
主演の舞台に感銘を受け、
彼女の活動を追った時期もあった。
マスメディアへの露出が少ない為に、
彼女の神秘性が作品に話題性を生んだ。
クロエはドアベルを鳴らす。
自分のヒューマノイドに
興味と拘りを示した女優、
『ザ・ココ』の邸宅を訪問する機会に
クロエは高揚を抑えられなかった。
「いらっしゃい。
あなたがクロエね。」
クロエは自分を出迎えた女優の
自然体の私服姿に見惚れて声が出ず、
マスクの奥で口を開いたまま頷いた。
口から心臓が飛び出ていたのかもしれない。
『どうぞ。上がって。』
中型ロボットに呼びかけられて、
クロエは心臓を元に戻した。
背の高い依頼主の隣に立つのは、
筐体に手足を生やした不格好なロボットで、
クロエは眉を顰めてしまった。
自立二足歩行で人間に応対するロボットは、
いまどき珍しくはない。
自分の送った製品ではなく、
何世代も前の箱型ロボット。
4歳差しかない若い女優が、
他所のロボットと同棲していることに、
クロエは酷く動揺を見せた。
「は、はじめまして。クロエです。」
「あなたはこれを作った、
有名なヒューマノイドデザイナー
なんですってね。」
『それはあっち。』ロボットから別の声。
「これ、私の…。」
クロエがデザインしたヒューマノイドは、
玄関の置物になっている。
クロエの感情は、半ば嫉妬だった。
「あなたの説明書を読んで、
組み立ててみたんだけど、
これはイメージと違うらしくてね。」
依頼主の言葉の端々に
気になる部分を感じながら、
クロエは彼女の意見を汲み取る。
「…メールで伺いました。
確かに私が送ったこの汎用デザインでは、
生活空間に馴染み難いと思います。」
依頼主の住むこの邸宅は、
実力派の若手女優という名声のイメージとは
遠く離れた質素な生活空間だった。
『ギャビーが貨幣金属みたいな家に住めば、
メタリックなデザインも馴染むかもね。』
「…ギャビー?
ココ様はこのロボットに
そう呼ばせているのですか?」
「『ザ・ココ』はアル――
従姉妹が付けた役者名よ。
本名はガブリエル、だからギャビー。
あなたもわたしの家の中では、
ギャビーって呼んでいいわよ。
それからこの子はティフィ。
中身はロボットではないみたい。」
「ロボット、ですよね?」
人型ではない筐体は、
明らかに合成樹脂で出来ている。
サーボモータが関節を動かし、
人工知能で表情パターンを表示する
液晶画面まで前面に付いている。
『ぼくはギャビーの従姉妹の――
アルのイマジナリーフレンドだよ。
で、アルがあの子。』
「なんであたしがこんな格好。」
制服――映像でしか見たことのない、
どこかの国の学生服を着た少女が、
部屋の隅に立っている。
「あれがわたしの従姉妹のアルマ。
アルはひと見知りの強い子だから、
噛まれないように気を付けてね。」
「噛むわけないだろ。
犬じゃないんだから。」
制服を着させられて背を丸めたアルマ。
冗談でも噛みつかれそうな勢いに、
クロエは視線を逸らして萎縮する。
ゲストのクロエを気遣って、
ギャビーは彼女の椅子を引いた。
『ぼくの身体が欲しいんだって。』
「身体? 操縦する為のロボットですか?」
「遠隔操作じゃないぞ。」
アルマに否定されて、
クロエはギャビーの顔を見て訊ねた。
「あ、あなたに依頼したのはアルね。
この子ってばメールで
わたしの名義を勝手に使ってたのよ。」
『だからアルは叱られて、
あの服を着させられたんだよ。』
「まだ問題は起こしてないだろ…。」
名義を利用されたギャビーからすれば、
アルマとの認知の違いでしかない。
「ロボットを組み立てたのは
わたしでしょ。」
「あたしも少しは手伝ったし。」
「少しね。」ギャビーが同意し、強調する。
『アル、これってぼくの身体?』
ティフィが箱に、合成樹脂の腕を伸ばす。
「依頼通りに作ってくれたんだろ?
今日はそれを持ってきたんだよな。」
「注文の多い依頼主よね。」
ギャビーが口を挟んだので、
クロエは率直に頷いてしまった。
「依頼通りのデザインでよろしければ…。」
護衛のヒューマノイドが運び入れた箱が、
クロエの指示で開けられていく。
ティフィという対象を目の当たりにして、
クロエは箱の中身に自信があった。
「どんなデザインにしたの?」
「犬。」と、依頼主のアルマが言う。
『犬? ぼくって犬なの?』
箱に入っていたロボットは、
セーラー服を着た大きな犬だった。
▶ つづく




