アルマは寝かせていた生地を
ボウルから取り出すと、
棒状に伸ばして切り分ける。
飴玉のような形の粒にした生地は、
麺棒で潰して直径10cmほどの円状に伸ばす。
生地の中心側《がわ》は厚めに、外側は薄くし、
まな板にまぶした強力粉を手で撫で、
『皮』同士の接着やそれに伴う破れを防ぐ。
『アル、混ざったよ。これでいい?』
アルマの隣に立つティフィが呼びかけた。
挽肉と刻んで水気を絞ったキャベツに、
調味料を適度に加えたものを、
キッチンで台の上に立つ
ティフィに混ぜさせた。
アルマは混ぜた挽肉をスプーンで掬い、
材料が塊になっていないか
『タネ』を確認する。
ビニール袋で包んだティフィの犬の手は、
人間の手ほど器用ではないけれど、
人間の手のように熱を発さないので、
挽肉を混ぜるのに適していた。
「もう包んでいいよね?」
アルマが許可を出すよりも先に、
ギャビーが挽肉を混ぜたボウルを
ダイニングテーブルに運んでしまう。
ギャビーはゴム手袋をして、
アルマが用意した何枚もの皮と、
ティフィが混ぜたタネをテーブルに置く。
彼女は手のひらに生地を1枚乗せ、
小皿の水に指先を浸けてから
外側を半円だけなぞって濡らす。
タネをスプーンで掬って皮の中心に落とし、
皮を半分に折ってタネを包んだ。
水で濡らした縁を摘むと、
慣れた手つきで均等な折り襞を作っていく。
ギャビーの手の中で生の餃子が出来上がり、
目の前で見ていたクロエが、
指先の器用さに感嘆の息を漏らす。
『ぼくもあれ、やってみていい?』
「いいよ。行っといで。
失敗したらギャビーに直して貰いな。」
ティフィは手の袋についた挽肉の脂を、
キッチンペーパーで拭き取って
ダイニングテーブルに移動する。
クロエが改良したティフィの手でも、
折り襞を作るには手の習熟が足りない。
ギャビーの隣に座って動きを真似する
ザ・ココのヒューマノイド、ココ様でも
彼女ほど上手には包めない。
ギャビーは三日月型の餃子以外に、
折り襞を作らない半月型の餃子や、
三角や四角に折りたたんで見せて、
まずは簡単な包み方を教えていった。
彼女は星型や小籠包のような
変わった包み方も並べて、
ティフィたちを楽しませる。
その間にアルマは生地を伸ばし、
打ち粉を振り、皮を積み重ねる。
餃子用の小さな麺棒は、
ギャビーがアルマの為、
ひいては自分の為に、
こだわって買った物だった。
「私にも手伝えることはありますか?」
クロエがキッチンに立って訊ねてきた。
生地から皮を作り終えたアルマは、
ダイニングの様子を見てから目を伏せる。
「…焼いてみる?」
「はい。」
フライパンに油を敷き、
ギャビーの包んだ三日月型の餃子を、
渦状に並べて底を埋め尽くす。
「悪いね。」と、アルマが詫びる。
「嬉しいですよ。手伝えて。」
餃子が熱せられるとフライパンに水を加え、
蓋をしてから火を弱めて蒸していく。
「前に、偽名を使ったこと。」
アルマは過去の行いを謝りながら、
餃子のタレを用意して、鍋に火を入れ、
スープの支度をする。
「感謝するのは私の方ですよ。
敬っているココ様…ギャビーに
こうして受け入れて頂けたのも、
アルのおかげなんですから。」
「ギャビーは表に出ないだけで、
人間が嫌いなわけじゃないんだよ。
あたしみたい爪弾き者でも、
許容するから将来は心配だけどな。」
アルマが自虐して笑ってみせる。
「そんなことありませんよ。」
クロエが否定しても、
すぐにアルマに指をさされる。
「もう焼けてる。」
「はい。」
蓋を外すと中の蒸気が
換気扇に吸い込まれ、少し溢れた。
クロエはフライ返しを差し込み、
焦げ目を確認しながら皿に並べる。
フライ返しによって何粒かの皮が破れ、
中のタネが皿に散乱していた。
「すみません。」
「失敗したって良いんだよ。
ギャビーが何個でも包むから、
何回でも試せるぞ。」
ココ様ヒューマノイドが、
餃子を並べたバットを
キッチンまで持ってくる。
アルマは鍋の火を止め、
スープに入れた溶き卵を混ぜていく。
まだ熱いフライパンに油を敷き直し、
クロエは油跳ねを恐れながら餃子を並べる。
変わった形が多く、大きさも違うので、
並べ方も工夫を要した。
「私が家に居たところで
家事はすべて家政婦が行いますし、
こんな体験はできませんでした。」
向けられたクロエの笑顔を、
アルマは直視できない。
「それなのに報酬まで頂いてしまって。」
「あぁ、あの100万は、
クロの家族の会社の金だから。
払ってないも同然だ。」
「私の?」
「告発しても構わないぞ。
証拠はもうどこにもないけどな。
なんか、裏切るようで悪いね。」
クロエは首を横に振った。
「そんなことで憤ったり、
これからのアルを疑ったりは
しませんよ。」
「アルに期待してないから?」
キッチンにやってきたギャビーが
会話に挟まる。
「違いますよ。」
「うまい!」
ギャビーは焼き上がった餃子にタレを付け、
摘み食いを始めた。
「ギャビー。」
アルマが強く言って、
彼女をキッチンから追い出す。
クロエはガラスの蓋を見ながら
中の音に耳を澄ませて、事情を話した。
「エゼル社はいまは叔父の会社ですから。
会長の孫、副社長の娘であっても、
会社と深い関係ではありませんね。」
クロエは蓋を外して、
フライ返しで餃子を剥がし取る。
変わった形の餃子が皿に並んだけれど、
崩れたものはなかった。
「いまの私は、
ヒューマノイドデザイナーの
クロエですから。
私の家や会社に関係なく、
アルたちとお友達になれたことを
感謝しています。」
向けられた笑顔に、
アルマはクロエの目を見て小さく頷いた。
▶ つづく

ボウルから取り出すと、
棒状に伸ばして切り分ける。
飴玉のような形の粒にした生地は、
麺棒で潰して直径10cmほどの円状に伸ばす。
生地の中心側《がわ》は厚めに、外側は薄くし、
まな板にまぶした強力粉を手で撫で、
『皮』同士の接着やそれに伴う破れを防ぐ。
『アル、混ざったよ。これでいい?』
アルマの隣に立つティフィが呼びかけた。
挽肉と刻んで水気を絞ったキャベツに、
調味料を適度に加えたものを、
キッチンで台の上に立つ
ティフィに混ぜさせた。
アルマは混ぜた挽肉をスプーンで掬い、
材料が塊になっていないか
『タネ』を確認する。
ビニール袋で包んだティフィの犬の手は、
人間の手ほど器用ではないけれど、
人間の手のように熱を発さないので、
挽肉を混ぜるのに適していた。
「もう包んでいいよね?」
アルマが許可を出すよりも先に、
ギャビーが挽肉を混ぜたボウルを
ダイニングテーブルに運んでしまう。
ギャビーはゴム手袋をして、
アルマが用意した何枚もの皮と、
ティフィが混ぜたタネをテーブルに置く。
彼女は手のひらに生地を1枚乗せ、
小皿の水に指先を浸けてから
外側を半円だけなぞって濡らす。
タネをスプーンで掬って皮の中心に落とし、
皮を半分に折ってタネを包んだ。
水で濡らした縁を摘むと、
慣れた手つきで均等な折り襞を作っていく。
ギャビーの手の中で生の餃子が出来上がり、
目の前で見ていたクロエが、
指先の器用さに感嘆の息を漏らす。
『ぼくもあれ、やってみていい?』
「いいよ。行っといで。
失敗したらギャビーに直して貰いな。」
ティフィは手の袋についた挽肉の脂を、
キッチンペーパーで拭き取って
ダイニングテーブルに移動する。
クロエが改良したティフィの手でも、
折り襞を作るには手の習熟が足りない。
ギャビーの隣に座って動きを真似する
ザ・ココのヒューマノイド、ココ様でも
彼女ほど上手には包めない。
ギャビーは三日月型の餃子以外に、
折り襞を作らない半月型の餃子や、
三角や四角に折りたたんで見せて、
まずは簡単な包み方を教えていった。
彼女は星型や小籠包のような
変わった包み方も並べて、
ティフィたちを楽しませる。
その間にアルマは生地を伸ばし、
打ち粉を振り、皮を積み重ねる。
餃子用の小さな麺棒は、
ギャビーがアルマの為、
ひいては自分の為に、
こだわって買った物だった。
「私にも手伝えることはありますか?」
クロエがキッチンに立って訊ねてきた。
生地から皮を作り終えたアルマは、
ダイニングの様子を見てから目を伏せる。
「…焼いてみる?」
「はい。」
フライパンに油を敷き、
ギャビーの包んだ三日月型の餃子を、
渦状に並べて底を埋め尽くす。
「悪いね。」と、アルマが詫びる。
「嬉しいですよ。手伝えて。」
餃子が熱せられるとフライパンに水を加え、
蓋をしてから火を弱めて蒸していく。
「前に、偽名を使ったこと。」
アルマは過去の行いを謝りながら、
餃子のタレを用意して、鍋に火を入れ、
スープの支度をする。
「感謝するのは私の方ですよ。
敬っているココ様…ギャビーに
こうして受け入れて頂けたのも、
アルのおかげなんですから。」
「ギャビーは表に出ないだけで、
人間が嫌いなわけじゃないんだよ。
あたしみたい爪弾き者でも、
許容するから将来は心配だけどな。」
アルマが自虐して笑ってみせる。
「そんなことありませんよ。」
クロエが否定しても、
すぐにアルマに指をさされる。
「もう焼けてる。」
「はい。」
蓋を外すと中の蒸気が
換気扇に吸い込まれ、少し溢れた。
クロエはフライ返しを差し込み、
焦げ目を確認しながら皿に並べる。
フライ返しによって何粒かの皮が破れ、
中のタネが皿に散乱していた。
「すみません。」
「失敗したって良いんだよ。
ギャビーが何個でも包むから、
何回でも試せるぞ。」
ココ様ヒューマノイドが、
餃子を並べたバットを
キッチンまで持ってくる。
アルマは鍋の火を止め、
スープに入れた溶き卵を混ぜていく。
まだ熱いフライパンに油を敷き直し、
クロエは油跳ねを恐れながら餃子を並べる。
変わった形が多く、大きさも違うので、
並べ方も工夫を要した。
「私が家に居たところで
家事はすべて家政婦が行いますし、
こんな体験はできませんでした。」
向けられたクロエの笑顔を、
アルマは直視できない。
「それなのに報酬まで頂いてしまって。」
「あぁ、あの100万は、
クロの家族の会社の金だから。
払ってないも同然だ。」
「私の?」
「告発しても構わないぞ。
証拠はもうどこにもないけどな。
なんか、裏切るようで悪いね。」
クロエは首を横に振った。
「そんなことで憤ったり、
これからのアルを疑ったりは
しませんよ。」
「アルに期待してないから?」
キッチンにやってきたギャビーが
会話に挟まる。
「違いますよ。」
「うまい!」
ギャビーは焼き上がった餃子にタレを付け、
摘み食いを始めた。
「ギャビー。」
アルマが強く言って、
彼女をキッチンから追い出す。
クロエはガラスの蓋を見ながら
中の音に耳を澄ませて、事情を話した。
「エゼル社はいまは叔父の会社ですから。
会長の孫、副社長の娘であっても、
会社と深い関係ではありませんね。」
クロエは蓋を外して、
フライ返しで餃子を剥がし取る。
変わった形の餃子が皿に並んだけれど、
崩れたものはなかった。
「いまの私は、
ヒューマノイドデザイナーの
クロエですから。
私の家や会社に関係なく、
アルたちとお友達になれたことを
感謝しています。」
向けられた笑顔に、
アルマはクロエの目を見て小さく頷いた。
▶ つづく




