ふたりのフツウ


 会場に着くと、想像以上の賑わいだった。

 様々な屋台が並び、美味しそうな匂いが漂っている。焼きそば、たこ焼き、クレープ、ケバブ。フリーマーケットのブースも多く、古着や雑貨、ハンドメイド作品などが所狭しと並んでいた。週末の昼下がりということもあり、カップルや家族連れ、友達同士のグループなど、様々な人々が行き交っている。

「すごい人だね」

 和哉が左の手のひらを垂直にして眉の上に置き、周囲を見回しながら「わー」と声を漏らす。その仕草がまるで子供のようで、湊は思わず頬が緩みそうになるのを堪えた。

「はい……本当にすごい人ですね」

 そして、湊はふと自身の左手を見た。

 そこには、和哉の右手が繋がれたままだった。カフェから歩いてきて、会場に着いても、まだ繋がれたまま。温かい感触が、湊の手のひらに伝わってくる。

「あの、先輩」

「ん?」

 和哉が湊の方を振り向く。眼鏡の奥の青い瞳が、柔らかく湊を見つめた。

「その、手……」

 湊が視線を落として、繋がれた手を示す。

 和哉の右手はなおも湊の左手に繋がれている。

「ああ、ごめん。でも人多いし、はぐれたら良くないから、しばらくこのままでいい?」

 和哉が屈託なく笑う。まるで友達同士で手を繋ぐことが当たり前であるかのような、自然な笑顔だった。

「え」

「ダメかな?」

「い、いえ!」

 湊は慌てて首を横に振った。ダメなわけがない。むしろ、このまま一日中繋いでいたいくらいだ。顔が熱いままだったが、もう気にしないことにした。

(あんな顔ずるい……)

 自然体で笑う和哉の表情を見ていると、湊の心臓は早鐘を打ち続ける。

「何食べよっか?」

「先輩が食べたいものでいいです」

「うーん……じゃあ、たこ焼き!」

 和哉が目を輝かせる。本当に子供みたいだ、と湊は思った。でもそんな先輩も可愛い。
いや、そんな先輩だからこそ可愛い。

 普段は茶道部の部長として凛とした姿を見せる和哉が、こんな風に無邪気に喜ぶ姿を見られるなんて、湊は自分が特別な存在なのではないかと錯覚しそうになる。

 たこ焼きの屋台に並ぶ。金曜の夕方ということもあり、列は結構長かった。でも、和哉と並んでいる時間さえ、湊には愛おしく感じられた。

 順番が来て、和哉が注文する。

「二つください」

「ここ、俺が出します」

 湊が慌てて財布を取り出す。今日は和哉に奢りたかった。いつも優しくしてくれる先輩に、少しでも恩返しがしたかった。

「いいよ、僕が――」

「い、いえ!俺が奢ります!」

 湊は強引に会計を済ませた。五千円の使いどころだ。ここで使わなくどこで使う

「ありがとう、湊」

 和哉が嬉しそうに笑う。その笑顔を見られて、湊も嬉しくなった。お金なんてどうでもいい。和哉のこの笑顔が見られるなら、いくらでも出せる。

 熱々のたこ焼きを受け取って、二人は食べ歩きをする。繋いだ手は離されないまま、和哉が右手で器用にたこ焼きを食べている。

「はっふっ、はふっ」

 和哉が口の中で転がしながら言う。熱いのを我慢しているのか、目を細めている。

「せ、先輩、大丈夫ですか? 熱くないですか?」

「大丈夫、美味しい」

 和哉が幸せそうに笑う。

 たこ焼きを頬張る姿が、とても愛おしい。
少し口の端にソースが付いているのも、可愛らしい。

 (先輩、可愛いな)

 そう思った瞬間、和哉の体が大きく傾いた。
足を柱に引っかけたのだ。

「わっ!」

「先輩!」

 湊が咄嗟に手を伸ばすが、間に合わなかった。和哉がバランスを崩して――たこ焼きのパックが宙を舞った。

「あ……」

 和哉のたこ焼きが、地面に散らばる。ソースがアスファルトに飛び散り、たこ焼きが転がっていく。

「すみません……」

 和哉が申し訳なさそうに言う。その表情には、明らかな落胆の色が浮かんでいた。

「大丈夫ですか? 怪我は?」

「うん、大丈夫。でも、たこ焼き……」

 和哉が残念そうに地面を見る。楽しみにしていたのに、という気持ちが表情からありありと伝わってくる。

「今、また買ってきます!」

「いいよ、もう――」

「すぐ戻ります!」

 湊は和哉を残して、たこ焼き屋台へ走った。

 再び並んで、たこ焼きを購入する。
さっきよりも列が長くなっていて、少し時間がかかった。戻ってくると、和哉がベンチに座って、ぼんやりと人の流れを眺めていた。

「はい」

 湊が息を切らしながら、たこ焼きを差し出す。

「ありがとう」

 和哉が受け取って、美味しそうに食べ始める。先ほどよりもゆっくりと、大切に味わうように。

「湊は優しいね」

 和哉がぽつりと呟いた。その言葉に、湊の胸が熱くなる。

「そんなこと……」

 照れくさくて、湊は視線を逸らした。でも、嬉しかった。和哉に優しいと思ってもらえたことが、何よりも嬉しかった。

 その後も二人は会場を歩き回った。クレープを食べて(これも湊が無理矢理奢った)、フリマで古本や古着を見て、ハンドメイドのアクセサリーを眺めた。手は繋がれたまま。もう湊は、この手を離したくないと思っていた。

「お、このゲームのカセットなっかしー」

 二人でぶらぶらとしていると、湊はあるテントの商品に目を止める。一昔前のゲームを集めたブースで、懐かしいゲームのパッケージが並んでいた。

「ああ、モノノケキャッチ、僕もやってたよ。確か、天狗隊バージョンだったかな」

 和哉が懐かしそうに目を細める。

「俺、鬼軍でした」

「あれって、バージョンによって微妙にゲットできるキャラが違ったんだよね。交換でキャラが進化したりしてた記憶」

「ですです。俺、妹と別々のバージョンだったんで、交換してしてーってめっちゃおねだりされました」

 湊が笑いながら言う。妹のことを思い出して、少し表情が和らいだ。

「微笑ましいねぇ。うちは弟がいたけど、そんなことなかったなぁ。友達と先に全クリしてた」

 和哉が少し寂しそうに笑う。その表情に、湊は何かを感じ取った。和哉の家族のことは、あまり詳しく知らない。

「そういえば、先輩弟いたんですっけ?」

「うん、三つ下で今中三だよ」

「マジっすか! うちの妹も中三です。弟さん何組っすか。妹は確か3-4だったはず……」

「あー、うーんと、どーだったかなぁ? 忘れちゃった」

 和哉が首を傾げる。その仕草が、また可愛らしい。でも、同時に湊は少しだけ彼の様子に違和感を覚えた。

 でも、今日はそんなことを考えるのはやめよう。今は、和哉との時間を楽しむことだけを考えたい。

*****

「これ、可愛いね」

 和哉がブレスレットを手に取る。シンプルな革紐に、小さなビーズが付いたものだった。茶色の革に、緑色のビーズが映えている。

「似合いそうですね」

 湊が言うと、和哉が嬉しそうに笑った。

「買おうかな」

 和哉が財布を取り出そうとした瞬間――。

「あっ」

 和哉が何かにつまずいた。

 地面に置かれていた段ボール箱に、また足を引っかけてしまったようだ。そして、バランスを崩して、湊の方へ倒れ込んできた。

「うわっ!」

 二人とも、地面に倒れ込む。幸い、芝生のエリアだったので、怪我はなかった。でも、湊は和哉の体重を受け止めて、背中を地面に打ち付けてしまった。

「ごめん、大丈夫?」

 和哉が湊の上から心配そうに覗き込む。

「だ、大丈夫です……」

 湊は顔を真っ赤にした。和哉の顔が近い。

 眼鏡越しに見える青い瞳が、すぐそこにある。吐息が感じられるほど、近い。和哉の体温が、湊の体に伝わってくる。心臓が、今にも飛び出しそうなくらいに鼓動している。

「良かった」

 和哉が安心したように笑う。

 そして、ゆっくり立ち上がった。湊はどこか名残惜しさを感じながらも、立ち上がるのを手伝った。

「先輩、本当に大丈夫ですか? どこか痛くないですか?」

「うん。久我がクッションになってくれたから」

 和哉が屈託なく笑う。

「……それ、俺の方が痛いんですけど」

 湊が少し不満そうに言うと、和哉の表情が一変した。

「ご、ごめん!」

 和哉が慌てて謝る。その慌てぶりが可愛くて、湊は笑ってしまった。

「冗談です。先輩が無事なら」

「………そっか」

 二人は顔を見合わせて笑った。

 和哉の笑顔を見ていると、湊は幸せな気持ちになる。こんな風に、和哉と一緒に笑い合える時間が、湊にとっては何よりも大切だった。