皇弟の”運命”

「そういえば、この前、読みたい本があると言っていただろう?」
 
 図書館にもある本だが、いつも誰かに借りられている人気の本だ。
 それが公爵邸の図書室にあったから持ってきたのだ。
 
「これ、しばらく貸すよ」
「え!? いいんですか!?」
 
 リアムの瞳がキラキラと輝いた。非常に可愛い。
 
「皇弟殿下は……」
「リアム?」
「あ……ルーカス様は、この本はお読みになりましたか?」
「もちろん、読んだことあるよ」
 
 リアムは本の表紙を見つめてワクワクとしている。
 本当はすぐにでも本が読みたいのだろう。
 そんな様子に俺は少し笑ってしまった。
 
「ここで読んでいくかい?」
 
 リアムの顔が輝く。
 
「いいんですか!?」
「もちろん。この作者の人、ちょっと説明下手なところもあるし、わかりにくいところは聞いて」
「ありがとうございます!」
 
 リアムは嬉しそうに本の表紙をめくり、読み始めた。その集中力は素晴らしいものだった。
 俺が皇弟であることを気にしていたはずなのだが、本の世界に入ってしまえば、そんなことはもう気にならないようだった。
 
 俺の存在を忘れられるのも寂しいから、わからないところがあったら聞いてなんて言ったけれど、リアムは黙々と読んでいた。
 おそらく、表紙を開いた次の瞬間には俺のことなど忘れていただろう。悲しい。
 
「ルーカス、そろそろ帰らないと……」
「何してるんだ?」
 
 研究室の扉を開けたマティスとアズベルトは本に集中しているリアムと、寂しいと思いながらもそんなリアムを見つめている俺を見て怪訝な表情となった。
 
「以前、リアムが読みたいと言っていた本を持ってきただろう?」
「それを渡したら、こうなったのか?」
「ああ」
「信じられない、ルーカスは一応、皇弟なのに……」
「一応とはなんだ?」
「しかも、俺たちが戻ってきたことにも気づいてないな」
「すごい集中力だな」
 
「リアム」と声をかけてみたが、その程度ではリアムが本から顔を上げることはなかった。
 
「リアム! そろそろ、寮の門限じゃないか?」
 
 マティスがそう言って強めに肩を揺らして、やっとリアムは本から視線を上げた。
 本から視線を上げたリアムは窓の外が夕暮れになっていることに気づいたようで、ハッとその表情を変えて椅子から立ち上がった。
 本はしっかりと胸に抱えている。
 
「もう帰らないと! 失礼します!!」
 
 リアムは慌てて研究室を出ていく。
 そんなリアムの姿を呆然と眺めていた俺たちはふっと笑った。
 
「あれじゃ、図書館に閉じ込められるわけだ」

 アズベルトの言葉に俺もマティスも賛同した。
 次の瞬間、一度閉まった扉が再び開いた。
 
「ルーカス様、本、ありがとうございました!」
 
 そうリアムはぺこりと頭を下げて、また走っていく。
 
「読書に集中して皇弟を放置するのは驚きだが、悪い子ではなさそうだ」

 マティスの言葉に、俺は閉められた扉を見つめて言った。
 
「俺の運命だぞ? 良い子に決まっている」
 
「まだ二回しか会っていないし、その上、今回も前回もリアムとはほとんど話せていないだろう? それなのに、すっかり惚れ込んでいるように見える」

 アズベルトの言葉に俺は考える。
 確かに、まだリアムとは会って間もないのに、どうしてこんなに気になるのだろう。

「そうだな……魔法の才能も魅力的だし、あの知識欲も好感が持てる。そして、何よりも可愛い。顔だけでなく、性格も仕草も」
 
 俺の言葉に二人はポカンっと俺を見て、それから声を出して笑った。
 
「まさか氷の貴公子と言われたルーカスがこんなに情熱的だったとはな!」
 
 氷の貴公子、それはどんな女性からの誘いも断り、同性の学友たちとも異性の話を一切しなかった俺につけられた呼び名である。
 俺は皇弟だから、当然、俺に直接その呼び名で声をかける者はいなかったけれど、影ではよく呼ばれていたようだ。
 
「またすぐに会えればいいのだが……」
 
 次に会えるのはいつになるだろうか?
 
「いっそのこと、リアムを攫うか?」
 
 アズベルトが冗談半分でそんなことを言った。
 
「それは無理だろう」と、マティスが笑う。
 しかし、俺は考える。
 
 リアムを攫って公爵邸に住まわせるのも良い案だが、知識欲旺盛なリアムはきっとホクマカム魔導学園から離れたいとは思わないだろう。
 俺だって皇弟という責任がなければ、ずっとホクマカム魔導学園にいたいくらいだ。

「……」

 それならば、公爵邸とホクマカム魔導学園を繋げてしまえば良いのではないだろうか?
 
「マティス! アズベルト! 久々に研究をしよう!」
 
 それからの日々は、仕事だけに追われていた日々よりもさらに忙しくなった。