彼の使っていた水球は確かに魔法のただの水の球でしかなかった。
術式を必要とする魔術ではない。
だから、動かし方も初歩の簡単なものだ。
それなのに、あんな風に、魔術師を返り討ちにしてしまうなんて。
対戦相手の水球の中の火柱を消したことを確認してから、リアムは水球を解除した。
次の瞬間、魔術師が巨大な水球を生み出して、リアムを狙う。
今度は自分がリアムを水球に閉じ込めようと思ったようだ。
しかし、向かってきた水球に怯むこともなく、リアルは自分の杖の先を水球にこともなげに突っ込んだ。
そして、次の瞬間、水球は豪速球となって、魔術師に当たって魔術師を吹き飛ばした。
魔術師は気絶し、水球は飛散した。
「あ〜あ、あいつ本当に馬鹿だな」
「しかし、一瞬にして、相手の魔法を横取りしたぞ。あんなこと、できるのか?」
そう。リアムがしたことは、杖と水球を接触させて、相手が魔術で操っていたものを自分の魔力で横取りしたのだ。
「時間をかければ、魔術師ならばできるだろうが……本当に、一瞬だったな」
リアム・クォーツ。彼は正真正銘の天才なのかもしれない。
「えっと……皇弟殿下が、僕に何か御用でしょうか?」
学園に通っていた頃に使っていた俺専用の研究室は休学中の間もそのまま残しておいてもらうようにお願いしていたので、今でも俺の魔力に反応して扉が開き、部屋はきちんと使えるようになっていた。
そんな部屋で、リアムと対面した。
俺としては先ほどの闘技場にすぐに降りて、彼と話したかったのだが、あそこは人目が多すぎた。
公爵領にいるはずの俺がこの学園にいることは秘密だ。
だから、闘技場で彼に声をかけるわけにはいかなかった。
俺は久しぶりの自分の研究室を懐かしむこともなく、マティスがリアムを連れてきてくれるのをひたすらに待つしかなかった。
待っている間も、彼への興味が薄れることも、気持ちが落ち着くこともなかった。
そして、目の前に座り、動揺した様子の彼に俺はできるだけ落ち着いた様子で微笑んだ。
「そう畏まらないでほしい。俺はただ、先ほどの対戦を見て、君に強く惹かれただけなんだ」
「惹かれた……?」とリアムは困惑したようだ。
「ルーカス、言葉が情熱的すぎる」
「可愛い後輩を困らせるなよ」
マティスとアズベルトにそう注意……というか、揶揄われた。
「すまない。困らせるつもりはなかったのだが」
「つまり、ルーカスは君の魔法に興味を持ったんだ」
「魔法使いが魔術師をああも鮮やかに倒すというのはなかなかないからな」
マティスとアズベルトの言葉に、リアムは「ああ、僕の魔法に興味を持たれたのですね」と少し息をついた。
そして、彼は小声で呟いた。
「僕自身に興味をお持ちなのかと、少し驚いてしまいました」
ふっと口元を緩めて微笑んだその表情に一瞬見惚れてしまい、俺は彼の言葉に肯定も否定も返せなかった。
「さっきの対戦、魔術師の火がただの水の魔法では消えないことを知っていたんだよな?」
アズベルトの質問に、リアムは「はい」と頷いた。
「それでは、やはり、君はこの学園に来る前から魔術の勉強をしていたのか?」
「家に大量の魔術書があるという噂は本当か?」
そんな立て続けの質問には彼は首を横に振った。
「みんなが俺を他国の名のある上級貴族だろうと噂しているのは知っていますが、俺はここまでの旅費を捻出するのが精一杯の子爵の出です。快く学園への入学を許可してくれた両親には感謝していますが、家に魔術書は一冊もありませんでした」
「それじゃ、魔術のことはどこで?」
「この学園に来てから一生懸命本を読みました。読むことに夢中になりすぎて、気づいたら、図書館が閉まって閉じ込められていたことも何度もあります」
そんなリアムの話を聞いて、マティスとアズベルトが声を揃えて言った。
「「図書館の亡霊ってお前か!!」」
「そんな噂もありましたね」とリアムが笑う。
俺もリアムと話したいのに、彼の笑顔を見るたびに鼓動が早まってどうにも声が出ない。
一体、自分の心臓や喉はどうなってしまったのだろうか?
「すみません。僕、そろそろ寮に帰らないと」
「そうだな。もうそんな時間か」
アズベルトは窓の外を見て、マティスは時計を見た。
「失礼します」とリアムが部屋を出た後、アズベルトとマティスがこちらを見た。
「ルーカス? リアムと全然話してなかったけど? どうしたんだ?」
「会ってみたら、思っていたのと違ってがっかりしたのか? 俺はかなり面白いやつだと思ったけど?」
親友二人に聞かれて、俺は自分の陥った状況を正直に話した。
「リアムの笑顔に見惚れて言葉が出なかった?」
「何か言おうとしても、口が渇いて声が出せなかった?」
二人は驚いた表情で俺を見ていたが、次第にその表情がニマニマと崩れてきた。
「それってつまり、やっと出会えたってことじゃないか?」
「だよな? ずっと待っていた人が、リアムだったってことだろ?」
「どういうことだ?」
「「ルーカスの”運命”!」」
二人の言葉に、俺の心臓は跳ねた。
本当だ。確かに、その言葉こそが、リアムにぴったり当てはまるような気がした。
「ど、どうしょう……もっと話せばよかった!」
公爵邸に戻ればまた仕事に追われる毎日が待っているのだ。
今度はいつリアムに会うことができるのかわからない。
それなのに、俺はろくにリアムと話すこともできなかった……
「これから、リアムの寮で逢瀬を……」
当然、マティスとアズベルトに止められた。


