皇弟の”運命”


 リアムの言葉に俺は愕然とする。
 
 まさか、リアムは俺のことが好きじゃないのだろうか?
 いや、好きだと言ってくれたはずだから、もう飽きたとか?
 もしくは、実の父親に対しても容赦のない俺の姿に嫌悪したのだろうか?
 
 どういうわけか、俺たちの仲を邪魔しようとしていた父上や叔父上までも愕然とリアムを見ている。
 
「そなた、我が息子に不満があるのか!?」
「ルーカスほどの優良物件は他にいないぞ!?」
 
 なぜか二人は俺を売り込むようなことを言う。
 そもそも、叔父上と父上が俺たちの邪魔をしなければ、俺がこのように強硬な態度を取る必要もなく、リアムにこんな姿を見せることもなかったというのに……

 微妙な空気になっている俺たちの間に、「運命とは……」と、リアムの声が響いた。

「人の意思や力を超越した定められたものとされていますよね? でも、僕はルーカス様に一目惚れしたのです」
 
 想定していなかった言葉に俺は思わず「え?」と聞き返す。
 父上と叔父上もリアムの言葉の意味がわからなかったようで、神妙な顔をしている。
 
「僕が一目惚れして、ルーカス様のことを好きだと認識して、この先も好きでいると決めたことなので、運命とかいう目に見えない何か外部圧力があったわけではありません」
 
 リアムの瞳はいつものようにキラキラと純粋そのものだ。
 
「僕は、僕の意思で、ルーカス様のことが好きなのです」
「リアム……」
 
 俺は思わず天を仰いで、神に感謝した。
 
 とんでもない告白だった。
 これまでもリアムから好意を感じていたし、「好き」だと言葉にもしてもらった。
 しかし、俺はそれを運命だから当然のことだと受け入れていたように思う。
 
 でも、運命だから当然なんてことはないのだ。
 俺への好意は、運命だからではなく、リアムの意思あってのものだ。
 
 俺だって、リアムのことを俺の意思で好きになっているし、この先も手放したくないと思っているのだ。
 
 そうか……「運命だから」なんていう、そんな決められたものではないのだ。
 
 リアムも俺に会った時から好きだったということは初耳だった。
 お互いに一目惚れして、お互いに、この先も好きでいたいのだ。
 
 それは、奇跡なのかもしれない。
 今日ほど幸せな日はないんじゃないかと思うほど幸せだ!
 
「ここまでのルーカス様と前皇帝、それから、公爵様のお話を聞く限り、ルーカス様と僕が出会うとよくないことが起こると思われていたのでしょうか?」
 
 リアムが小首を傾げる。
 そうだった。
 リアムには魔神くん制作に協力してもらっていたが、なぜそのような武力を用意していたのかも話していなければ、父上たちがルクシア国王と繋がっていたことも説明していないのだ。
 
「ルーカス?」
 
 叔父上と父上が俺を見る。
 
「このような場にまで連れてくるからには私たちが行ったことを彼にも話していると思ったのだが?」
「リアムと一緒にいるのが楽しくて、そんな無粋な話をする気になれなかったのです」
 
「俺たちも魔神くん作りに忙しかったしな!」とアズベルト。
 
「皇帝陛下も、前皇帝も、公爵様もお聞きください」
 
 リアムが無邪気に微笑んだ。
 
「僕とルーカス様は仲良しですので、悪いことなど一切起こりません」
 
 そういうことではないのだが、俺にはこの可愛い生物に否定の言葉を言うことなどできない。
 そして、父上も、叔父上もめちゃくちゃ戸惑っているようだが、やはり、リアムの可愛さの前に言葉がないようだ。
 
 そこに、クククッと笑い声が響いた。
 これまで俺たちのやりとりをただ眺めていた兄上だ。
 
「ルーカスの運命はとても可愛らしいな」
「あげませんよ?」
 
 この兄は興味を持ったものは誰のものであれ取り上げる性格の悪さを備えている。
 
「彼の純粋さをうまく扱えるほど、私は心が広くないから大丈夫だ」
 
 自分自身のことをよくわかっているようでよかった。
 
「父上、叔父上、この辺でいいのではないですか? おそらく、我々が動けば動くほど、ルーカスの反感を買い、ホクマカム魔導学園の教師や、町を支える人々の心は帝国から離れていきます」

「そもそも」と、兄上は楽しそうに笑った。
 
「城を制圧された時点で、我々にはもう打つ手などないではありませんか?」
 
 兄上の言葉に、父上と叔父上は深いため息をついた。
 どうやら、「負ける」覚悟ができたようだ。
 
「わかった。ルーカスとリアムの交際を認めよう」

 こうして、俺の戦いは無事に決着がついたのだった。



 その後、兄上の公務の手伝いは父上がすることとなり、公爵邸の仕事は無事に叔父上に返還することができた。
 そうして、俺は魔導学園に戻り、研究の日々に戻った。
 
「……」
 
 次の研究のための構想を練っていた俺は、魔術具の扉がノックされる音に顔を上げた。
 返事をする前にレジナルドが扉を開けて入ってきた。
 
「ルーカス様、リアム様、昼食のお時間です」
「ああ、ありがとう」
 
 魔術具の扉も公爵邸から引き上げるつもりだったのだが、リアムの世話をしたいレジナルドに反対され、今、魔術具の扉は厨房の隅に設置されている。
 ちなみに、魔術具の扉の存在はいまだに叔父上には秘密だ。
 
「リアム、昼食が運ばれてきたぞ?」
 
 ルシアン先生はリアムに専用の研究室を与えると言っていたのだが、いっときもリアムと離れたくない俺は研究室を共同で使うことをリアムに提案し、リアムは快く賛同してくれた。
 
 何かの魔術式を一心不乱に描き続けていたリアムがその手を止めて、こちらを向いた。
 
「もう、お昼ですか? さっき、朝ごはんを食べたばかりの気がします」
「それは俺も同感だけど、レジナルドが来たからにはお昼だと思う」
「お二人はすぐに研究に夢中になって食事をとるのを忘れてしまうので困ります」
 
 そう言いながらも、リアムの給仕をするレジナルドは楽しそうだ。
 
「レジナルドは俺たちの面倒を見ていてもいいのか?」
 
 レジナルドは筆頭執事だから、本来は叔父上の面倒を最優先に見なければいけないはずだ。
 
「旦那様にはサボっていた分、休みなく働いていただきますので、問題ございません」
「サボっていた? 城にいる間は兄上の執務の手伝いをしていたのだろう?」
「あの皇帝陛下に旦那様の助けが必要だったとは思えませんし、どうせ、前皇帝であられるお兄様とご一緒に不毛なお話をされていたに違いありません」
 
 一応、父上と叔父上は帝国に悪影響がないように、俺とリアムが出会わないように色々と画策していたのだろうが、レジナルドはそれを不毛と称した。
 
「公爵様はお食事を取られないのですか?」
 
 リアムが心配そうにその表情を曇らせた。
 
「公爵様は非常に忙しいので仕方ないのです」
 
 レジナルドはにこりと微笑んだ。
 
「では、僕のおやつを少し分けて差し上げてください」
 
 料理長は引き続き、リアムのためにお菓子作りを頑張っていた。
 
「リアム様はお優しいですね」
 
 レジナルドは見たこともないだらしない顔でリアムに微笑んでいる。
 本当は、リアムの頭を幼児のように撫でたいのだろうが、使用人として、それはなんとか堪えているようだ。
 
 食事まで抜かれて働かされている叔父上は、リアムの慈悲が詰まったお菓子にどのような反応をするのだろうか?
 
 俺とリアムを出会わしてしまったことを悔いながら、お菓子を食べるのだろうか?
 それとも、リアムの優しさに自分の考えを改めるのだろうか?
 
「……」
 
 改めなかったら、さらに高性能になった魔神くん(改)を百体送り込もうと思う。