朝霧家のわがままな義妹

「例えば、千里さんの前に二つの道があるとするわ。一つは危険な道で、もう一つは安全な道。千里さんは危険な道を見通して、安全な道を選ぶはずよね。けれど、選んだ道の先にもまた新しい分岐点が現れるわ」


 青の指が葉脈をなぞる。
 太い一本の線が二つに枝分かれしていくが、そこから先に、二つ三つと別れていく。


「そうして道を選び続けるうちに、道はいくつも枝葉のように別れていく。つまり、一つ未来を変えればまた新しい未来が現れ、道を選ぶ度に際限なく分岐点は増えていくの」


 葉脈のように繋がり、伸びてはまた新たな道へ繋がり、際限なく増えていく。
 いくつの道をなぞっていくうちに、どこから来たのか出発点も分からなくなっていく。
 葉には行き止まりがあるが、人生はそう簡単に終わりは見えない。

 青が言いたいのは、未来予知に従って『正解』の道だけを選ぼうとすると、こういう事態に陥るということなのだ。
 

「でも、だったら、私が異能力を使いこなせるようになれば全ての未来が見えるのでは」


 けれど青は首を横に振った。

 
「異能力の過剰な行使は、自身を滅ぼすことになる。諸刃の剣よ。千里さんの目は二つしかないのだから、限界があるわ。それを超えようとすれば、全て見失うだけよ」
「そんな……」
「育つ前に折れてしまえば、枝葉は付かない。そういうものでしょう?」


 じゃあどうすれば良いというのだ。

 未来を改変し姉を救ったと安堵したばかりなのに、また新たな可能性が現れ、それを改変するために奔走するのを続けなければならないなんて、とてもじゃないが千里には耐えられそうもない話だった。

 困惑する千里を見てか、安心させるように青が微笑む。


「別に、無理難題を押し付けたいわけじゃないのよ。ただ、全て救おうとすればするほどいくつも取りこぼしていくことを分かって欲しいの。この先あなたが見ることになる未来が、それこそ今話題の『天変地異で世界が滅ぶ』なんてものだった時に、困って欲しくないだけ。あなたはあなたの出来ることをすればいいの」


 青の優しい口調は、千里の心をすぅっとなだめてくれるようだった。

 それから青は、視線を九朗へ移す。


「異能力を使って救世主になろうなんて馬鹿げたことを考えたって、自分が壊れてしまうだけよ。――――ねぇ、九朗くん」
「そうですね。僕もそう思いますよ」


 九朗はにこやかに即答している。なぜ彼に問うのだろうか。
 二人の間に流れる意味深な空気が、千里には分からなかった。

 二人だけの話、というような空気でなんだか割り込みづらい。


(やっぱり、青さんと九朗さんは、ずいぶん親しいみたい)


 そう思ってから、なぜ自分が疎外感を感じなければならないとだと我に返った。


「そうだ、千里さんはあまりオカルトに詳しくないそうね。九朗くんとの馴れ初めについて聞いても?」


 話題を切り替えるように、青が突然聞いてくる。

 
「え? い、いや……別に、近所の神社でたまたま話しかけられて……ちょっと悩みを聞いてもらったといいますか、そんなようなものです」


 馴れ初めってなんだと思いつつ、千里は答えた。
 きっと、京矢と同じで共通点がまるでない二人がどうして知り合ったのか不思議なのだろう。
 
 
「へぇ、九朗くんから聞くお話とずいぶん違うのね」
「……ええと?」


 ふふ、と青は笑っている。九朗はどんな話をしたというのだ。
 

「ちょ、ちょっと青さん、変なこと言わないでくれよ」
「言ってないわよ。うふふ、そうだお茶のおかわりを持ってくるわね。ちょうどいいお茶菓子もあるのよ」


 焦る九朗をはぐらかすように、青はティーポットを持って部屋を出ていってしまう。
 またこの薄暗い部屋の中で二人きりになってしまった。

 青のお手伝いを口実に追いかけようと思ったが、先に動いたのは九朗だった。


「千里さん、違うんだ。ほんと、変なことは話してないから」


 発言だけ聞けばまるで浮気を疑われ必死に弁明する男のようだ。
 先程真剣に千里を心配してくれていた時とまるで違う様子が、ものすごく情けなく見えてきた。


「……別に、疑ってないわよ」


 九朗はどうやら青にやたらと自分の話をしている、ということしか千里には分からない。
 二人がどんな話をしていようが、自分には関係あるまいとツンと顔を背けた。

 だが九朗は諦めずしつこく聞き返してくる。


「じゃあどうしてそんな顔するのさ。不満だって顔に書いてある」
「だから違うわよ! ただ……青さんとは、どういう関係なのかなって……」


 最後の方は小声になってしまった。
 言いたくなかったけれど、このまま黙って青の前でもしつこく聞かれるぐらいならと思ったのだが、九朗は予想外だったのか面食らっていた。
 

「え? 僕と、青さん?」


 全然違うことでも考えていたのか、ぽかんとしている。
 

「そりゃ……師匠と弟子? 客と店員? うーん、なんだか違うな。面倒見てくれる大人、みたいな……?」
「……」


 九朗はあれこれ首傾げているが、どれも千里の思っているような関係とは程遠かった。
 なんだかこっちが一人で思い込んでいたみたいで、一気に脱力してしまう。

 悩んで損したとため息をつけば、九朗はあっと声を上げた。


「なによ」
「ねぇ、千里さん……もしかして、嫉妬してる?」


 にやりと口角を上げて、九朗はにんまり笑っている。

 
「は」


 数秒間唖然としてから、千里の頬は急激に熱を持った。


「はぁっ!?」


 嫉妬。そうだ、自分のこの感情は嫉妬という二文字がぴったりではないか。


(いや、いや……! ありえないわ! この私が、そんな……!)


 別に九朗が誰と仲良くしてどんな関係だろうが全く、そうこれっぽっちもまったく関係がないのだと千里は首を横に振る。
 
 九朗は奥ゆかしい日本男児なる文言がまるで似合わない口達者で今どきの男の子で飄々としていて口説き文句なんかもさらっと言えてしまえるような男だから勘違いしてしまうだけで、別に、自分と九朗は大した関係性ではないのだ……!

 だからこんなことで悩むわけがないのだ!


「青さんは既婚者だよ。遠野さんって旦那さんがいて、二人とも見てるこっちが胸焼けするぐらい仲睦まじいんだ」


 千里が今にも目を回しそうになっている横で、九朗はずいぶんと嬉しそうだった。


「そ、そうだったの……」
「遠野さんは料理上手で、よく作ってもらってるんだよ。お菓子作りなんかもするから、良かったら今度食べにおいでよ」
「か、考えとくわ……」


 心ここに在らずといった様子で、もはや何一つ取り繕えていない。

 
「千里さんが嫉妬してくれるなんて、今日は最高の記念日だなぁ」


 九朗はいつもの手帳を取り出してなにやら書き込みだした。


「ちょっ、やめなさいよ! 記録しないで!」
「だめだめ! こればっかりは書かせてもらうよ!」

 さすがの千里も声を荒らげて、袖を引っ張って抵抗する。

 ぎゃあぎゃあと二人して攻防を繰り返し、青が廊下でくすくす笑いながら聞き耳を立てていることにも気が付かず、散々大騒ぎしたのは言うまでもなかった。