朝霧家のわがままな義妹

「セイレーンの館の占い師は、異能力について詳しいとお聞きしました」


 不慣れな空間にどきどきしながら、平静を装って千里は話す。
 

「ええ、そうです。異能力と言っても様々ありますけれど……あなたが知りたいのは、未来予知のことかしら?」
「なっ……!」


 なぜそれを知っているのだと、千里は目を見開く。


「青さんはこういう人なんだ。人の考えてることが簡単に読めるんだよ」


 九朗はけらけらと笑っているが、千里には理解できなかった。
 いつだったか世間を賑わせた千里眼というやつなのか。
 それとも、青も何らかの能力を有しているということなのか。


「ふふ、そう怖がらないで。ただちょっと、人より勘がいいだけよ」
「はあ……」
「さて。未来予知については、あなたにも分かるように順を追って説明させてもらうわね」


 勘が良いと言うだけあって、青は千里がまるでこの分野に詳しくないと察したようだ。

 自分だけぽかんとしたままなのを千里も自覚していた。


「あなた、異類と交わり産まれた子どもがどうなるかはご存知かしら」
「い、異類と……?」
「うふふ、知らないわよね。いわゆる、異類婚姻譚のことよ。全国各地に伝わる、人ならざるものと人間の婚姻の話。例えば、狐、蛇、鶴。妖と人間が交わることで産まれた子どもは、時として特別な力を持って産まれてくるの。例えば、安倍晴明なんて聞いたことはないかしら」


 千里は頷いた。それぐらいなら聞いたことはある。

 
「平安の陰陽師、ですよね。確か、母親が狐という伝説が……」
「そう。異類婚で産まれた子どもは、彼のように、人でありながら人外の力を得ることが出来るの。今の世では、人はそれを異能力と形容しているわ」


 それを聞いて、千里は飛び上がりそうになった。


「じゃ、じゃあ私の父親は狐なんですか!?」


 実の父親について、千里は何も知らなかった。
 母が頑なに語りたがらないこともあって、どんな人物なのかも、今生きているのかも知らない。

 多方、母親が過去に関係を持った男性のうちの誰かなんだろうと思ってはいたが、まさか人外とは思うまい。


「そうとは限らないわよ。異能力を持つ者の子孫がその力を継承することもあるもの。あなたの家系にも、聞き覚えがあるのではなくて?」


 千里は思わず息を飲む。朝霧家の未来予知能力にまつわる伝承のことだ。
 

「どうしてそれを」
「朝霧の千里眼は、それはもう昔は重宝されていたもの。それこそ、鎖国以来急激に衰えたのが不思議なくらい。もっとも、受け継ぐ者がいなければ途絶えていくのが定めというものだから、仕方がないのだけれども」


 青が語る口ぶりは、まるで当時を見てきたかのようなものだった。
 目の前の青はどう見ても二十代の若い女性なのに、彼女の持つ独特な雰囲気も相まってか、かつてこの目で見てきました、なんて言われても信じてしまいそうなほどだった。

 だが、青は一つ間違えている。


「でも、私は朝霧家の血を引いていません。私は継母の連れ子なんです」
 
 
 千里は戸籍上は朝霧家の娘となっているが、血縁関係は一切ない。
 青の語る理論は通用しないはずだ。


「他に、そういった異能力に目覚める条件のようなものはないのですか」
「そうね……他にも色々あるけれど、仮にその条件が発動しさらにあなたに異能力を受け入れる素質があり、発動させることが出来る割合と――――あなたに朝霧家の血が流れている確率、どっちが高いのかしら」


 千里は反論できず黙る。


「ねぇ、九朗くん。あなた、計算ごとは得意でしょう。教えてちょうだいな」
「青さん、それは……」


 九朗も困ったように眉を下げ、言葉を濁した。
 そうまで言われても、千里はどうしてもその可能性を考えたくはなかった。
 

「じゃあ、私の父親は、朝霧家の血縁者だったと……?」


 思わず声が震えた。
 

「千里さん、落ち着いて」


 動揺する千里を九朗が宥める。
 無関係のはずの朝霧家に千里たち母娘が関わったのに、血縁による異能力が関係したとすれば。

 そんなはずはないと何度も心の中で否定しても、嫌な予感がしてならなかった。
 

「私が産まれたから、姉さんは不幸に……」


 ドクンドクンと、千里の心臓が暴れ出す。
 姉を守りたい一心で行動していたはずなのに、元凶は他でもない自分自身の存在だったとすれば、どんな顔で姉を救いたいなどと宣っていたのだ。


 上手く呼吸ができなくなる。
 未来予知で姉を救えるなんて、思い上がりも甚だしいではないか。


(私は、そんなつもりじゃ……!)


 その時だ。
 

「それは違う!」
「九朗さん……」


 九朗が震える千里の手を握り、強く引っ張られて現実に引き戻される。
 彼は真剣な眼差しで、千里に訴えかけた。
 

「千里さんのせいで有紗さんが不幸になったなんて、あるはずがないだろう! 千里さんは何も悪くないのに、どうして自分を責めるんだ。有紗さんだって、千里さんのことをすごく大切にしていたじゃないか。君が自分の存在を否定したって、有紗さんは悲しむだけだ……!」


 九朗の声は今までにないほどに力強いものだった。
 度々九朗は千里に似たようなことを言い続けてきたが、これほどまでに強く言われたことはなく、千里はたじろぐ。


「千里さんが有紗さんに幸せになって欲しいと願うように、僕も千里さんに幸せになって欲しいんだ……!」


 どうして九朗がここまで言うのだと、どうして、千里のことを心から心配してくれるのだと……千里には、分からなかった。
 
 
「因果によって巡り会うこともあるものよ。朝霧の異能力を持つあなたが、朝霧家へと引き寄せられるのは何もおかしな話ではないわ」


 青が千里に優しく語りかける。

 彼女の背後にある鏡たちが、千里の姿を映している。

 なんとも情けない今にも泣き出しそうな顔の千里がありのままに映し出されていた。

 もしも本当に自分が朝霧家に引き寄せられたことで、母親と尚政が出会い、朝霧家に居座ることになってしまったのだとしたら、誰に何を言われても自分を許せそうになかった。


「実は、あなたのことは九朗くんからたくさんお話を聞いているのよ。とてもお姉さん思いなんですってね」


 青がふふと笑う。

 
「未来を変えたいのなら、一つだけ覚えておかなくちゃいけないことがあるわ。千里さんが見ているのは、一つの分岐点の先に過ぎないのよ」
「それは、どういう……」


 青は立ち上がると、花瓶から葉を一枚ちぎり手に取る。
 席に戻ってくると、それを千里の前に掲げて指で指し示した。


「例えば、のお話よ」