純白の殺人

春の陽光が、かつての白石邸に差し込んでいた。

あの“純白”の屋敷は、事件の後に取り壊され、今は小さな公園が造成されている。
季節は巡り、雪は溶け、緑が芽吹いた。
子どもたちの笑い声が遠くに聞こえる――
だが、ここにはまだ、ひっそりとした影が残っていた。

公園の一角。
真琴は一人、ベンチに座っていた。
黒のワンピースに、髪を後ろで束ねたその姿は、かつての玲奈を思わせるほど整っていた。

彼女は刑を受けた――過失致死と偽証の罪で、2年の実刑。
出所したばかりだった。

だが、彼女の表情には重さがなかった。
むしろ、ようやく息ができるような静けさがあった。
そのとき、一人の刑事が彼女の隣に腰を下ろす。

「久しぶりですね、真琴さん。」

黒川だった。
私服姿は初めて見た。
どこか、人間らしいぬくもりを帯びていた。

「ええ。……やっと外に出られました。」

「これから、どうしますか?」

「まだ決めていません。でも、白ばかりの世界には、戻らないつもりです。」

そう言って真琴は、スケッチブックを取り出した。
開かれたページには、何本もの木々と、その根元に咲く花が描かれていた。
どれも、白ではなかった。

「私、絵を描こうと思ってるんです。小さな個展でも開けるくらい、上手になれたらって。」

「あなたが描くのは、やっぱり“影”ですか?」

黒川の問いに、真琴は首を横に振った。

「影じゃなくて、“色”です。
白でも黒でもなくて、その間にある、濁って、滲んで、でも確かに“生きてる”色たち。」

「……きっと、それは玲奈さんが一番嫌った色ですね。」

「だから、描くんです。」

二人はしばらく、黙って空を見上げた。
雲ひとつない空の下、柔らかく陽が差し、静かな風がベンチを通り抜けた。

真琴は、バッグの中から一輪の花を取り出す。
薄い灰紫の小さな花――スミレ。

「この花、あの人が最後に育てていたんです。
私、あの人を許してはいない。でも、忘れもしません。
“白”はきれいだったけど、私はもう――」

言いかけて、彼女は花をそっと地面に植えた。

「……私の色で、生きていきます。」

どこかで、小鳥のさえずりが聞こえた。

真琴の人生は、ようやく“始まり”を迎えた。