純白の殺人

「真琴さん。あなたに聞きたいことが、もう一つあります。」

翌朝、警察署の取調室。
黒川は真琴に静かに語りかけた。
彼女は落ち着いていた。怯えも怒りも見せない。まるで――予期していたように。

「白石玲奈さんは、あなたの“養母”ということになっていますが、あなたの戸籍には出生地の記載がありません。これはどういうことでしょう?」

真琴は、薄く笑った。

「そんなこと、気になりますか? 戸籍なんて、誰かが都合よく書けば、それが“事実”になる世界ですよ。」

「……あなたの本当の親について調べさせてもらいました。」

黒川が机の上に出したのは、一通の古い戸籍記録と、新聞の切り抜きだった。
記事の見出しには、こう書かれていた。

『幼児虐待事件の母親、懲役12年の実刑判決――実子保護される』

「この子どもが、あなたですね。」

真琴の笑みが、凍った。

「玲奈さんは、あなたの“実の叔母”だった。姉が虐待で逮捕され、その娘であるあなたを引き取った。だが、戸籍をごまかして養女とした。なぜだと思いますか?」

「……それが、彼女なりの“贖罪”だったんでしょうね。」

真琴の声は低かったが、怒りや悲しみではなく、何か別の感情が混じっていた。
それは――軽蔑。

「私が虐待を受けていたとき、玲奈おばさまは何もしなかった。見て見ぬふりをしてた。でも、姉が捕まったとたん、急に“守る側”の顔になった。慈善家、保護者、白い衣を着た聖人に。」

彼女は、指先で机をトントンと叩いた。

「でも、私は見てました。玲奈おばさまが、夜に誰かと電話して、金の話をしていたことも。笑顔の裏で、人の噂話をノートに書き留めていたことも。“白”はただの装いだった。」

「なら、あなたが彼女を……?」

「違います」真琴ははっきり言った。「私は殺していません。だけど、あの夜――私は確かに彼女と争った」

「何を?」

「“真実”を。
彼女は、最後まで私を“純白”な人間にしたかった。過去を消して、彼女の理想の娘に。私はそれが、たまらなく嫌だった。」

沈黙が落ちた。
だが次の瞬間、黒川のスマートフォンが震えた。

――鑑識からの報告だった。

『金庫の鍵は“真琴の指紋”では開かなかった。代わりに出てきたのは、誰か別の人物の指紋。それは……白石玲奈の兄――白石雅臣のものだった』

「……彼女には兄がいたのか?」

黒川の声に、真琴は目を伏せた。

「はい。おばさまは、兄を“死んだ”と言っていました。でも……私は、あの人が時々、夜にこの家に来ていたのを知ってる。」

「その男は今、どこに?」

真琴は、黒川の目を見てこう答えた。

「――きっと、“白”の中に隠れていますよ。」