数日後、木曜日。今日は写真部の活動がある。だから一般人モデル業からは解放される……はずだったんだけど。
「……なあ、天谷」
「なに?」
「なんでいるの?」
今日の予定は、バスケ部とバレー部の練習風景の撮影。俺の隣にはなぜか天谷が立っていた。
「今日も加地くんを描きたいから」
「写真部の邪魔はしないって言ってただろ」
「邪魔はしないけど、描かないとは言ってない」
言葉遊びかよ。
天谷は紐付きの画板を首にかけた。その仕草だけで体育館内の女子の視線が集まる。普段からこれだけ見られていたら、俺の気持ちなんか分からないよな。
「天谷くん、うちの加地は迷惑かけてない?」
「竹下先輩は俺の親ですか?」
「迷惑はかかってないですよ」
「なんか引っかかる言い方だな……」
本来なら竹下先輩に「部外者お断り」とビシッと言ってもらいたいところだが、あてになりそうにない。というかこの二人が揃うと俺がツッコミ疲れて死にそうだ。
「じゃ、俺は先にバレー部撮ってくるから。加地は天谷くんと仲良くな。くれぐれも、仲良くな」
しつこいくらい念押ししてくる竹下先輩を何とも言えない気持ちで見送り、俺は首から掛けていたミラーレスカメラを手に取った。シャッタースピードやオートフォーカスの設定を調整し、ゴールの近くへ移動する。天谷は俺の後ろをついてきた。
「そのカメラ、加地くんの?」
「うん、中古だけど。お小遣いとお年玉貯めて買ったんだよ」
スマホでもきれいに撮れるけれど、やっぱり本格的なカメラへの憧れは尽きない。大人になったら上位の機種を新品で買うのが俺の目標だ。
「って言っても、まだ使いこなせてないんだけど。動いてる人を撮るのって難しいんだよな……。それに体育館って暗いだろ? だから余計に難しいんだ」
「へえ」
「せっかく撮らせてもらえてるから、きれいに撮ってあげたいし、喜んでほしいんだけどな。やっぱりバイトしてもっと良いやつ買おうかなぁ……」
「加地くん、今日はよく喋るね」
「えっ、そう?」
隣に目を向ける。天谷は鉛筆で宙をなぞっていた。
「昨日とは表情も違う」
「え……変な顔してた?」
「変ではないけど、違う」
「しょうがないだろ。好きなものの話する時って、みんなそうだよ」
「ふーん……」
天谷は肯定とも否定とも言えない返事をした。そしてまた画用紙に目を落とす。
天谷にばかり気を取られていられない。俺も自分の撮影に集中しないと。
バスケの試合は練習といえど目まぐるしい。人の動きを予測しづらくて、しっかり見ていないとシャッターチャンスを逃してしまう。
バスケットボールが行き交うコートをファインダー越しに覗き、パスキャッチの瞬間をカメラに収めていく。ゴール下の攻防、シュートのために伸ばされた腕、リバウンドの奪い合い。
お、今いい写真撮れたかも!
「……加地くん」
「え……うわっ、なに!?」
天谷の声が近くで聞こえ、振り向いてみれば美術品みたいに整った顔が視界いっぱいに入ってきた。
「今の顔、なに?」
「は?」
「いつもと違う」
「な、何が……ていうか近すぎるだろ!」
息が触れそうなほどの至近距離で話されるとさすがに動揺する。数歩後ずさってから自分の頬に手を当ててみるが、何が違うのか分からない。
「カメラを見てる時、なんか違う。ぼんやりしてない」
「そりゃあ……集中してるし」
写真を撮っている姿を自分で見ることはできない。どんなふうに描かれるのか気になったが、天谷の手元の紙には、大まかな輪郭しか描かれていなかった。また一般人らしくしろとか何とか言われるのかと身構える。しかし天谷は何も言わずに俺を見つめ続けていた。
「えーと……俺、撮影してていい?」
こくり。無言の頷きが返ってくる。
もう一度カメラを構えてコートに向けるが、どうも天谷が気になってしまう。昨日モデルをやった時とは違う、突き刺さるような視線だった。ちらりと目だけを動かしてみれば、俺をまっすぐに見据える瞳とぶつかり、慌てて前に向き直る。
普段から人を撮っているからか、他人の表情の変化には敏感な方だと思う。でも天谷は人形みたいな無表情で、何を考えているのか分からなかった。
その翌日から天谷がなんだかおかしくなってしまった。
「おはよう、加地くん」
「おはよ」
教室で顔を合わせて、朝の挨拶。これはいい。前から挨拶はしてた。
ただ、俺がスクールバッグから荷物を出している間も、ホームルーム前に友達と話している間も、チャイムとともに席についてからも、天谷の視線はずっと俺に送られ続けていた。授業中でもろくに黒板を見ず、俺の方ばかり。しかも話しかけては来ないのだからタチが悪い。
そんな時間が昼休みまで続き、俺はついに痺れを切らした。
「天谷、今日ずっと見てるけどなんか用?」
ざわつく教室内で、こちらを見ながらサンドイッチを齧っている天谷に問いかけた。しかし天谷は事も無げに「見てるだけ」と言い放った。
「俺なんか見ても面白くないだろ」
「面白いとかじゃない、気になるんだよ」
「どこが?」
「……顔?」
なんだそれ。また悪気ゼロの悪口か?
「昨日から、なぜか加地くんが気になる」
「よく分かんないけど、ずっと見られてると息詰まるんだよ」
「嫌?」
「嫌っつーか、落ち着かないっつーか……モデルやる時はいいけど、それ以外はやめてほしい」
「……」
天谷はしばらく黙り込むと、僅かに眉を下げながら「分かった」と小さく答えた。そしていきなり残りのサンドイッチを口に詰め込み、机からノートを出す。
「ど、どした?」
「……ん」
椅子を指差される。頬がハムスターみたいに膨らんでいるせいで喋れないらしい。イケメンが台無しだ。
「座れってこと?」
「ん」
「いいけど……」
訝りながら自分の席についた。ランチバッグを開き、おにぎりのアルミホイルを剥がしていると、天谷はざかざかとノートに鉛筆を滑らせ始めた。
「今描いてんの?」
「うん」
咀嚼を終えた天谷の頬はすっきりしていた。イケメン復活だ。
数分後、俺がひとつめのおにぎりを食べ終えたのと同時に、天谷は手を止めた。
「描き終わった」
「ずいぶん速いな」
「クロッキーだからね」
「クロッキー……?」
「シルエットだけで速く描くんだよ」
ざっくりとした線で描かれたのは、椅子に座る俺の全身だった。細かい描き込みはされていないが、顔は俺だと分かる。
「すごいな、ちゃんと俺に見える……あれ?」
なぜか後頭部がぴょこんと跳ねていた。なにこれ、と問いかける前に、まさかと思い至って自分の後頭部に手を当てる。
その絵の通り、俺の髪には寝癖がついていた。
「うわ、全然気づかなかった! ていうか教えろよ!」
「わざとなのかと」
「そんなわけないだろ!」
半日寝癖をつけたまま過ごしていたとは……さすがに恥ずかしい。
「もう少し描きたいから、加地くんはそのまま食べてて」
天谷はノートを捲ると、まっさらなページにまた俺を描き始めた。食べにくいにもほどがある。
「今はやめない?」
「なんで?」
「なんでって……放課後やればいいじゃん」
「でも、それじゃ放課後まで加地くんを見れない」
いきなり何を言い出すんだ、こいつ。
言葉の意味も分からないが、天谷の表情もまた感情が読めない顔になっていた。
「モデルの時は見ていいんでしょ?」
「ま、まあそうだけど……」
それって、手段と目的が逆になってないか? それとも天谷なりの考えがあるんだろうか。凡人の俺には分かりそうにない。
結局、隣から注がれる天谷の視線を感じながら、弁当を食べるしかなかった。
「……なあ、天谷」
「なに?」
「なんでいるの?」
今日の予定は、バスケ部とバレー部の練習風景の撮影。俺の隣にはなぜか天谷が立っていた。
「今日も加地くんを描きたいから」
「写真部の邪魔はしないって言ってただろ」
「邪魔はしないけど、描かないとは言ってない」
言葉遊びかよ。
天谷は紐付きの画板を首にかけた。その仕草だけで体育館内の女子の視線が集まる。普段からこれだけ見られていたら、俺の気持ちなんか分からないよな。
「天谷くん、うちの加地は迷惑かけてない?」
「竹下先輩は俺の親ですか?」
「迷惑はかかってないですよ」
「なんか引っかかる言い方だな……」
本来なら竹下先輩に「部外者お断り」とビシッと言ってもらいたいところだが、あてになりそうにない。というかこの二人が揃うと俺がツッコミ疲れて死にそうだ。
「じゃ、俺は先にバレー部撮ってくるから。加地は天谷くんと仲良くな。くれぐれも、仲良くな」
しつこいくらい念押ししてくる竹下先輩を何とも言えない気持ちで見送り、俺は首から掛けていたミラーレスカメラを手に取った。シャッタースピードやオートフォーカスの設定を調整し、ゴールの近くへ移動する。天谷は俺の後ろをついてきた。
「そのカメラ、加地くんの?」
「うん、中古だけど。お小遣いとお年玉貯めて買ったんだよ」
スマホでもきれいに撮れるけれど、やっぱり本格的なカメラへの憧れは尽きない。大人になったら上位の機種を新品で買うのが俺の目標だ。
「って言っても、まだ使いこなせてないんだけど。動いてる人を撮るのって難しいんだよな……。それに体育館って暗いだろ? だから余計に難しいんだ」
「へえ」
「せっかく撮らせてもらえてるから、きれいに撮ってあげたいし、喜んでほしいんだけどな。やっぱりバイトしてもっと良いやつ買おうかなぁ……」
「加地くん、今日はよく喋るね」
「えっ、そう?」
隣に目を向ける。天谷は鉛筆で宙をなぞっていた。
「昨日とは表情も違う」
「え……変な顔してた?」
「変ではないけど、違う」
「しょうがないだろ。好きなものの話する時って、みんなそうだよ」
「ふーん……」
天谷は肯定とも否定とも言えない返事をした。そしてまた画用紙に目を落とす。
天谷にばかり気を取られていられない。俺も自分の撮影に集中しないと。
バスケの試合は練習といえど目まぐるしい。人の動きを予測しづらくて、しっかり見ていないとシャッターチャンスを逃してしまう。
バスケットボールが行き交うコートをファインダー越しに覗き、パスキャッチの瞬間をカメラに収めていく。ゴール下の攻防、シュートのために伸ばされた腕、リバウンドの奪い合い。
お、今いい写真撮れたかも!
「……加地くん」
「え……うわっ、なに!?」
天谷の声が近くで聞こえ、振り向いてみれば美術品みたいに整った顔が視界いっぱいに入ってきた。
「今の顔、なに?」
「は?」
「いつもと違う」
「な、何が……ていうか近すぎるだろ!」
息が触れそうなほどの至近距離で話されるとさすがに動揺する。数歩後ずさってから自分の頬に手を当ててみるが、何が違うのか分からない。
「カメラを見てる時、なんか違う。ぼんやりしてない」
「そりゃあ……集中してるし」
写真を撮っている姿を自分で見ることはできない。どんなふうに描かれるのか気になったが、天谷の手元の紙には、大まかな輪郭しか描かれていなかった。また一般人らしくしろとか何とか言われるのかと身構える。しかし天谷は何も言わずに俺を見つめ続けていた。
「えーと……俺、撮影してていい?」
こくり。無言の頷きが返ってくる。
もう一度カメラを構えてコートに向けるが、どうも天谷が気になってしまう。昨日モデルをやった時とは違う、突き刺さるような視線だった。ちらりと目だけを動かしてみれば、俺をまっすぐに見据える瞳とぶつかり、慌てて前に向き直る。
普段から人を撮っているからか、他人の表情の変化には敏感な方だと思う。でも天谷は人形みたいな無表情で、何を考えているのか分からなかった。
その翌日から天谷がなんだかおかしくなってしまった。
「おはよう、加地くん」
「おはよ」
教室で顔を合わせて、朝の挨拶。これはいい。前から挨拶はしてた。
ただ、俺がスクールバッグから荷物を出している間も、ホームルーム前に友達と話している間も、チャイムとともに席についてからも、天谷の視線はずっと俺に送られ続けていた。授業中でもろくに黒板を見ず、俺の方ばかり。しかも話しかけては来ないのだからタチが悪い。
そんな時間が昼休みまで続き、俺はついに痺れを切らした。
「天谷、今日ずっと見てるけどなんか用?」
ざわつく教室内で、こちらを見ながらサンドイッチを齧っている天谷に問いかけた。しかし天谷は事も無げに「見てるだけ」と言い放った。
「俺なんか見ても面白くないだろ」
「面白いとかじゃない、気になるんだよ」
「どこが?」
「……顔?」
なんだそれ。また悪気ゼロの悪口か?
「昨日から、なぜか加地くんが気になる」
「よく分かんないけど、ずっと見られてると息詰まるんだよ」
「嫌?」
「嫌っつーか、落ち着かないっつーか……モデルやる時はいいけど、それ以外はやめてほしい」
「……」
天谷はしばらく黙り込むと、僅かに眉を下げながら「分かった」と小さく答えた。そしていきなり残りのサンドイッチを口に詰め込み、机からノートを出す。
「ど、どした?」
「……ん」
椅子を指差される。頬がハムスターみたいに膨らんでいるせいで喋れないらしい。イケメンが台無しだ。
「座れってこと?」
「ん」
「いいけど……」
訝りながら自分の席についた。ランチバッグを開き、おにぎりのアルミホイルを剥がしていると、天谷はざかざかとノートに鉛筆を滑らせ始めた。
「今描いてんの?」
「うん」
咀嚼を終えた天谷の頬はすっきりしていた。イケメン復活だ。
数分後、俺がひとつめのおにぎりを食べ終えたのと同時に、天谷は手を止めた。
「描き終わった」
「ずいぶん速いな」
「クロッキーだからね」
「クロッキー……?」
「シルエットだけで速く描くんだよ」
ざっくりとした線で描かれたのは、椅子に座る俺の全身だった。細かい描き込みはされていないが、顔は俺だと分かる。
「すごいな、ちゃんと俺に見える……あれ?」
なぜか後頭部がぴょこんと跳ねていた。なにこれ、と問いかける前に、まさかと思い至って自分の後頭部に手を当てる。
その絵の通り、俺の髪には寝癖がついていた。
「うわ、全然気づかなかった! ていうか教えろよ!」
「わざとなのかと」
「そんなわけないだろ!」
半日寝癖をつけたまま過ごしていたとは……さすがに恥ずかしい。
「もう少し描きたいから、加地くんはそのまま食べてて」
天谷はノートを捲ると、まっさらなページにまた俺を描き始めた。食べにくいにもほどがある。
「今はやめない?」
「なんで?」
「なんでって……放課後やればいいじゃん」
「でも、それじゃ放課後まで加地くんを見れない」
いきなり何を言い出すんだ、こいつ。
言葉の意味も分からないが、天谷の表情もまた感情が読めない顔になっていた。
「モデルの時は見ていいんでしょ?」
「ま、まあそうだけど……」
それって、手段と目的が逆になってないか? それとも天谷なりの考えがあるんだろうか。凡人の俺には分かりそうにない。
結局、隣から注がれる天谷の視線を感じながら、弁当を食べるしかなかった。



