寂しそうにしていたから、久しぶりに傘とデートをした。差すわけでもなく、杖の代わりみたいにして。今年の3月に買って以来、一緒にデートをする回数も少なくて、久しぶりに握った。色は深紅で、僕が着ている洋服とお揃い。お気に入りのブーツを履いて、近くのスーパーまで歩いた。傘を傘立てに預けることなく、肌身離さず握りしめ、買い物を終え、また家のほうへと向かう。後ろから「すみません」と話しかけられた。なんだろうと思って振り返り、「はい」と応えると。「写真撮ってもらえませんか」と言われた。薄めのジーンズを履いていて、チェックのシャツを着ている男性に。
断る理由もなくて、「いいですよ。スマホ貸してください」と言うと。「充電が切れちゃって、お兄さんのスマホで撮ってくれませんか」と言われた。「この電車と一緒に写るように撮ってくれると嬉しいです」と続けられる。「いいですね、任せてください」と答えて、傘と袋を端に置き、ポケットからスマホを取り出した。スマホを男性に向け、「笑ってください」と指示をすると、あまり笑い慣れていないのか鈍い表情になってしまった。何枚か撮って、「いい感じですかね。確認してください」とスマホを見せる。「めっちゃ上手いじゃないですか。写真家さんですか」と冗談を言われ、「えへへ」と照れてしまった。
男性はその電車に乗らなければならないのか、「ありがとうございます!」と頭を下げ、手に持っていた弁当を揺らしながら電車に乗って行った。「よかった、上手く撮れて」なんて思いながら、傘と袋を手に持ち、また家へと歩き出す。あ、連絡先を聞くの忘れてた。振り返るともう、電車は出発していて男性には会えない。傘と袋を左手に持ち、右手でスマホの画面を眺めた。もう会うことはない男性が、鈍い表情をしながら電車と写っている写真を見て、残しておこうと思った。雨が降り出してきて、傘を差す。いつも見せてくれなかった顔を見せてくれているようで、傘に対して「ごめんね」と言った。
あの男性は果たして、電車の中で同じことを思っているのだろうか。それとも、手に持っていた弁当を美味しそうに食べているのだろうか。もう二度と会うことのない人との一瞬の出来事は人生において幾度となくあるけれど、それが写真に残っていると思うと少し可笑しい。遮断機が音を鳴らして、遮断棒を下ろしてくる。電車が通るのを待つ間、僕はまたスマホに目を向けた。あの男性が写っている写真の少し上、或る風景写真を見つけた。もう覚えていなかった、けど、見つけてしまった。
数週間前の自殺をしようと思ったときに撮った写真。波が荒れていて、写っている靴は濡れていた。傘が上から覗き込んでくる。見るなよ、という感じでスマホの画面を閉じ、目の前を通り過ぎる電車を眺めた。中にはこれから先、僕と交わることのない男女がいて、様々な人生が右から左へと流れていった。遮断機の音が止み、遮断棒が上がる。僕はまた歩みを進め、家へと向かった。傘に降り注ぐ雨の音なのだけど、「死ぬなよ」と空耳が聞こえた。
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断る理由もなくて、「いいですよ。スマホ貸してください」と言うと。「充電が切れちゃって、お兄さんのスマホで撮ってくれませんか」と言われた。「この電車と一緒に写るように撮ってくれると嬉しいです」と続けられる。「いいですね、任せてください」と答えて、傘と袋を端に置き、ポケットからスマホを取り出した。スマホを男性に向け、「笑ってください」と指示をすると、あまり笑い慣れていないのか鈍い表情になってしまった。何枚か撮って、「いい感じですかね。確認してください」とスマホを見せる。「めっちゃ上手いじゃないですか。写真家さんですか」と冗談を言われ、「えへへ」と照れてしまった。
男性はその電車に乗らなければならないのか、「ありがとうございます!」と頭を下げ、手に持っていた弁当を揺らしながら電車に乗って行った。「よかった、上手く撮れて」なんて思いながら、傘と袋を手に持ち、また家へと歩き出す。あ、連絡先を聞くの忘れてた。振り返るともう、電車は出発していて男性には会えない。傘と袋を左手に持ち、右手でスマホの画面を眺めた。もう会うことはない男性が、鈍い表情をしながら電車と写っている写真を見て、残しておこうと思った。雨が降り出してきて、傘を差す。いつも見せてくれなかった顔を見せてくれているようで、傘に対して「ごめんね」と言った。
あの男性は果たして、電車の中で同じことを思っているのだろうか。それとも、手に持っていた弁当を美味しそうに食べているのだろうか。もう二度と会うことのない人との一瞬の出来事は人生において幾度となくあるけれど、それが写真に残っていると思うと少し可笑しい。遮断機が音を鳴らして、遮断棒を下ろしてくる。電車が通るのを待つ間、僕はまたスマホに目を向けた。あの男性が写っている写真の少し上、或る風景写真を見つけた。もう覚えていなかった、けど、見つけてしまった。
数週間前の自殺をしようと思ったときに撮った写真。波が荒れていて、写っている靴は濡れていた。傘が上から覗き込んでくる。見るなよ、という感じでスマホの画面を閉じ、目の前を通り過ぎる電車を眺めた。中にはこれから先、僕と交わることのない男女がいて、様々な人生が右から左へと流れていった。遮断機の音が止み、遮断棒が上がる。僕はまた歩みを進め、家へと向かった。傘に降り注ぐ雨の音なのだけど、「死ぬなよ」と空耳が聞こえた。
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