たとえ愛されなくても

駅構内を歩いているとき、喫茶店を通り過ぎた。窓に自分が反射していて、中の様子が上手く見られない。「自分とは関係ないか」と思いながら喫茶店を後にしたのだけど、テーブルに残された空のグラスが気になって喫茶店へと戻る。お客さんはもういなくて、あとはそれを片付けるだけなのだけれど、間接照明の灯りに照らされているその席だけは、他とは違う雰囲気があった。向かい合うようにして2つ、空のグラスが置かれている。きっと、2人で軽く話すために座ったであろう席。丁寧に畳まれたお手拭きが、そこに座っていた人の性格を表していた。

その光景を残しておきたくて、僕は窓から店内を撮った。店員さんは遠くにいて、まだ片付ける気配はない。スマホをポケットに入れて、喫茶店から離れた。いつもなら行かない場所を散歩したくて、少し電車に揺られて移動した。いつも降りない駅で降りると、なんだか心が舞い躍る。その駅を出ると風が強くて、髪の毛は行き先を四方八方へと散りばめていて、一瞬にしてボサボサになった。風のない道を歩きたくて、高い建物の間を縫うようにして歩く。空を見た。なんだか狭くて、空ではない気がした。

狭い空も撮って、すぐにストーリーで「空が狭い。君のことも見逃しちゃうね」という文字を添えて更新した。スマホをポケットに入れて、また歩き出す。前を歩いているカップルの手が、歩くたびに軽く触れ合っていて、「繋いじゃえばいいのに」と思った。風が吹いた。女性は風で飛ばされそうになっていて、男性が「大丈夫かよ」と手を握り、それから恋人繋ぎをしたまま歩き出した。後ろを歩いている僕は、その光景を眺めながら、また空を見た。いつの間にか高い建物から離れていて、一面が青色だった。

いつも歩かない道を歩いていると、ゲームでいうところのマップ埋めみたいな感覚がある。「お宝があるのではないか」とか「裏道があるのではないか」とか、ゲーム感覚で道を彷徨えるからそれはそれで面白い。歩きながら辺りを見渡していると、通り過ぎてしまったけど、細道を見つけた。戻って細道へと入っていく。表通りは風も日差しも強くて、きっと僕は倒れてしまうけど。細道は涼しい風が流れていて、ポツポツと一軒家が並んでいた。或る一軒家の庭に生えている木、飾り付けがされていてとても可愛い。誰もが見るわけではなく、住む人が可愛くしたくて飾っただろうに。そこに住んでいる人の性格が垣間見えた。

もう夏、歩くだけで汗まみれの僕は駅へと戻った。そしてまた電車に揺られ、降りた駅構内を少しだけ歩く。さっき通り過ぎた喫茶店へと戻ってきてしまった。窓から店内を覗くと、もう空のグラスは片付けられていて、新たな客がパソコンを開いて仕事をしている。僕も喉が渇いてきて、その喫茶店へと入った。キッチンが見える席へと案内され、椅子を引いて座った。アイスティを注文して、さっき撮った写真を見返しながら、店内を見渡す。キッチンにはまだ、見覚えのあるグラスが置かれていた。「お待たせしました」とアイスティが届く。飲む前にお手拭きで手を拭いて、丁寧に畳んだ。

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