たとえ愛されなくても

少し嬉しいことがあった。いつも買い物に行くスーパーで、「カードで」と言うところを店員さんは覚えていてくれたのか、「カードですよね」と対応をしてくれた。さりげない気遣いだけれど、この人は僕のことを覚えてくれているんだと少しだけ嬉しくて。買った品を袋に入れる最中、口角が少しだけ上がった。他人に自分という存在を覚えてもらうということは、こんなにも喜ばせる行為なのだと思って、僕も出会う人のことはなるべく覚えておきたいと思ったりして。そのスーパーをそそくさと出た。背中に向かって、「ありがとうございました」と店員が声をかけてくる。振り返ることはなく、僕は家に向かって歩いた。

スーパーで、『ねるねるねるね』を買った。僕がまだ幼い頃からあるお菓子で、久しぶりに作りたくなって。家に着き、手を洗ってからすぐにそれを作り出した。端にある容器で水を掬い、粉と一緒に混ぜていく。膨らんでいくそれをスプーンで掬い、隣に出していたキャンディチップに付け、口に運んだ。ぬるくて、あまり美味しいとは思えなかった。子供の頃は好き好んで食べていたお菓子が、大人になってから食べると少しだけ重い。そんな経験だけが増えていって、もうあの頃を懐かしがることもできなかった。

作った『ねるねるねるね』を撮って、ストーリーで「星を食べた」という文字と共に更新した。キャンディチップには星形が含まれていて、星を食べた気分になれたから。星が意外と甘くて、でもぬるくて、今の僕には相性が悪かった。食べ終えたそれをゴミ箱に捨てて、テレビで或るドラマを観始めた。モンスターペアレントの話で、子供に自由を与えようとしない親の話。親から見れば子は可愛いけれど、子から見れば親は怖かったりして。小学生の頃を少しだけ思い出してしまう。

こういうモンスターペアレントはいなかったけど、自分の子供が全て正しいと思っている親がいた。「うちの子供が言っていたので」という意見を突き付けて、こちら側の意見を聞こうとはしない親。もう出会いたくないけど、きっとどこかではまだ生きていて、出会う可能性だってある。キッチンの蛇口から水が一滴だけ零れた。それがシンクに当たって、ボン、と音が鳴った。過去に耽っていた僕を現実に引き戻すトリガーみたいで、有難かったのだけど、キッチンに行って閉まりきってなかった蛇口を閉めた。

もし、自分に子供がいるのなら、どういう愛を与えるべきなのだろうか。守り切ってしまう愛もあるし、守らないで放つ愛もある。意見を尊重する愛もあるし、自分の意見を子供に押し付ける愛もある。果たして、どれが正解なのか悩むけれど。まだ子供がいるわけでもないし、こんなに深く考えることはない。以前、育児について母に聞いたことがあった。母は「好きに生きてほしい。私は子供の頃、病弱で何もできなかったから」と教えてくれた。その育児のおかげか、僕は好きに生きている。さっき食べた星が、夜空にも輝いていた。

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