思わず顔をこわばらせたのを見て取って、冴子はわざとらしいひそひそ声で囁いた。
「橘様は澄乃さんをとっても大切になさっているようね。椿山御殿での様子からすると、御夫婦というより許嫁みたいでしたわ」
澄乃の頬が燃えるように熱くなる。冴子にはその反応で充分だったらしい。いかにも意外そうに目を瞠り、皮肉っぽく口許を緩めた。
「あら、まあ……。そうでしたの。きっと遠慮していらっしゃるのね。将校とはいえ平民から伯爵家の婿養子になったのですもの、何かと憚られて当然だわ」
「わ、わたしとの結婚を望んで、朔也さんは一条家へ来たのですわ」
カッとなって言い返すと、冴子は嘲るような微笑を浮かべた。
「そうだとしたら、ますます不思議ですこと。橘様はお優しいだけでなく、責任感の強いお方とお見受けします。一度お引き受けになった以上、一条家のことも澄乃さんのことも、けっして粗末にはなさらないでしょう。そう……あなたが望まないことを、無理に求めるような方でもないはず」
絶句して冴子を凝視すると、今度は明らかに勝ち誇った冷笑が浮かんだ。
「大切に扱ってくださることと、女として望んでくださることとは、別ではございませんこと?」
放たれた言葉は氷の棘となって、澄乃の胸に深々と突き刺さった。
胸に抱えた書類挟みの角を力一杯握り込む。その痛みでどうにか冷静さを保ち、澄乃は慇懃に頭を下げた。
「これで失礼いたします。電車で帰りますから、お送りいただかなくて結構です」
冴子は小馬鹿にしたように目を瞬いた。
「電車ですって? 伯爵家の令嬢が、おひとりで、あんな乗合に」
「便利ですもの、乗りますわ。主人の自動車もございますが、わざわざ呼ぶには及びません」
無意識に『主人』に力がこもる。それは朔也の妻であることを冴子に宣言するというよりも、自分自身に言い聞かせるためかもしれなかった。
冴子は小さく鼻を鳴らした。
「ご主人の自動車、ということは、橘様からお借りしているのでしょ。運転手も橘様が召し抱えていらっしゃるのでは?」
「橘様は澄乃さんをとっても大切になさっているようね。椿山御殿での様子からすると、御夫婦というより許嫁みたいでしたわ」
澄乃の頬が燃えるように熱くなる。冴子にはその反応で充分だったらしい。いかにも意外そうに目を瞠り、皮肉っぽく口許を緩めた。
「あら、まあ……。そうでしたの。きっと遠慮していらっしゃるのね。将校とはいえ平民から伯爵家の婿養子になったのですもの、何かと憚られて当然だわ」
「わ、わたしとの結婚を望んで、朔也さんは一条家へ来たのですわ」
カッとなって言い返すと、冴子は嘲るような微笑を浮かべた。
「そうだとしたら、ますます不思議ですこと。橘様はお優しいだけでなく、責任感の強いお方とお見受けします。一度お引き受けになった以上、一条家のことも澄乃さんのことも、けっして粗末にはなさらないでしょう。そう……あなたが望まないことを、無理に求めるような方でもないはず」
絶句して冴子を凝視すると、今度は明らかに勝ち誇った冷笑が浮かんだ。
「大切に扱ってくださることと、女として望んでくださることとは、別ではございませんこと?」
放たれた言葉は氷の棘となって、澄乃の胸に深々と突き刺さった。
胸に抱えた書類挟みの角を力一杯握り込む。その痛みでどうにか冷静さを保ち、澄乃は慇懃に頭を下げた。
「これで失礼いたします。電車で帰りますから、お送りいただかなくて結構です」
冴子は小馬鹿にしたように目を瞬いた。
「電車ですって? 伯爵家の令嬢が、おひとりで、あんな乗合に」
「便利ですもの、乗りますわ。主人の自動車もございますが、わざわざ呼ぶには及びません」
無意識に『主人』に力がこもる。それは朔也の妻であることを冴子に宣言するというよりも、自分自身に言い聞かせるためかもしれなかった。
冴子は小さく鼻を鳴らした。
「ご主人の自動車、ということは、橘様からお借りしているのでしょ。運転手も橘様が召し抱えていらっしゃるのでは?」
