「澄乃さんは、もう女学生ではないのよ。御主人のお好みに合わせて装いを整えるのも妻の務めなのではなくて?」
揶揄ように冴子が言う。親しげなその口調には、しかし確かな皮肉がこもっていて、澄乃の胸を鋭く衝いた。
朔也が澄乃の化粧や装いについて注文をつけたことは一度もない。着物を褒めてくれたことはあるけれど、どんな色味の口紅がいいとか、こういう色や柄の着物を着てほしいとか、そのようなことは一度も言われたことがなかった。
かといって無関心なわけではなく、外出の際、着物や帯の組み合わせを考えて支度すると、『お似合いです』と微笑んで褒めてくれる。
あれは、ただのお世辞だったのだろうか……?
考えかけ、ぎゅっと唇を引き結ぶ。
(朔也さんは、そんな人じゃない)
店員に軽く謝意を示し、冴子はその場を離れた。背中を押されなくても、ついていかざるを得ない。
冴子は一階の奥、宝飾品売場へと足を向ける。照明が硝子ケースの中の宝石や金属を反射するせいか、きらびやかな空間だ。
真珠や珊瑚、翡翠。ダイヤモンドにルビー、サファイア、エメラルド。白絹の上で燦然と輝く豪奢な品物を、さしたる関心もなさそうに眺めつつ歩いていた冴子が、ふいに足を止めた。
「綺麗ね、これ」
平打ちの金の指輪がふたつ、白い台の上に並んでいる。宝石が嵌まっているわけでもなく、飾り気のない、どちらかといえば簡素な指輪だ。
「結婚指輪よ。ご存じかしら。もともと西洋の習慣だけど、近頃は日本でもお揃いの指輪を嵌める御夫婦が増えているんですって。左の薬指に嵌めるのよ。一目で結婚していることがわかるわね」
そう言って、冴子は横目で澄乃を見た。反射的に左手を隠しそうになるのを、どうにかこらえる。冴子は皮肉な笑みを浮かべた。
「澄乃さんは指輪をしていないのね。橘様は指輪をくださらなかったの?」
「……西洋の習慣に、あまり興味がないのだと思います。主人は」
「そうかしら。ひどく急なお話で、御用意になるお時間がなかっただけかもしれませんわよ。聞くところによれば内々の祝言を、たいそう簡素になさったそうですし」
確かに急な祝言で、結婚の記念として個人的に贈られたものはない。だが、彼は澄乃に安心と自信をくれた。何よりも澄乃が欲していたもの。
「朔也さんは、わたしと一条家が必要としていたものを十二分に贈ってくれました。不満を覚えたことなど一度もございません」
きっぱり言い返すと、冴子は唇をゆがめた。
「あら、そう。──確かに籍さえ入れれば、世間的には夫婦と言えますものね」
揶揄ように冴子が言う。親しげなその口調には、しかし確かな皮肉がこもっていて、澄乃の胸を鋭く衝いた。
朔也が澄乃の化粧や装いについて注文をつけたことは一度もない。着物を褒めてくれたことはあるけれど、どんな色味の口紅がいいとか、こういう色や柄の着物を着てほしいとか、そのようなことは一度も言われたことがなかった。
かといって無関心なわけではなく、外出の際、着物や帯の組み合わせを考えて支度すると、『お似合いです』と微笑んで褒めてくれる。
あれは、ただのお世辞だったのだろうか……?
考えかけ、ぎゅっと唇を引き結ぶ。
(朔也さんは、そんな人じゃない)
店員に軽く謝意を示し、冴子はその場を離れた。背中を押されなくても、ついていかざるを得ない。
冴子は一階の奥、宝飾品売場へと足を向ける。照明が硝子ケースの中の宝石や金属を反射するせいか、きらびやかな空間だ。
真珠や珊瑚、翡翠。ダイヤモンドにルビー、サファイア、エメラルド。白絹の上で燦然と輝く豪奢な品物を、さしたる関心もなさそうに眺めつつ歩いていた冴子が、ふいに足を止めた。
「綺麗ね、これ」
平打ちの金の指輪がふたつ、白い台の上に並んでいる。宝石が嵌まっているわけでもなく、飾り気のない、どちらかといえば簡素な指輪だ。
「結婚指輪よ。ご存じかしら。もともと西洋の習慣だけど、近頃は日本でもお揃いの指輪を嵌める御夫婦が増えているんですって。左の薬指に嵌めるのよ。一目で結婚していることがわかるわね」
そう言って、冴子は横目で澄乃を見た。反射的に左手を隠しそうになるのを、どうにかこらえる。冴子は皮肉な笑みを浮かべた。
「澄乃さんは指輪をしていないのね。橘様は指輪をくださらなかったの?」
「……西洋の習慣に、あまり興味がないのだと思います。主人は」
「そうかしら。ひどく急なお話で、御用意になるお時間がなかっただけかもしれませんわよ。聞くところによれば内々の祝言を、たいそう簡素になさったそうですし」
確かに急な祝言で、結婚の記念として個人的に贈られたものはない。だが、彼は澄乃に安心と自信をくれた。何よりも澄乃が欲していたもの。
「朔也さんは、わたしと一条家が必要としていたものを十二分に贈ってくれました。不満を覚えたことなど一度もございません」
きっぱり言い返すと、冴子は唇をゆがめた。
「あら、そう。──確かに籍さえ入れれば、世間的には夫婦と言えますものね」
