大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

 はきはきとした声音だ。年の頃は十七、八だろうか。まだあどけなさの残る顔だちで、くりくりした人懐こそうな目をしている。紺の筒袖の着物に真っ白な前掛け姿が初々しい。

 澄乃は微笑んで軽く会釈をした。

「こちらこそ」

「お嬢様は、この一条家の若奥様でいらっしゃいます。あなたは『若奥様』とお呼びするように。いいですね?」

「かしこまりました!」

 溌剌とした千夏の返答に、なんだか居心地の悪さを覚えてしまう。

「こちらはお嬢様のお仕事部屋です。呼ばれない限り、勝手に入ってはなりません。お掃除はわたくしがいたします」

「はい! わかりました」

「では、お嬢様。これから千夏にお屋敷内の説明をしまして、そののち旦那様へご挨拶に伺わせます」

「ええ、よろしくね」

 佐和が一礼する後ろで千夏もかしこまって頭を下げる。扉が閉まると、澄乃はほっと吐息を洩らした。良さそうな子が来てくれた。これで佐和の負担も減るだろう。

 ふたりの話し声が廊下を遠ざかってゆく。

『お嬢様は、この一条家の若奥様でいらっしゃいます』

 千夏に言い聞かせる佐和の声。

 澄乃は暖炉の前に立ったまま、左腕の、肘より少し上を着物の上からさすった。

『若奥様』

 佐和とは別の響きが、耳の奥で重なる。

 哀れみとも侮蔑ともつかぬ、冷ややかな響き。

 あるいはその両方だったのかもしれない。

 ふと、十日前の百貨店での出来事が鮮明に蘇った。

 硝子箱の中で金色の指輪が電灯を反射して輝いている。声もなくそれを凝視する澄乃を見て、彼女は笑ったのだ。艶やかな赤い唇を、冷ややかな三日月の形に歪めて──。

     * * *

 ──冴子が悠然と特別室に入ってきたとき、澄乃は珈琲のカップを皿に戻しかけたところだった。

 指先がこわばり、かちゃんと音が響く。冴子は瞬きをひとつして婉然と微笑んだ。だが、その目には一片の親しみもない。

「あら。澄乃さんも御一緒でしたの」

 何気ない口調に棘を感じてしまったのは、過敏すぎただろうか。何も知らない篠田夫人が楽しげな笑顔になる。

「まぁ、冴子さん。お久しぶりですこと。どうぞどうぞ、お掛けになって。──あなた、こちらにも珈琲とケーキをお持ちして」

「珈琲だけでけっこうよ。それとこれ、帰るまで預かっておいて」

「かしこまりました」

 外套を受け取った給仕がうやうやしく一礼して下がると、冴子は優雅な仕種で篠田夫人の隣に腰を下ろした。先ほど瀬田が座っていた席ではなく、澄乃の正面だ。

「突然押しかけてしまって、ごめんあそばせ。階下(した)でたまたま瀬田さんとすれ違いまして、篠田様がお見えだと伺ったものですから。是非ともご挨拶を、と」

 如才なく述べ、冴子は澄乃に硬い光を宿した瞳を向けた。

「お元気そうね、澄乃さん」