大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

 二月になると、朝の冷え込みが一段と増した。青空の下、庭の飛び石を覆う霜が朝日にきらきらと輝いている。

 朝食を取り、朔也を送り出した後、澄乃はいつものように一階の作業部屋へ入った。北側の部屋は暖炉に火を入れてもなかなか暖まらない。

 少しでも指先を温めようと暖炉の前で手をこすり合わせていると、廊下から二人分の女性の声が聞こえてきた。ひとりは佐和、もうひとつは耳慣れない若い女の声だ。

 新しい女中がやってきたのだ。

 一条家の暮らしが上向くにつれ、佐和ひとりでは手が回らなくなってきた。外回りは朔也の元当番(従卒)である村瀬が引き受けてくれてだいぶ楽になったが、篤之の世話に炊事、掃除、洗濯、増えてきた来客への応対まで、佐和ひとりでは負担が大きい。

 澄乃もできるだけ手伝うようにしているが、昔気質の佐和には恐れ多く感じられるのだろう。澄乃が結婚するとさらにその傾向が強まり、手伝おうとしても断られてしまう。

 母・綾子の乳母だった佐和は、元気とはいえ、すでに無理のきく年ではない。任せるのは父の世話と来客の対応だけに絞れればと思っていると、察した朔也が女中をひとり雇いましょうと提案してくれた。

 迷ったが、村瀬の他に女中をひとり雇っても自分の俸給で充分まかなえると言われ、思い切って提案を受け入れることにした。いざとなれば刺繍仕事で女中の給金くらい出せるはずだ。

 口入れ屋を通して雇った女中が、今日から来ることになっていた。来たことに気付かなかったのは、澄乃が作業部屋に入った後に、裏口から訪れたからだろう。

 廊下を足音が近づいてきて、作業部屋の前で止まった。

「お嬢様。新しく参りました女中をお引き合わせいたします」

 佐和の声に、澄乃は暖炉の側で背筋を伸ばした。

「お入りなさい」

 扉を開いて一礼した佐和に促され、小柄な娘が進み出て深々とお辞儀をした。

「本日からお世話になります、千夏(ちなつ)と申します。どうぞよろしくお願いいたします」