大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

「よくお考えになられているのですね。篠田様のお着物に合わせたということは、たとえば同じ意匠でも、別の方が身につけるのなら配置や色を変えるということですか?」

「それは当然、変えます」

「そうしますと一条様は、単に刺繍をなさる方というよりも、刺繍の図案家とお呼びしたほうがよいかもしれませんね」

「図案家……ですか」

 聞き慣れない呼び方だ。自分のことは、ただ刺繍を繍う人間としか考えたことがない。

 瀬田は頷いた。

「一条様は、優れた刺繍の腕をお持ちなだけではありません。何を、どこへ、どのように置けば最も美しく見えるかまで考え抜かれておられる」

 篠田夫人が、ここぞとばかりに身を乗り出した。

「そのとおりですわ。わたくしの半襟と手巾は、帝劇で皆様にお褒めいただきましたのよ」

「確かに、篠田様の高いおめがねに適う素晴らしい逸品と存じます」

 瀬田は如才なく相槌を打ち、ふたたび澄乃に向き直った。

「そこで、一条様にご提案がございます」

「……なんでしょう」

「私は、お客様それぞれに合う図案を、という一条様のお考えを、百貨店の商品へ応用できないかと考えております。この春、婦人小物の売り出しを予定しているのですが、一条様のお作りになった作品を数点、そこへ出してみてはいかがでしょうか」

「わたしの刺繍を……?」

 澄乃の脳裏に、折り皺の目立つチラシが浮かぶ。

 舶来品の手巾。機械刺繍の薔薇──。

「はい。こちらの椿のお品物と同様に、半襟と手巾を一組として三種類ほどの基本図案をお作りいただく。春の花を主題として、着物の色や着用者の年代に合わせ、それぞれに色違いを用意いたします」

「えぇ……」

 熱意のこもった瀬田の口調に圧されてたじたじとなる澄乃に、篠田夫人がけしかけるように言う。

「あら、いいじゃないの。図案料や制作代金は当然、払っていただけるのでしょうね? 言っておきますけど、澄乃さんはお安くなくてよ」

「もちろんでございます」

 力強く頷く瀬田に、篠田夫人は念を押した。

「椿はいけませんわよ。あれはわたくしだけの図柄ですからね」

「ご心配なく。篠田様のお手持ち品とかぶるようなものは作りません」

 いつのまにか瀬田と篠田夫人の交渉のようになっていて、澄乃は焦って腰を浮かせた。

「あ、あの、わたし──」

「一条様とて、ご懇意の篠田様に作ってさしあげたものと似たようなものなど、作りたくはないでしょう」

「え、ええ……」

「お客様は、自分のために作られたと思えるようなお品をお求めになります。一条様の図案を基に、色や配置を少しずつ変えれば、既製品でありながらも、そのような趣の備わった品物が作れるはず」

「そう……でしょうか……」

 澄乃は一階の硝子棚に並ぶ手巾を思い浮かべた。

 機械刺繍の菫の手巾。同じ形、同じ角度の花。もしあの花が、一枚ごとに微妙に違っていたとしたら……?

 自分の考えた図案が百貨店に並び、これまで会ったこともない女性たちの手に渡る。その女性たちの着物に合わせて、色や配置が変えられていく。

 指先が、膝の上の書類挟みの縁をそっとなぞった。

「ただし──」