大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

 不意を衝かれ、澄乃は軽く目を瞠った。ミルクティーでほどけた緊張感が、ふたたびざわつきだす。

「もしや、気落ちでもなさいましたか」

「──あまりに見事な刺繍を拝見して、自分など足元にも及ばないと思い知らされまして……」

 言い当てられたことにうろたえて口ごもると、瀬田は金縁眼鏡の奥の茶褐色の目を少し細めた。

「確かにあれは見事なものです。画家が描いた下絵をもとに、刺繍職人が絹糸で一針一針緻密に繍い上げた、まさに芸術品だ。……しかし、あれは壁に飾って鑑賞するもの。人が身につける刺繍ではない」

 絶句する澄乃に、瀬田が微笑する。

「一条様がお作りになるものとは、そもそも目指すところがまったく異なります」

「そうですわ。澄乃さんがお作りになるのは身につけてこそのものですもの。何よりも()()()()()美しく見せてくれますのよ」

 得意気に口を挟む篠田夫人に、瀬田は如才なく頷いた。

「そのとおりです。私が篠田様の半襟と手巾(ハンケチ)を拝見して驚いたのは、刺繍の腕が並外れているということだけではありません。あの椿の刺繍は、身につけた方が最も美しく見えるよう考え抜かれた上で作られていた……。あの半襟や手巾をそれぞれ額縁に収めて眺めても、もちろん美しいでしょう。ですが、作り手の本当の意図は伝わらない。あれは、お使いになる方のお顔立ちやお召し物、手に取ったときの所作まで含めて、初めて完成するものではないでしょうか」

 思わず息をのむ。

 篠田夫人が嬉々として声を張った。

「まぁ! そこまで考えてくださっていたなんて。道理で皆様、顔色まで明るく見えると仰るはずだわ。さすが澄乃さんねぇ」

 はしゃぐ篠田夫人の隣で、澄乃は呆然としていた。

 まさにそのとおりだ。真っ赤な藪椿、緑葉に積もる雪、青磁色の着物──。ひとつひとつ考えて選んだものが、瀬田の言葉によって初めて一筋の道となって示された。

 自分でも明確な言葉にしたことのない制作の意図を、ただ品物を見ただけの瀬田が正確に読み解いたことに驚き、圧倒された。

 瀬田は金縁眼鏡を軽く押し上げ、そつなく微笑した。

「室内装飾としての刺繍絵画と、一条様がお作りになる服飾品は、けっして競い合うものではありません。よろしければ、お手持ちのお品物をお見せいただけませんか」

「そうよ、澄乃さん。せっかく持ってきたのだから、出し惜しみしないでお見せなさいよ」

「べ、別に出し惜しみしているわけでは……」

 篠田夫人にせっつかれ、澄乃は膝に置いていた書類挟みをテーブルに載せた。

 朔也がしっかりと閉じてくれた留め金を、慎重に外す。

 ぱちん、と音がするたび、心臓が小さく飛び撥ねる気がした。