大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

 そっと尋ねると、篠田夫人はけろりとした顔で頷いた。

「似た感じの帯揚げも帯締めも持っているのよ。ただ、うまい取り合わせが思いつかなくて……。今のはすごく参考になりましたわ」

 意外とちゃっかりしているな、と澄乃は感心した。夫人は着道楽だが、けっして浪費家ではない。むしろ財布の紐はかなり固い方だ。

「ついでに展示室でも見ましょうか。目の保養になるわ」

 ふたたび昇降機(エレベーター)に乗り込む。格子扉が開くと、階下の売場とはまったく趣の異なる空間が広がっていた。いわば百貨店内の小さな美術館だ。

 展示品は充分なゆとりを持って配置され、ひとつひとつを立ち止まって眺められるようになっている。

「──あら、〈新春美術染織展〉ですって。澄乃さんも興味がおありじゃない?」

 篠田夫人は率先して会場に入っていくと、展示品を眺め始めた。

 刺繍を施した帯や屏風、ビロード友禅の壁掛けなどが、ゆったりと間を取って並べられている。その中央に、金色の額縁に収められた大きな刺繍絵があった。

 額縁の下に、『刺繍絵画〈獅子図〉』と題名が表示されている。

 澄乃はまじまじと目を凝らした。

 岩の上に立つ獅子の毛並みも、背後にわだかまる雲も、すべて絹糸で繍い出されている。離れて見たら精緻な日本画としか思えない。歩み寄った篠田夫人が感嘆の声を上げた。

「まぁ、これ刺繍なの? てっきり絵だと思ったわ」

 その言葉は、澄乃の内心そのものだ。

 これほど精緻な刺繍絵に比べたら、自分の取り組んでいる洋風の刺繍絵など、子どもの落書きとしか思えない。

 圧倒され、眩暈すら覚えた。

 これが本物の刺繍職人の仕事──。

 児戯に等しい刺繍を、なかなかのものだと自負していた自分が、急に恥ずかしくなる。

 正視できないほど眩しく感じるのに、目が逸らせない。

 絶句して、獅子の刺繍絵を凝視していると、背後から落ち着いた男性の声が響いた。

「ようこそお越しくださいました、篠田様」