大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

 これが、新しい時代の物の売り方なのだ。相手をよく観察するという根っこの部分は同じでも、一から作るのではなく、すでにあるもので最高の組み合わせを生み出す。

 今や、品質のよい刺繍を何枚でも機械で作れる。その流れはこれからますます大きくなっていくだろう。

 なんだか自分だけが時代に取り残されているように感じてしまう。思わず書類挟みを胸元に抱きしめると、朔也の穏やかな声音が脳裏によみがえった。

『注文主の意向に沿った上で、あなたの「好き」を表現すればいい。それがいいと、私は思います』

『あなたの好きなものは、きっと良いものですから』

 固い書類挟みの感触が、急に頼もしく感じられた。

(──そうよ。わたしは自分の「好き」を形にできる)

 まだ形のないものに、この手で形を与えられるのだ。

 萎縮しかけた心にふたたび小さな自信が戻り、澄乃は書類挟みを指先でそっと撫でた。

 振り向いて手巾売場の菫の刺繍をもう一度眺める。

 そういえば、よく観察することが大事だと最初に気付かせてくれたのは菫の刺繍だった。

 今度もまた、菫が考えるきっかけをくれた。

(菫に縁があるわね……)

 内心でふふっと笑った瞬間、頭の片隅をぼんやりした面影がよぎる。

 誰とも知れない曖昧な姿。それはいつも菫とともに蘇る気がする。思い出そうとするとなぜか代わりに朔也の顔が浮かび、澄乃は頬を赤らめた。

(ばかね。朔也さんがお好きなのは藪椿(やぶつばき)よ)

「──澄乃さん、上階(うえ)に行くわよ。澄乃さん?」

「あ、はい。すみません」

 怪訝そうな篠田夫人に急いで追いつくと、夫人はしたり顔でそっと囁いた。