大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

「あら、ご親切に。それじゃ、まずは小物でも見ましょうか」

 篠田夫人は澄乃を促し、慣れた様子で歩きだした。

 小物売場は一階の入り口近くということもあり、ひときわ賑わっていた。

 硝子張りの陳列台に、手袋や手巾(ハンケチ)、ショール、ハンドバッグ、香水瓶といった服飾小物が、種類ごとにゆったりと並べられている。

 篠田夫人に従って歩いていた澄乃は、ふと手巾(ハンケチ)売場で足を止めた。

 (すみれ)の刺繍の入った手巾が並んでいる。

 淡い紫、濃紫、黄色もある。色は違っても、花びらの大きさ、花の角度までそっくり同じだ。

(これが機械刺繍……)

 澄乃は少し上体を折り、じっと刺繍を見つめた。

 同じ形の花を、同じ品質で何枚でも()える。色違いで作られたものを、客がそれぞれ好みで選ぶのだ。

 手仕事では、こうはいかない。一枚繍うだけでもかなりの時間がかかるし、そもそもまったく同じものなど作れない。

 しかし、機械刺繍の菫は完全に同じ形だ。

 まったく同一の刺繍が施された手巾を、異なる人々が持つ。

 考え方が逆なのだと、澄乃は気付いた。

 自分なら、まずは持つ人の年格好や手の形を観察し、どんな刺繍が最も映えるのか考える。どこで、どんなふうに使うつもりなのか、どんな着物に合わせるのかも訊いてみる。たとえば、あの雪持ち椿のように。

「──あら。この手袋、素敵ね」

 篠田夫人の声に、澄乃は姿勢を戻した。彼女は隣の売り場で手袋を眺めている。歩み寄ると、夫人は手にしていた深緑の革手袋を澄乃に示した。素敵ですね、と応じて微笑む。

 手袋売場の女性店員は夫人のまとう葡萄酒色のワンピースを見やり、棚から別の手袋をひと組取り出して並べた。

「深緑もお似合いですが、本日のお召し物でしたら、もう少し明るいお色もお似合いかと存じます。淡いお色でしたら、春先にもお使いいただけますし」

 店員が見せたのは象牙色の手袋で、手首を小さな飾り(ボタン)で留めるようになっている。

「こちらもいいわね」

 夫人は頷き、片手ずつ試着して見比べている。

 澄乃は夫人と店員の遣り取りを興味深く観察した。