大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

「でね。赤い椿のおかげで顔色まで明るく見えて、それがまた風情があると。幕が開くまで、ずっと褒められどおしでしたのよ」

「それは、よろしゅうございました……」

 気圧(けお)されながらも、澄乃はなんとか微笑んだ。そこに佐和が茶を運んでくる。夫人はさっそくお茶で口を湿すと、ふたたび目を煌めかせた。

手巾(ハンケチ)もね、観劇後のお茶の席で膝へ広げたら、また注目を集めたの。半襟と同じ雪持ち椿なのに構図が違うでしょ? 皆様ずいぶん驚いていらしたわ。半襟と手巾を揃いで誂えるとは、なんて洒落た趣向だろうと。青磁と赤の取り合わせを選んだわたくしは趣味が良いと、皆様にお褒めいただきましたわ」

 夫人は満面の笑みを浮かべた。

 引き攣り笑顔のまま澄乃は相槌を打った。青磁の着物に赤い椿の半襟を合わせることを提案したのは自分なのだが……。

 それはともかくとして、半襟と手巾の図柄は、思惑どおりの印象を与えることができたようだ。

 自分の考えは間違っていなかった。

 刺繍の美しさだけではない。着物と半襟、夫人の顔映り、膝に広げた手巾まで、すべてが一続きに噛み合って、初めて成り立つ装いの美なのだ。

 褒められたのはもちろん嬉しいけれど、そちらの手応えのほうが、ずっと深く胸に響いた。

 夫人はもう一口お茶を飲み、今度は少し声をひそめた。

「例の薔薇の手巾の──千疋屋で同席した方ですけど、覚えていらっしゃるかしら。あの方もいらして、こちらを羨ましそうに御覧になっていたのよ」

「舶来物の手巾ですね」

「ええ、そう。どうやらあれ、錦華屋(きんかや)でお買い求めになった品物らしいの」

 錦華屋といえば、流行の最先端をゆく百貨店である。頭の隅で何かが引っかかった気がしたが、篠田夫人が喋り続けていて思い出せない。

「あの舶来品、機械刺繍だそうですわ。針目が揃っていて、色も鮮やかで、とっても華やかな薔薇……。お値段もそれなりにしますし、あれはあれでたいへんけっこうなお品ですわ」

 夫人はそこで少し得意げに顎を上げた。

「錦華屋の瀬田(せた)さんから伺いましたのよ。観劇後に寄ったお店で、たまたま行き会いましてね」

「瀬田さま、ですか……?」

「ええ。錦華屋の常務をなさっている方。まだお若いけれど、なかなか見る目のある方なのよ」

 瀬田は百貨店の上客である篠田夫人を見かけて挨拶に来たらしい。そのとき、夫人の半襟に目を留めてひとしきり褒め、さらに膝に広げた手巾が半襟と揃いの意匠だと気付いた。

「少し拝見してもよろしいでしょうかと頼まれましてね。近くでじっくり御覧になって、感心したように仰ったの。『これは手()いの日本刺繍ですね』って」

 ハッとして思わずピンと背が伸びる。

「半襟と見比べて、『同じ椿でも花の配置が異なっている。半襟はお顔映りを、手巾はたたんで持つときと膝に広げるときの両方を考えて図案を起こしているのでしょう』って仰ったわ」

 夫人は瀬田の言葉をしかつめらしく再現してみせた。

「それだけじゃないの。これはわたくしひとりのために誂えられたものですねって」