大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

「わたし?」

 当惑して澄乃は眉をひそめた。佐和もまるで見当がつかないらしく、曖昧に首を振っている。

「……わかりました」

 澄乃は座っていた椅子から立ち上がった。

 着物の衿元と裾を整え、帯の具合を確かめてから台所を出る。針仕事のために着ていた薄鼠の小紋の袷は、古びていても粗末ではない。しかし客人の前へ出るには、いかにも奥向きの装いだった。

 帯も日常的な縞の半幅帯である。せめて帯だけでも締め直せたらよかったが、そんな時間はなかった。

 父の呼び出しである以上ぐずぐずしてはいられないし、ましてや見知らぬ軍人を待たせてるのも落ち着かない。

 一階の廊下の電灯はひとつおきに点いている。慣れた光量のはずが、何故だかひどく暗く思えた。

 一瞬立ちすくんだ澄乃は、袖口を軽く引き、スリッパの音をたてないよういつも以上に注意しながら書斎へと向かった。