大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

「お久しぶりですこと、澄乃さん」

「……冴子(さえこ)様」

「ご結婚おめでとう存じます。立派なお婿さんをお迎えになって、よろしゅうございました」

「ありがとうございます」

「お知り合いでしたか」

 固い表情のまま朔也が問う。

「女学校が一緒で……」

「わたくしのほうが一学年上ですけれど」

 ホホ、と冴子はほっそりした指を唇に添えて笑った。

 高宮(たかみや)冴子。侯爵家の令嬢だ。

 女学校ではつねに首席で、その装いも群を抜いて洗練されていた。取り巻きを従えて廊下を歩くだけで羨望と称讃のまなざしを集め、それを当然のものと涼しく受け流す。全校生徒の憧れの的とも言える存在だった。

 学年も違い、特別に親しかったわけではない。だが、同じ華族として互いに見知ってはいて、行き会えば会釈を交わすくらいの間柄だった。

「お会いするのは、わたくしの卒業以来になりますかしら。まさか、このようなところでお目にかかるなんて思いませんでしたわ」

 何気ない言い方にもかかわらず、棘を感じた。もちろん冴子は一条家の零落を知っている。華族であれば当然のことだ。

 冴子の連れの二人──年配の婦人と、冴子と同年代の令嬢──は、慎ましく距離を置きつつも、興味津々にこちらを窺っている。

 冴子は澄乃の写生帳に目敏く気付いた。

「あら、写生をしていらしたの?」

「ええ、まぁ……」

 見せろと言われたらどうしようかと焦ったが、冴子は軽く口角を上げただけだった。

「椿は美しいけれど、不吉な花とも言われますわね。花ごと落ちるので、武士は嫌ったとか……。橘様、いえ、一条様のお家は武家でしたわねぇ」

 皮肉をふくんだ口調にどきっとする。同時に朔也が冷然と応じた。

「椿を好む武士も大勢いましたよ。打ち首うんぬんはただの俗説です」

 冴子の微笑が、一瞬だけ険しくなる。

「……ごめんあそばせ。わたくし、頭が固いのですわね。なにせ我が家はたいそう(ふる)いものですから」

 謙遜のようで、その実、由緒正しい家柄であることを強調している。女学校時代、弁舌で冴子に敵う者はいなかった。口下手な澄乃など、言い返すことすらままならない。

「一条様も大変ですわねぇ。わざわざお勤めを休んでまで奥様に付き添わなければいけないなんて。入り婿はさぞ気苦労が多いでしょう」