大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

「奥方は男爵夫人とお稽古仲間だそうで、頼めばまたもらえるからと中佐は言っていました」

 澄乃は招待券を軽く押しいただいた。

「ありがとうございます。でも、わざわざお休みを取っていただかなくても……」

「省で聞いたのですが、明後日から天気が崩れる見込みだそうです。明日まではよさそうなので、午後から出かけましょう。見るなら早いほうがいい。──では、また夕餉のときに。仕事中、邪魔をしました」

 朔也は会釈すると(きびす)を返し、すたすたと歩み去った。

「いえ……」

 中途半端に呟いて、澄乃は招待券を両手で持ったまま朔也の背中を眺めた。

(……気にしてくれた?)

 昨夜の澄乃の様子から、図案で悩んでいると察して──。

 本当に、たまたま須藤中佐から譲ってもらったのだろうか。ずいぶんと都合のいい偶然に思える。もしかしたら、譲ってくれたというより、頼み込んで譲ってもらったのかもしれない。

 廊下の向こうから、帰宅に気づかなかったことを詫びる佐和の声と、気にしないよう答える朔也の声が聞こえてきた。

 急に気恥ずかしくなって、澄乃は慌てて扉を閉めた。



 翌朝、朔也を送り出すと、澄乃は箪笥を覗いて考え込んだ。

 椿を見に行くのだから椿柄を避けるのは当然として、どんな着物がいいだろう。あまり派手なものでは場にそぐわないが、かといって地味すぎても上流の催し物に顔を出すには失礼になる。

(派手な着物など、もともと持っていないけれど……)

 少し悩み、淡い藤鼠の小紋を選んだ。遠目には無地に見えるほど細かな梅鉢を地紋のように散らした一枚で、派手ではないがしっとりと艶がある。

 帯は白茶の地に小さな菱文を織り出した昼夜帯で、裏はくすんだ紅梅色。半襟は白の塩瀬(しおぜ)に、自分で繍った細い枝梅をあしらったものにした。

 道行は、先日銀座へ出たときにも羽織った深川鼠。袖口にほんの少し裏地の薄い珊瑚色が覗き、いい塩梅の差し色になる。

 髪は佐和に結い直してもらい、束髪に鼈甲の小さな簪を一本挿した。

 佐和がやけにニコニコしているものだから、澄乃は軽く睨んでやった。

「お仕事の参考として、椿を見に行くだけよ」

「わかっておりますとも」

「お仕事なの」

「はい、大変結構でございますね」

 その声は明らかに笑いをこらえている。澄乃はむすっとして口を閉じた。