有能すぎる押しかけ婿様に完全包囲されました

「こんな形で婿取りの話などしたくはなかった」

 父は低く呟いた。

 ステッキの握りに置かれた指が、白くこわばっている。

 しばしの沈黙を挟み、父は静かに尋ねた。

「おまえはどう思った? あの橘朔也という男を」

「わかりません」

 本当にわからなかった。

 借金の肩代わりは、決して楽ではないはずだ。

 銀行株を持っていると言ったって、そこまでの資産家ではない。

 爵位が欲しいようにも思えなかった。

 もともと旧家の出で、あの若さですでに少佐なのだ。

 軍の中でも出世頭に違いない。

 爵位で箔をつける必要はないだろう。

 彼の意図など知らない。

 だが、これが一条家に取ってどれほど好条件の申し出であるかは、いやというほど理解できた。

 澄乃は書類を丁寧に折り畳んで封筒に戻し、小卓の上に置いた。

「少し考えさせていただけますか」

「もちろんだ。どうしても厭なら断っても──」

「そろそろお夕食にいたしましょう」

 澄乃は父の言葉を遮って立ち上がった。

 父は気圧されたように目を瞬いた。

「……ああ、そうだな」

「支度が整いましたらお呼びいたします」

 頷く父に一礼して、澄乃は足早に書斎を出た。これ以上父と顔を付き合わせていたら、感情の昂りを抑えられる自信がなかった。