大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

 かぁっと頬が熱くなる。澄乃は手にとった浴衣に思わず顔を押しつけた。

「……そんなの、変よ」

 そんなこと、あるはずない。

 わたしと結婚したいだけだったなんて。

 そんなこと……。

 ふるふるとかぶりを振り、浴衣と手拭いを持って廊下に出る。冷たい空気に触れると頬の熱さが余計に意識され、澄乃の足どりは自然と速くなっていた。



 翌日の夕刻。玄関のほうで何か物音がしたように思いつつ、澄乃は作業部屋で写生帳を眺めていた。

 素描(スケッチ)は増えている。朝からもう一度庭に出て、藪椿を様々な角度から描いてみた。それでもやはり、納得がいかない。

 足音が廊下を近づいてきて、作業部屋の扉が(たた)かれた。

 我に返って応ずると、軍服姿の朔也が戸口に立っていた。外套を左腕に掛け、軍帽はその手に持っている。

「戻りました」

「あ、お帰りなさいませ」

 澄乃は慌てて立ち上がった。

「申し訳ございません、お出迎えもせず」

「気にしないでください。それより、これ」

 白い革手袋を嵌めた手で、封筒が差し出される。

 首を傾げて受け取ると、朔也が仄かに微笑した。

「明日、一緒に行きませんか」

「えっ……」

 どこへ? と急いで中身を確かめると、長方形の紙片が二枚出てきた。何かの券らしい。

「明日は午前だけ出仕します。午後から椿を見に行きましょう」

「つ、椿?」

 混乱して朔也の顔と券を交互に眺め、澄乃は目を丸くした。

 ご招待券。観椿の会。椿山御殿(つばきやまごてん)

 それだけが、長方形の厚手の鳥の子紙に印刷されている。

「椿山御殿って……関口の? でも、あそこは──」

 高台に広がる男爵家の名園で、様々な種類の椿が揃っていることで有名だ。

 まだ両親ともに健在だった頃に一度だけ行ったことはあるが、子どもの時分なのであまりよく覚えていない。

 朔也は浅く頷いた。

「椿が見頃になるこの時季だけ、招待客に庭を開いているそうです。須藤中佐から招待券を二枚譲っていただきました」

「須藤様はお出かけにならないのですか?」

「奥方が風邪を召されたので、当分外出を控えたいとのことです」

「まぁ……」

 祝言の折に媒酌人を務めてくれた、誠実で穏やかな中佐夫妻の姿が思い浮かぶ。

「それは残念ですね。でも、いただいてよろしいのでしょうか。具合がよくなってから出かけられても」