大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

 眉を上げ下げしながら、夫人は不機嫌そうにしばし思案していた。

 高い手間賃は払いたくないが、澄乃の刺繍は欲しい。

 澄乃の刺繍は欲しいが、呉服屋お抱えの刺繍職人に支払うほどのお金は出したくない。

 夫人がそんなふうに考えを巡らせているであろうことが、手にとるように澄乃にはわかった。

 思案の末、見栄と欲望が財布の紐の固さに勝ったらしい。夫人は溜め息まじりに頷いた。

「わかりましたわ。澄乃さんの言い値で支払いましょう。で、いかほど?」

 澄乃は言葉に詰まった。横目でそろりと朔也を窺う。彼はちらと澄乃を見ただけだったが、その目ははっきりと言っていた。

 自分で決めろ、と。

 澄乃は膝の上で拳を握った。決意して顔を上げる。

「材料費とは別に、図案料と急ぎの手間賃を頂戴したく存じます」

「結構ですわ。で、おいくら?」

 夫人は気短に急かした。こうなったからには、ここで金額をはっきりさせておきたいのだろう。それ以上は払うまいという気配が、ありありと見て取れた。

「じゅうえ……二十円、頂戴いたします……!」

 夫人の眉がぴくりと動く。

「……半襟と手巾(ハンケチ)で?」

「篠田様だけのために、お作りするものですから……」

 事実ではあるが、夫人の自尊心をくすぐったらしい。得意気な笑みが口の端に浮かんだ。

「でしたら仕方がありませんわね」

「材料費は、別です」

 傍らで朔也が恬淡と言い、夫人は横目で彼を睨んだ。

「別なの?」

「別です」

 澄乃は敢然と頷いた。

 夫人が軽く鼻を鳴らすと、気がついたように朔也が付け足した。

「購入した店の領収書をお渡ししましょう」

「結構よ。澄乃さんがごまかしなどしないことは、ちゃんとわかってますから」

 篠田夫人はツンとして立ち上がった。

「念のため申し上げておきますけど、日にちは絶対に動かせませんからね。十四日のお昼にはいただきたいわ」

「承知しました」

 朔也とともに玄関まで夫人を送った。自家用の人力車に乗り込んだ夫人に、ふと思い出して澄乃は歩み寄った。

「篠田様。お差し支えなければ、帝劇へ着ていかれるお召し物を何日かお借りできますか? 実際に見て、図案を考えたいので……」

「あとで届けさせますわ」

 夫人は鷹揚に頷き、車夫に合図した。幌が下ろされ、(くるま)が動き出す。

 澄乃はお辞儀して夫人を見送った。

 玄関ホールに戻ってふたりきりになると、澄乃は思わず朔也に頭を下げた。

「ごめんなさい」

 いきなり頭を下げられ、朔也が面食らう。

「何を謝るんですか」