大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

 夫人はどこまでも、悪意なく上から目線だ。

 彼女は媚を含んだ目を朔也に向けた。

「朔也様ならおわかりいただけますわね。お国のためにお勤めの方でいらっしゃいますもの」

「──帝劇へお出かけになるのは、十五日でしたか」

 持ち上げたつもりがあっさり無視されて、夫人はいささかムッとした。

「ええ、そうですけど?」

「半襟と手巾(ハンケチ)を揃いの意匠で、ということでしたね。図案から新しく起こして」

 夫人の視線を受け、澄乃は遠慮がちに頷いた。

「今回のご依頼内容ですと、そうなるかと」

「あら、そうなの?」

「篠田様のご希望は、よくある古典柄ではございませんし……」

「そんなのじゃつまらないわ! 帝劇にふさわしい、エレガントでモダーンなものでなくっちゃ」

 夫人は意気軒昂に胸を張る。

 朔也は淡々と続けた。

「なるほど。つまり、ご希望どおりのものを作るために必要な図柄と材料は、すべてこちらが用意させていただく……ということですな」

「ええ、すべて澄乃さんにおまかせしますわ。()()()()()()()

「では、価格は澄乃さんが決めてかまいませんね」

「……えっ?」

 篠田夫人は口ごもった。

 これまで夫人が依頼の場で具体的な金額を口にしたことは一度もない。いつだって『いつものように』で済ませてきた。女学校時代の澄乃に初めて頼んだときの、お礼に少し小遣いを渡すような感覚が、そのまま続いていたのかもしれない。

 夫人は口許をわずかに引き攣らせて笑みを浮かべた。

「あらあら。まるで商人(あきんど)みたいな仰りようですわね」

「失礼。兵站(へいたん)局で物資の調達に関わっておりますので」

「あら、でしたらなるべくお安く購入できたほうがよろしいのではなくて?」

「もちろんです。しかし、ものには適正な価格がある。安いだけで品質の悪いものを用いれば、軍では兵が死にます。品質と価格を適正な天秤にかけねばなりません」

 ぐ、と夫人は押し黙った。悔しげに睨まれても、朔也は眉ひとすじ動かさない。

「夫人がお求めなのは、単なる半襟と手巾(ハンケチ)ではないと思うのですが……」

「──は?」

「帝劇で、ご友人がたと集うとき、最も目を惹く品をお求めなのですよね。舶来品に対して和の品格で上回るもの。さらには夫人おひとりだけのために描き起こされた意匠。それが、今回のご注文の意図です。違いますか?」

「そ、そのとおりですわ」

 夫人は反発も忘れ、こくこくと頷いた。

「そのご期待に応えるためには、図案の独創性と、ご要望に合わせた材料の選定が必要です。しかも納期は十日足らず。常識的に考えて、材料費と少しばかりの手間賃では到底間尺に合わない。品質を保持した上で納品を急がせれば、当然それなりの追加料金がかかる。軍の物資調達でも同じことです」