大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

 夫人は目を瞠って惚れ惚れと朔也を眺めた。

 少女のように目許を染めている。

「まぁ、なんてご立派な……。朔也様と仰るのね。陸軍省にお勤めなんですってね」

「はい」

「将校さん?」

「少佐を拝命しております」

 夫人はさらに目を丸くした。

「お若そうなのに、すごいわね。おいくつ?」

「数えで三十です」

 年始の挨拶客に返したのと同じ答えだ。

 澄乃は少し可笑しくなった。

 ただ『三十です』で済まさず、いちいち『数えで』をつけるのが、妙に律儀だ。

 篠田夫人は感心の面持ちで頷いた。

「一条様もこれで心強うございますわねぇ」

 夫人の声音がなんだか嫉妬まじりに聞こえたのは、意識しすぎだろうか。

 そういえば、篠田伯爵の令息たちも軍人だったはず。

義父(ちち)には孝養を尽くす所存です」

「ご立派ですわ」

「それでは、私はこれで。どうぞ、ごゆっくり」

「ああ、お待ちになって!」

 退出しようとする朔也を、慌てて夫人は呼び止めた。

「今ね、澄乃さんに新しい刺繍をお願いしていましたの」

「……刺繍、ですか」

 ぴくりと朔也の頬が動く。

「帝劇の新春興行に着ていく着物に、澄乃さんに刺繍していただいた半襟を合わせようと思って。どうせなら、殿方の意見も伺いたいわ」

 上目遣いに(しな)を作る夫人に、澄乃は唖然とした。

 朔也のほうは面食らった面持ちで、眉根を寄せている。

「自分は武骨者ですので、ご婦人の装いに意見などできかねます」

「まぁ、そんなこと仰らず、ね? お座りになって」

 ようやく澄乃は篠田夫人の意図を察した。

 要するに、美男子の朔也をもっと鑑賞していたいのだ。

 困惑気味の視線を向けられ、澄乃はやむなく頷いた。

 見せ物じゃないんだから……とは思ったが、客人の要望を無下にはできない。

 朔也はやや憮然とした面持ちで、それでも折り目正しく澄乃の隣のソファに腰を下ろした。

 夫人は嬉しそうに、帝劇へ行く話を繰り返した。

 舶来の刺繍に和の品格を見せつけるべく、澄乃に半襟と手巾(ハンケチ)を頼んでいることも。

「日本の芸術品は、欧羅巴(ヨーロッパ)亜米利加(アメリカ)の博覧会で大層な評判を取っていると言うじゃありませんか。ですからね、そういう洋物かぶれの皆様がたに、日本の素晴らしさを思い出させてあげなくてはと思いまして」