大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

 見ているうちに目が回りそうになり、澄乃は眉間を押さえた。

「大丈夫ですか?」

 気づかわしげに問われ、気を取り直して微笑む。

「少し、圧倒されてしまって」

「かえって混乱させたかな」

「そんなことは」

 澄乃は急いでかぶりを振った。

 もう一度、素描の数々を眺める。華やかな椿は、いくらでもあった。薔薇のような椿も、百合のような椿も。白地に濃桃色の絞りが入った椿など、刺繍絵にしたらとても素敵だと思う。

 でも。やっぱりそれは違う。

 帝劇で篠田夫人に注目を集めるには、それではいけない。椿の刺繍は、あくまで夫人を()()()()()ものでなければ。

 半襟や手巾(ハンケチ)が単体でどれほど美しく、見栄えがよかろうとも、そればかりが前面に出るようではいけない。

 篠田夫人の望みは、()()()称賛されることであって、品物そのものへの称賛ではない。それを選び、身につけた自分こそが、美意識も品格も他に抜きん出ていると周囲に知らしめることなのだ。

 そのためには、流行りの薔薇()()()()椿でも、百合()()()()()椿でもいけない。

 豪華絢爛な帝劇で、華麗な園芸種の椿を競わせても、互いの美を打ち消しあってしまうだけだ。

 澄乃は最初に描いた白侘助と、赤い藪椿を交互に眺めた。

 一条家の庭にもあるものだが、手入れの違いは一目瞭然。それでも共通するものは、確かにある。

 特に、古くから日本に自生している真っ赤な藪椿。人が手を加えなくても、それだけで充分に美しい。たとえ薄暗がりでも、視界の隅でも、確実に視線を捉える。

 そこに()()だけで。

 注目を集めるために生み出された美ではない。人が見出した、見出さずにはいられなかった、自然の美だ。

 澄乃の頭の中で、しんしんと降る雪をかぶりながらも毅然と咲いている、赤い藪椿の光景が鮮明に立ち上がった。そして、その椿に手をさしのべる、艶やかな黒髪の、青磁色の着物姿の女性──。

「──決まりそうですか」

 静かな朔也の声に、澄乃はゆっくりと頷いた。

「……少し、見えてきた気がします」

 顔を上げて視線を合わせると、彼は目許をやわらげた。

「それは、よかった」

 先ほどかけられた朔也の言葉が、心にしみこんでくる。

『あなたの好きなものは、きっと良いものですから』

「──わたし、やっぱり藪椿が好きです」

 写生帳を見ながら呟くと、朔也が恬淡と応じた。

「私も好きですよ」

 何故だか急に鼓動が跳ね上がり、彼を振り仰ぐ。朔也はいつものように仄かな笑みを浮かべた。

「藪椿が」

「……そ、そうですか……」

「共通点がひとつ、見つかりましたね」

「そ、そうです、ね……」

 澄乃は写生帳を両手で掴み、目を泳がせた。