大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

「十五日に帝劇の初春興行へ参りますの。いつもの方々と連れ立って。そのときの半襟と、幕間や終演後のお茶の席で使える手巾(ハンケチ)を、揃いで作っていただけないかしら」

「揃いで……ですか?」

「ええ、そう。さりげなく目立つものがいいわ。派手すぎず、地味すぎず、ちょうどいい具合に目立って、人様があまりお召しでないもの。澄乃さんならお出来になりますわよね」

 篠田夫人の並べ立てるわがままな注文を、澄乃は呆気にとられて聞いていた。

 今日は六日だ。

 十五日と言ったらもう十日もない。

「あの……。帝劇へは、どのようなお召し物でいらっしゃるおつもりなのでしょうか」

「あら、それも今決めないとだめ?」

「お着物と帯に、色や図案を合わせませんと。それぞれではどんなに素敵に見えても、お召し物に合っていなければ、それこそちぐはぐになってしまいます」

「確かにそうですわねぇ」

 篠田夫人は顎に指を当てて思案し始めた。

「どうしようかしら……」

 手持ちの着物を思い浮かべているのだろう。

 夫人は視線を宙へ泳がせながら、ぽつぽつと言った。

「んー……。青磁色の訪問着はどうかしら。裾に銀泥で(かすみ)文様が入っているの。帯は……そうねぇ、薄金地の七宝柄……とか?」

「素敵ですわ。それでしたら……」

 澄乃は少し考えた。

「……雪持ち椿など、いかがでしょうか。雪の白と赤い椿が青磁のお色によく映えるかと。半襟には細い枝つきの椿を。光沢のある緑の葉と赤い花びらで、お顔まわりが明るく見えると思います。手巾には蕾と、開きかけた椿を隅に刺繍して、それが半襟の椿と繋がるようにしてはどうでしょう。手巾(ハンケチ)とお着物と半襟とで、一続きの絵のように見えるように」

「あら! それは素敵だわ。わたくし自身が絵になるわけね」

 夫人は頬に手をあてて、うっとりする。

 そこまでは言っていないのだが、あえて訂正はせず、澄乃は曖昧に微笑んだ。

 期せずして、篠田夫人の見栄と自尊心を満たす図案になったらしい。

 夫人は嬉々として身を乗り出した。

「ぜひお願いしますわ。急で申し訳ないけれど、澄乃さんならきっと間に合わせてくださるわね」

「半襟と手巾だけでしたら、なんとか……」

「よかった! やっぱり澄乃さんは頼りになるわ。昔からのおつきあいだし、気軽にお願いできるのは澄乃さんだけですのよ。もちろん材料費はこちらが持ちますし、いつものように、お礼も少しばかり……いえ、上乗せしますわ。なにせ急なお願いですものね」

 夫人の言葉に、澄乃の口許は微笑のかたちのままこわばった。

 少しばかり。

 上乗せ。

 悪意のない、言葉。

 訪問着に入れた南天の刺繍。

 その『お礼』として渡された三十五円が思い浮かんだ。

『少しばかりはずんでおきましてよ』

 あのときも、篠田夫人は無邪気に言った。

 少しばかりとは、夫人にとっていくらなのだろう。