大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

 満足のいくまで何輪もの侘助を描き、小さな吐息を洩らしたところでハタと我に返った。

 振り向くと、朔也は少し離れたところから澄乃を見ていた。

 澄乃は頬を染めて足早に歩み寄った。

「ごめんなさい。つい、夢中になってしまって」

「好きなようにしてください。そのために来たんですから」

 朔也はちょっと可笑しそうに答えた。

「はい……。あの、わたしにおかまいなく……」

「あなたこそ、こちらは気にせず、ご自由にどうぞ」

「ありがとうございます……」

 ふたたび小径(こみち)に沿って歩きだす。両側に、ほどよい間隔を空けて様々な種類の椿が植えられていた。

 白、赤、桃色。斑入りのもの。一重咲き、八重咲き、喇叭(ラッパ)咲き、牡丹咲き。

 よく見ると、木の根元に品種名を書いた札が添えられている。

 澄乃は気になった椿を見つけると足を止めて写生した。参考に品種名や、思い浮かんだ色糸も書き添えておく。

「こんなにたくさん、種類があるんだな」

 感心した朔也の呟きに、澄乃も頷いた。

「わたしも驚きました。どうしても茶花の印象が強くて……。でも、こんな華やかなものもあるんですね」

 澄乃は八重咲きの一輪を指した。鮮紅色の花弁に白い絞りが入った、大輪の品種だ。

 洋花流行(はや)りの昨今、とりわけもてはやされているのが薔薇だ。色や咲き方によっては、かなり薔薇に似て見える椿もある。

 そういう椿も、写生帳にたくさん素描(スケッチ)した。今回は華やかなものでなくては、と思ったからだ。

 ……でも。

 どんな椿が本当にふさわしいのか。

 それがまだ、掴めない……。

 ただ華やかなだけではだめだという確信は、ある。だったら他に何が必要なのだろう。

 気がつけば写生帳には、最初の白侘助以外は見た目に華やかなものばかりが並んでいた。

藪椿(やぶつばき)も、ありますね」

 何気ない朔也の声に、澄乃はいつのまにかうつむいていた顔を上げた。

 近寄って、見上げる。たくさんの赤い一重の花をつけた、藪椿。

 黄色の(しべ)、深緑の葉。赤、緑、黄色。派手な色の取り合わせなのに、不思議と落ち着いて見える。

「……わたし、こういう椿がいちばん好きなんです」

 ぽつりと洩らすと、やや間を置いて朔也が静かに応じた。

「好きを入れても、いいと思います」

「……え?」

 訝しげな視線に、彼はかすかな笑みを浮かべる。

「誰かのために作るものでも、澄乃さんの『好き』を入れていいと思います。あなたの好きなものは、きっと良いものですから」

 頬が熱くなって、澄乃は目を泳がせた。

「……そうでしょうか」

「私は、そう思います」

 淡々とした声音は、お世辞には聞こえなかった。

 もう一度写生帳を眺める。どの花も、なんだか気張って見えた。