門をくぐると、最初の数歩で空気が変わった。砂利を敷き詰めた広い前庭の奥から、落ち着きと華やぎの両方が含まれた気配が漂ってくる。
それは澄乃になんとも言えない既視感を抱かせた。脳裏を一瞬、遠い日の光景がよぎる。子どもの頃は当たり前だった空気。一条家の屋敷にも庭園にも、こんな空気が流れていた。
竦んだように足が止まる。朔也が訝しげに顔を覗き込んだ。
「どうかしましたか?」
「──いいえ」
我に返ってかぶりを振り、澄乃は意識して口角を上げた。
「なんでもありません」
朔也は何も言わずに澄乃を見つめ、頷いた。
進んでいくと、目の前に冬枯れの芝と苔に覆われた庭園が広がった。
庭を巡る園路に沿って、何か所か茶席や休み処まで設けられている。そこここで招待客がのんびり散策したり、談笑する姿が見受けられた。
ほとんどは華族や財界人らしき紳士淑女たちで、軍服姿もちらほら混じっている。女性は着物姿のほうが多いものの、洋装の若い女性も目についた。
手入れの行き届いた庭に、思わず羨望の溜め息が洩れてしまう。
椿山御殿の男爵は爵位こそ高くないが、非常に裕福なことで知られている。一条家とは家屋敷の規模も、庭園の手の掛け方も、まるで比較にならない。
丁寧に手入れされた苔は真冬でも美しい緑を保ち、きれいに洗われた飛石は白い表面に冬の薄日をやわらかく反射している。満々と水を湛えた池には、ゆったりと泳ぐ緋鯉が見えた。
常緑樹の植え込みは形よく刈り込まれ、黒松の幹と緑の対比が庭全体に落ち着いた風情を醸し出している。
圧倒されて茫洋と足を運んでいた澄乃は、ふと目に入った白い椿に胸を衝かれて立ち止まった。
朔也が視線をたどり、ああと頷く。
「白侘助か。うちと同じですね」
澄乃は着物の袖を指先で握り込んだ。
同じでは、ない。
確かに同じ品種だが、まるで違う椿だ。枝ぶりが美しく整えられ、小さな葉の一枚一枚にまでみずみずしい光沢が宿っている。静かな冬日に照らされた白い花弁は傷ひとつなく、蕊のまわりに仄かな紅が射していた。
澄乃は花に向き合い、じっと見つめた。
きちんと手入れされた白侘助には、凛とした気品が感じられる。自宅の侘助は奥ゆかしく、恥じらって一歩引いているような印象だったが、これは違う。
誰が見ていようと、見ていまいと、ただ凛然とそこにある。
その孤高の佇まいに胸を打たれた。
いったいそれは、どこから来るものなのか──。
気がつけば澄乃は手提げから取り出した写生帳を開き、素描を始めていた。
花びらの角度、広がり、重なり具合。
同じようで、違う。
違っていながら、確かな共通点もある。
花、葉、枝。
手が勝手に動いて、すらすらと形を写し取り、陰影を添えていく。
正面、横、斜め。
上から、下から。
それは澄乃になんとも言えない既視感を抱かせた。脳裏を一瞬、遠い日の光景がよぎる。子どもの頃は当たり前だった空気。一条家の屋敷にも庭園にも、こんな空気が流れていた。
竦んだように足が止まる。朔也が訝しげに顔を覗き込んだ。
「どうかしましたか?」
「──いいえ」
我に返ってかぶりを振り、澄乃は意識して口角を上げた。
「なんでもありません」
朔也は何も言わずに澄乃を見つめ、頷いた。
進んでいくと、目の前に冬枯れの芝と苔に覆われた庭園が広がった。
庭を巡る園路に沿って、何か所か茶席や休み処まで設けられている。そこここで招待客がのんびり散策したり、談笑する姿が見受けられた。
ほとんどは華族や財界人らしき紳士淑女たちで、軍服姿もちらほら混じっている。女性は着物姿のほうが多いものの、洋装の若い女性も目についた。
手入れの行き届いた庭に、思わず羨望の溜め息が洩れてしまう。
椿山御殿の男爵は爵位こそ高くないが、非常に裕福なことで知られている。一条家とは家屋敷の規模も、庭園の手の掛け方も、まるで比較にならない。
丁寧に手入れされた苔は真冬でも美しい緑を保ち、きれいに洗われた飛石は白い表面に冬の薄日をやわらかく反射している。満々と水を湛えた池には、ゆったりと泳ぐ緋鯉が見えた。
常緑樹の植え込みは形よく刈り込まれ、黒松の幹と緑の対比が庭全体に落ち着いた風情を醸し出している。
圧倒されて茫洋と足を運んでいた澄乃は、ふと目に入った白い椿に胸を衝かれて立ち止まった。
朔也が視線をたどり、ああと頷く。
「白侘助か。うちと同じですね」
澄乃は着物の袖を指先で握り込んだ。
同じでは、ない。
確かに同じ品種だが、まるで違う椿だ。枝ぶりが美しく整えられ、小さな葉の一枚一枚にまでみずみずしい光沢が宿っている。静かな冬日に照らされた白い花弁は傷ひとつなく、蕊のまわりに仄かな紅が射していた。
澄乃は花に向き合い、じっと見つめた。
きちんと手入れされた白侘助には、凛とした気品が感じられる。自宅の侘助は奥ゆかしく、恥じらって一歩引いているような印象だったが、これは違う。
誰が見ていようと、見ていまいと、ただ凛然とそこにある。
その孤高の佇まいに胸を打たれた。
いったいそれは、どこから来るものなのか──。
気がつけば澄乃は手提げから取り出した写生帳を開き、素描を始めていた。
花びらの角度、広がり、重なり具合。
同じようで、違う。
違っていながら、確かな共通点もある。
花、葉、枝。
手が勝手に動いて、すらすらと形を写し取り、陰影を添えていく。
正面、横、斜め。
上から、下から。
