カツレツを食べ終えた朔也は、ナフキンで軽く口許をぬぐってグラスに残った赤葡萄酒を飲み干すと、底光りする瞳で兄を見据えた。
「父上の意に背いたことは自覚しています。お腹立ちが収まらぬのなら、自動車はお返ししましょう」
「そういうことではない!」
思わず修治郎は声を荒らげ、聡子にそっと制止された。彼は憮然と咳払いをした。
「おまえは橘の家にとって重要なことを独り決めして、父上に恥をかかせたのだぞ」
「……わかっています」
朔也の口調が少しばかり沈鬱な響きをおびた。
気まずい空気が室内に流れる中、デザートと珈琲が運ばれてきて、なんとはなしにホッとする。
デザートは脚付きの銀器に盛られたバニラアイスクリームだった。蜜漬けの桜桃とウエハースが添えられている。
口論は中途半端に立ち消えとなった。
修治郎もこれ以上続ける気はないようで、黙々とアイスクリームを食べている。
澄乃もまた銀の匙で掬ったアイスクリームを舌の上で溶かしながらぼんやり考えた。
先ほど修治郎は何を言いかけたのだろう。
『あんな良い話を勝手に断りおって』
彼が憤然と口にした言葉に、祝言の宵に漏れ聞いた朔也と村瀬の会話が重なる。
『──高宮家のほうは、どうなさるおつもりで』
『知ったことか。届け出は済んでいる』
それだけ聞けば容易に見当はつく。
朔也には縁談があったのだ。橘家と高宮家の間で合意されたであろう縁組が。
高宮家というのが澄乃の想像どおりであれば、それは橘家にとって、この上ない良縁だったはず。
それを、何故。
珈琲を飲んでいた修治郎は、静かにカップを置くとまっすぐに澄乃を見た。
「申し訳なかった。朔也の顔を久しぶりに見たものだから、つい口が滑りました。ご不快な思いをさせたことをお詫びいたします」
「とんでもないことでございます」
「私どもは、一条伯爵家とご縁を結べたことを光栄に思っています。ただ、正直に申し上げますと……父には別の思惑があった。それがうまくいかなかったので、少しばかり、えぇ、へそを曲げておるのです。しかし、婿養子となった朔也はいずれ一条伯爵を継ぐことになる。そのことが胸に落ちれば、すぐにもご挨拶に窺うはずですので、今日のところはどうぞご容赦願いたい」
澄乃は黙って頭を下げた。
爵位など、澄乃の実感では空疎な敬称にすぎないのに。持たざる人から見れば、何か崇高なものに見えるのだろうか。
それほど欲しいのなら、持っていけばいい。どうせ澄乃自身では継げないものなのだから。
そんな捨て鉢な気分になっていると、朔也が厳粛な面持ちで言い出した。
「兄さん。誤解があるようなのではっきり言っておきますが、私は伯爵になりたくて一条家へ婿養子に入ったわけではありません」
「父上の意に背いたことは自覚しています。お腹立ちが収まらぬのなら、自動車はお返ししましょう」
「そういうことではない!」
思わず修治郎は声を荒らげ、聡子にそっと制止された。彼は憮然と咳払いをした。
「おまえは橘の家にとって重要なことを独り決めして、父上に恥をかかせたのだぞ」
「……わかっています」
朔也の口調が少しばかり沈鬱な響きをおびた。
気まずい空気が室内に流れる中、デザートと珈琲が運ばれてきて、なんとはなしにホッとする。
デザートは脚付きの銀器に盛られたバニラアイスクリームだった。蜜漬けの桜桃とウエハースが添えられている。
口論は中途半端に立ち消えとなった。
修治郎もこれ以上続ける気はないようで、黙々とアイスクリームを食べている。
澄乃もまた銀の匙で掬ったアイスクリームを舌の上で溶かしながらぼんやり考えた。
先ほど修治郎は何を言いかけたのだろう。
『あんな良い話を勝手に断りおって』
彼が憤然と口にした言葉に、祝言の宵に漏れ聞いた朔也と村瀬の会話が重なる。
『──高宮家のほうは、どうなさるおつもりで』
『知ったことか。届け出は済んでいる』
それだけ聞けば容易に見当はつく。
朔也には縁談があったのだ。橘家と高宮家の間で合意されたであろう縁組が。
高宮家というのが澄乃の想像どおりであれば、それは橘家にとって、この上ない良縁だったはず。
それを、何故。
珈琲を飲んでいた修治郎は、静かにカップを置くとまっすぐに澄乃を見た。
「申し訳なかった。朔也の顔を久しぶりに見たものだから、つい口が滑りました。ご不快な思いをさせたことをお詫びいたします」
「とんでもないことでございます」
「私どもは、一条伯爵家とご縁を結べたことを光栄に思っています。ただ、正直に申し上げますと……父には別の思惑があった。それがうまくいかなかったので、少しばかり、えぇ、へそを曲げておるのです。しかし、婿養子となった朔也はいずれ一条伯爵を継ぐことになる。そのことが胸に落ちれば、すぐにもご挨拶に窺うはずですので、今日のところはどうぞご容赦願いたい」
澄乃は黙って頭を下げた。
爵位など、澄乃の実感では空疎な敬称にすぎないのに。持たざる人から見れば、何か崇高なものに見えるのだろうか。
それほど欲しいのなら、持っていけばいい。どうせ澄乃自身では継げないものなのだから。
そんな捨て鉢な気分になっていると、朔也が厳粛な面持ちで言い出した。
「兄さん。誤解があるようなのではっきり言っておきますが、私は伯爵になりたくて一条家へ婿養子に入ったわけではありません」
