澄乃は洋燈を確かめて頷いた。
「まだしばらくもちそうです」
「……ここにも電灯を入れたほうがいいかな」
天井を見上げて朔也が呟いたので、澄乃は急いで首を振った。
「いえ、大丈夫です。手許が明るければいいので。──あの、どうぞお入りになって」
「ああ、失礼。開け放しで寒かったですね」
そういう意味では、なかったのだけど……。
朔也は室内に入って扉を閉めると、ぱちぱちと火を爆ぜている暖炉を見た。
「薪は足りていますか」
「充分です」
朔也は頷き、机の前に座る澄乃に歩み寄った。斜め後ろで足を止め、じっと写生帳を眺める。
目を泳がせた澄乃は、床に丸めた紙が散らばっていることに気付いてうろたえた。さらには朔也が黙々と床の紙屑を拾いだしたので、慌てて腰を浮かせる。
「す、すみません! あの、わたし、片づけますから」
「これは、処分しても差し支えないものですか」
「え。あ、かまいませんが……」
「では、捨ててきます」
「それはわたしが」
「仕事の邪魔は、しません」
軽く笑みをふくんだ声音で言って、彼は部屋を出て行った。
やがて空になった屑籠を持って戻ってきた朔也に、澄乃は肩をすぼめて詫びた。
「すみません」
「来たついでです」
彼は淡々と言って仄かに微笑した。
「まだ時間はあります。あまり根をつめないほうがいいですよ」
「そうですね」
澄乃は頷いた。確かに少し力みすぎていたかもしれない。
「階下で佐和が、湯浴みをどうぞと言っていましたよ。ゆっくり湯に浸かれば、良い案が浮かぶのでは」
何気なくそう言うと、朔也は軽く会釈をして部屋を出て行った。
「ありがとう……ございます……」
静かに閉まった扉に向かって、澄乃は呟いた。
いつのまにか湯殿を使う順番は、当主の次が澄乃で決まっていた。婿だからと遠慮しているわけではなく、それが当然だと何故か朔也は考えているらしい。
やっぱりおかしな人だと、立ち上がりながら澄乃は思った。強引な婿入りと、謙虚な立ち居振る舞いがどうにも噛み合わない。
ふと、銀座の洋食店での彼の発言が思い出された。
『私が一条家へ婿入りしたのは、ただ単に澄乃さんと結婚したかったからです』
かぁっと頬が熱くなる。澄乃は手にとった浴衣に思わず顔を押しつけた。
「……そんなの、変よ」
そんなこと、あるはずない。
わたしと結婚したいだけだったなんて。
そんなこと……。
ふるふるとかぶりを振り、浴衣と手拭いを持って廊下に出る。冷たい空気に触れると頬の熱さが余計に意識され、澄乃の足どりは自然と速くなっていた。
翌日の夕刻。玄関のほうで何か物音がしたように思いつつ、澄乃は作業部屋で写生帳を眺めていた。
素描は増えている。朝からもう一度庭に出て、藪椿を様々な角度から描いてみた。それでもやはり、納得がいかない。
足音が廊下を近づいてきて、作業部屋の扉が敲かれた。
「まだしばらくもちそうです」
「……ここにも電灯を入れたほうがいいかな」
天井を見上げて朔也が呟いたので、澄乃は急いで首を振った。
「いえ、大丈夫です。手許が明るければいいので。──あの、どうぞお入りになって」
「ああ、失礼。開け放しで寒かったですね」
そういう意味では、なかったのだけど……。
朔也は室内に入って扉を閉めると、ぱちぱちと火を爆ぜている暖炉を見た。
「薪は足りていますか」
「充分です」
朔也は頷き、机の前に座る澄乃に歩み寄った。斜め後ろで足を止め、じっと写生帳を眺める。
目を泳がせた澄乃は、床に丸めた紙が散らばっていることに気付いてうろたえた。さらには朔也が黙々と床の紙屑を拾いだしたので、慌てて腰を浮かせる。
「す、すみません! あの、わたし、片づけますから」
「これは、処分しても差し支えないものですか」
「え。あ、かまいませんが……」
「では、捨ててきます」
「それはわたしが」
「仕事の邪魔は、しません」
軽く笑みをふくんだ声音で言って、彼は部屋を出て行った。
やがて空になった屑籠を持って戻ってきた朔也に、澄乃は肩をすぼめて詫びた。
「すみません」
「来たついでです」
彼は淡々と言って仄かに微笑した。
「まだ時間はあります。あまり根をつめないほうがいいですよ」
「そうですね」
澄乃は頷いた。確かに少し力みすぎていたかもしれない。
「階下で佐和が、湯浴みをどうぞと言っていましたよ。ゆっくり湯に浸かれば、良い案が浮かぶのでは」
何気なくそう言うと、朔也は軽く会釈をして部屋を出て行った。
「ありがとう……ございます……」
静かに閉まった扉に向かって、澄乃は呟いた。
いつのまにか湯殿を使う順番は、当主の次が澄乃で決まっていた。婿だからと遠慮しているわけではなく、それが当然だと何故か朔也は考えているらしい。
やっぱりおかしな人だと、立ち上がりながら澄乃は思った。強引な婿入りと、謙虚な立ち居振る舞いがどうにも噛み合わない。
ふと、銀座の洋食店での彼の発言が思い出された。
『私が一条家へ婿入りしたのは、ただ単に澄乃さんと結婚したかったからです』
かぁっと頬が熱くなる。澄乃は手にとった浴衣に思わず顔を押しつけた。
「……そんなの、変よ」
そんなこと、あるはずない。
わたしと結婚したいだけだったなんて。
そんなこと……。
ふるふるとかぶりを振り、浴衣と手拭いを持って廊下に出る。冷たい空気に触れると頬の熱さが余計に意識され、澄乃の足どりは自然と速くなっていた。
翌日の夕刻。玄関のほうで何か物音がしたように思いつつ、澄乃は作業部屋で写生帳を眺めていた。
素描は増えている。朝からもう一度庭に出て、藪椿を様々な角度から描いてみた。それでもやはり、納得がいかない。
足音が廊下を近づいてきて、作業部屋の扉が敲かれた。
