大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~

「本来ならば一条様のお屋敷へご挨拶に伺うべきところですが、まずは顔合わせを兼ねて気軽な場でお目にかかれればと思いまして」

「こちらこそ、ご挨拶が行き届かず失礼いたしました」

 澄乃が丁寧に頭を下げると、聡子が穏やかな口調で気づかった。

「新年早々お呼び出しいたしまして、恐縮でございます。親しくお話しさせていただければと思っていたので、来てくださって嬉しいわ」

 聡子の声音には皮肉めいた響きは感じられない。

 一同が席につくと、控えていた給仕が進み出た。

「本日はご予約の献立にてご用意しております。しばしお待ちくださいませ」

 給仕が出て行くと、澄乃は膝脇に置いた小さな手提げから袱紗に包んだ桐の小箱を取り出した。

「あの。これ、聡子様へご挨拶のしるしにと思いまして。お気に召していただけるとよいのですけれど……」

 朔也が受け取り、小箱を向かいの道明に渡した。

 道明から受け取った箱を開けて、聡子は小さな歓声を上げた。

「まぁ! 綺麗な半襟だこと」

 淡い藤鼠の絹地に薄緑の蔦唐草を這わせ、白糸と銀鼠で陰影をつけて白梅を()ったものだ。

 隣から覗き込んだ道明が、無邪気にお愛想を言う。

「いいですねえ。義姉(ねえ)さんが着ければすごく映えますよ」

「また道明さんは。すぐそうやって揶揄(からか)うんだから」

揶揄(からか)ってなんかいませんよ」

 優しく睨まれて道明は照れ笑いをする。

 一方、しげしげと観察するように半襟を眺めていた修治郎はぼそりと呟いた。

「これはまた、たいそう手の込んだ品物ですな」

 その言葉に潜む棘を、澄乃は敏感に察した。どうして非難されるのかがわからなくてとまどっていると、朔也が静かに返した。

「兄さん。それは買ったのではなく、澄乃さんが手ずから()ったものですよ」

 修治郎は面食らい、聡子は目を輝かせた。

「まぁ、澄乃さんがご自分で? すごい腕前ですわね。本職の刺繍職人さんに引けをとりませんわ。てっきりお店で買ったのだとばかり」

 それを聞いて、すっと胸に落ちた。修治郎がおもしろくなさそうな顔をしたのは、澄乃が朔也のお金で高価な半襟を買い、義姉への贈り物にしたと思ったからに違いない。

 一条家が困窮の極みにあったことは、修治郎も承知していたはず。一六八(いろは)銀行は筆頭債権者だったのだから。

「これほどのものをご自分で作ってしまわれるなんて素晴らしいわ。ね、あなたもそうお思いでしょう?」

 ウキウキと妻に同意を求められ、修治郎は気まずそうな顔で口ごもった。

「そ、そうだな。うん、実に立派なものだ」

「義姉さん、それ、今度のお茶の集まりに着けていったらいいですよ」

「そうね、そうするわ」

 道明の勧めに聡子は嬉しそうに頷き、にっこりと澄乃に笑いかけた。

「澄乃さん、ありがとう存じます」