老夫人は怯んだように目を瞬き、引き攣り気味の笑顔を取り繕った。
「まぁ……。朔也様は澄乃様をずいぶんとお大事になさっていますのね。ご新婚ですもの、当然ですけれど」
後半の科白は、真綿にくるんだ棘のように聞こえた。
言外に、婿が家付き娘を持ち上げるのは当然と言っている。
朔也は冷ややかに答えた。
「事実を申し上げたまでです」
朔也の口調は端的だった。
澄乃は呆気にとられて彼を眺めた。
もしかして、褒められた……?
口ごもる夫人に代わって、夫の老翁がいささかわざとらしく声を張り上げる。
「しかし、すでに少佐という責任ある御立場で、婿に入られるというのは、大きなご決断でしたでしょうな。いや、そうでもないか。
養子になられたからにはいずれ一条伯爵家を継ぐわけだし、ご実家にとっても悪い話ではございますまい」
老翁は含み笑いをした。一瞬、その温厚そうな顔の下に卑しげな表情が透けて見える。
朔也は冷然と切り返した。
「私は一条家に入った身です。義父上のお許しをいただき、澄乃さんの承諾を得て婿になりました。それだけです」
篤之は気難しげな顔で口を引き結んでいたが、その目は満足そうな色を湛えていた。
朔也があくまで一条家を立て、当然のように一歩引いた言動を取ることが、澄乃にはやはり不思議だった。
それからも挨拶回りの客が数人来て、やがて日が落ちた。
澄乃は台所で佐和を手伝っていたが、もういいですよと言われて割烹着を外しながら廊下に出ると、ちょうど朔也が向こうから歩いてきた。
「義父上は書斎におられます」
「はい」
頷いた澄乃はふと思いついて尋ねた。
「お部屋に行かれるのでしたら、お茶をお持ちしましょうか。夕餉はもう少し後になります」
「ありがとう。では、お願いします」
会釈して台所に戻ろうとすると、呼び止められた。
「澄乃さん」
振り向くと、朔也は底光りする黒い瞳で、じっと澄乃を見つめていた。
「私は、誰かに認められたくて一条家に来たのではありません」
「え……?」
「だから、誰が何を言おうと私は気にしない。あなたも、傷つく必要などありませんよ」
そう言うと彼はかすかに口角を上げ、静かに階段を上っていった。
誰かに認められたくて来たのではない。
だったら──何のために来たの?
澄乃は階段の踊り場を過ぎて見えなくなった朔也の足音に耳を澄ませた。
あなたは何故、ここへ来たの?
何故、わたしたちに手をさしのべたの……?
澄乃は無意識に枝橘文の半襟を指先でたどった。
あなたのこと、わたしは何も知らない──。
「まぁ……。朔也様は澄乃様をずいぶんとお大事になさっていますのね。ご新婚ですもの、当然ですけれど」
後半の科白は、真綿にくるんだ棘のように聞こえた。
言外に、婿が家付き娘を持ち上げるのは当然と言っている。
朔也は冷ややかに答えた。
「事実を申し上げたまでです」
朔也の口調は端的だった。
澄乃は呆気にとられて彼を眺めた。
もしかして、褒められた……?
口ごもる夫人に代わって、夫の老翁がいささかわざとらしく声を張り上げる。
「しかし、すでに少佐という責任ある御立場で、婿に入られるというのは、大きなご決断でしたでしょうな。いや、そうでもないか。
養子になられたからにはいずれ一条伯爵家を継ぐわけだし、ご実家にとっても悪い話ではございますまい」
老翁は含み笑いをした。一瞬、その温厚そうな顔の下に卑しげな表情が透けて見える。
朔也は冷然と切り返した。
「私は一条家に入った身です。義父上のお許しをいただき、澄乃さんの承諾を得て婿になりました。それだけです」
篤之は気難しげな顔で口を引き結んでいたが、その目は満足そうな色を湛えていた。
朔也があくまで一条家を立て、当然のように一歩引いた言動を取ることが、澄乃にはやはり不思議だった。
それからも挨拶回りの客が数人来て、やがて日が落ちた。
澄乃は台所で佐和を手伝っていたが、もういいですよと言われて割烹着を外しながら廊下に出ると、ちょうど朔也が向こうから歩いてきた。
「義父上は書斎におられます」
「はい」
頷いた澄乃はふと思いついて尋ねた。
「お部屋に行かれるのでしたら、お茶をお持ちしましょうか。夕餉はもう少し後になります」
「ありがとう。では、お願いします」
会釈して台所に戻ろうとすると、呼び止められた。
「澄乃さん」
振り向くと、朔也は底光りする黒い瞳で、じっと澄乃を見つめていた。
「私は、誰かに認められたくて一条家に来たのではありません」
「え……?」
「だから、誰が何を言おうと私は気にしない。あなたも、傷つく必要などありませんよ」
そう言うと彼はかすかに口角を上げ、静かに階段を上っていった。
誰かに認められたくて来たのではない。
だったら──何のために来たの?
澄乃は階段の踊り場を過ぎて見えなくなった朔也の足音に耳を澄ませた。
あなたは何故、ここへ来たの?
何故、わたしたちに手をさしのべたの……?
澄乃は無意識に枝橘文の半襟を指先でたどった。
あなたのこと、わたしは何も知らない──。
